( 231546 ) 2024/11/08 17:40:37 0 00 インドの国産準高速車両「ヴァンデ・バーラト・エクスプレス」。インドは日本支援の高速鉄道にも独自の国産車両投入を表明している(写真:Getty Images)
さかのぼること約10年、安倍政権が国を挙げて推進してきた日本の新幹線輸出。インドネシア、インド、タイ、マレーシア、ベトナムといった高速鉄道の有力輸出先に対して予算を投じ、ロビー活動や事前準備調査が進められてきた。
【写真を見る】ハノイ―ホーチミン間を約30時間かけて走る現在のベトナムの列車やインドの時速160km通勤列車、建設が進むタイの高速鉄道など
しかし、この中で高速鉄道が開業に至ったのは中国が受注したインドネシアのみという皮肉な結果に終わっている。タイ、マレーシアでも中国による整備区間が先行して着工した。もはや輸出先の候補として当てはまらないと見るのが妥当だろう。
残るのはベトナム、そして新幹線方式で唯一着工しているインドである。しかし、これらも雲行きが怪しくなっている。どうして新幹線輸出はうまく進まないのか。
■ベトナム「自国の予算と技術で」高速鉄道
10月上旬、ベトナム運輸省は南北高速鉄道(ハノイ―ホーチミン間・約1500km)の建設を、自国予算と自国の技術で行う用意があると発表した。総工費およそ673億ドル(約10兆3910億円)という巨大事業であるが、予算承認に向けた審査がまもなく始まる。
【写真】ハノイ―ホーチミン間を約30時間かけて走る現在のベトナムの列車やインドの時速160km通勤列車、建設が進むタイの高速鉄道など 同国政府は2025年から2026年にかけて改めて実現可能性調査を実施し、高速鉄道プロジェクトを開始するとしている。2027年末にハノイ―ビン間(約283km)およびニャチャン―ホーチミン間(約366km)の用地買収と業者選定を始め、北側、南側からそれぞれ着工する予定だ。全線開業は2035年末を見込む。
設計最高速度は時速350km、軌間は新幹線と同じ標準軌(1435mm)であるものの、旅客専用ではなく、5つの貨物駅を設置して機関車牽引の貨物列車も運行する。
フランス植民地時代に建設された既存の鉄道インフラ(南北統一鉄道)は老朽化が激しく、線路付け替えなどの大規模な改修なしに速達化、輸送力増強は見込めない。都市間輸送は貨物、旅客ともに高速鉄道に移行する方針で、貨物列車は中国に直通する。わずか10年ほどでの開業は難しいとは思われるが、長らく進捗の見られなかった南北高速鉄道計画がいよいよ動き出しそうだ。
ベトナム政府は2023年1月、高速鉄道建設について日本に支援を要請している。
ベトナムにおける国際開発プロジェクトの難しさは2024年7月19日付記事(『日本支援「ホーチミンメトロ」いまだ開業しない謎』)で詳報したとおりで、日本のみならず中国も含め、各国のセールスがフェードダウンしていることは十分に留意すべき点ではある。しかし、「自国予算・自国技術」というベトナム政府の二大方針は、日本がこれまで取ってきた新幹線輸出姿勢への強烈なアンチテーゼになっているとも言え、決して無視できない動きだ。
■新幹線輸出は事実上不可能に?
ベトナム政府はこの方針について、外国への依存を軽減し、適切な運営、管理を確保するためであると説明する。いわゆる債務の罠を回避するために海外から金を借りないというスタンスを表明したわけだが、運輸省のグエン・ダン・フイ副大臣は「どの国からの融資にも条件が付くことが多いからだ」と述べたとも報じられている。
現在、日本の円借款案件で鉄道インフラ輸出に多く用いられているSTEP(本邦技術活用条件)では、車両や信号、電気関係など「上物」と呼ばれる鉄道運行にかかわる部分は、基本的に日本からの輸出か、または日本企業の製品を用いなければならない。よって、限られたメーカーしか対応できず、1社しか入札しないという状況もしばしば発生する。これが日本支援のプロジェクトがコスト高になる要因の一つだ。
「自国予算」の方針についてベトナム政府は、主に中央政府の予算、国債、地方からの拠出金、低金利融資で賄い、それでも不足する場合に限って海外からの融資を受けるとしている。だが、あくまで国が外国からの借金を作らないという部分が焦点であり、海外の官民からの投資に不都合はないはずで、結果的にはPPP(官民連携)スキームで建設されるのが現実的なところだろう。いずれにしても、政府間契約でのプロジェクトにはならない。
では「自国技術」という面はどうか。現状で、ベトナムが自国生産できる鉄道車両は貨車・客車やディーゼル機関車に限られており、いきなり高速鉄道車両の国産化は厳しいと言わざるをえない。だが、ここでいう自国技術とは、外国メーカーによるベトナム国内での生産のことだ。
フイ副大臣は「外国からの融資は最小限とし、ベトナムへの技術移転の規定を含めるべきだ」とも述べている。仮に日系企業が現地生産をすれば、STEPでもベトナム側の要望も満たすことはできる。ただ、ゼロからの現地生産となれば、単なる輸出よりもさらなるコストアップとなり、さらに納期や品質を守るには尋常ではない労力を要する。日系メーカー関係者は、そこまでして受注しようとする民間企業はまずないと言う。
そもそも、日本は新幹線システム、特に車両の部分に関しては技術移転を一貫して認めていない。つまり、相手国が「自国技術」を掲げた時点で、新幹線輸出はほぼ不可能となる。前述のような基本設計が出たことからも、日本の新幹線をそのまま輸出するという道は途絶えたことになる。
中国ないしは欧州メーカーの技術協力を仰ぎ、大陸と共通規格の高速鉄道を建設することが予想されるが、ベトナム側が明確な意思表示をしたということは、日本にとって悪い話ではない。足を突っ込んでからでは、後戻りできない。
■建設進むインドは「独自の車両国産化」
一方、円借款プロジェクトとして2017年9月に着工し、当初は2023年開業を見込んでいたインド高速鉄道(ムンバイ―アーメダバード間、約505km)も、価格交渉を発端とする日本、インド両政府間の駆け引きが泥沼化している。
当初、着工が遅れた理由は、ほとんどは用地買収に関わるものだった。これは地元、マハーラーシュトラ州の首長が高速鉄道反対派であったことが理由で、2022年の選挙で州の政権が変わったことでこの問題は解消した。現在の用地買収率は100%に近く、この問題はほぼ解消したと言ってよい。ただ、高速鉄道の高架橋は着々と姿を現しつつあるものの、全線の一斉開業は絶望的な情勢だ。
インド高速鉄道はSTEP案件であるが、コストを下げるために現地技術でも対応できる土木関係の部分に日系企業は携わっていない。借款供与条件である日本の技術活用は、先述の「上物」部分を輸出することで規定比率をクリアすることになっている。
その「上物」を巡って、2024年の初めごろから不穏な空気が流れ始めている。高速鉄道は総工費約9800億ルピー(約1兆7940億円)、そのうち8割が円借款で賄われる超巨大プロジェクトだが、大幅なコスト超過は必至の情勢で、1.5倍以上に膨れ上がるともいわれる。そんな中で価格交渉が難航している。
とくに高すぎるとインド側から批判の対象になっているのが車両だ。近年の物価高や半導体不足などで価格が上昇していることもあるが、コンサルによる見積もり価格が甘すぎたというのが大きい。加えて、インド高速鉄道には東北新幹線のE5系に準じた車両を導入することが前提となっているため、対応できるメーカーが限られることからも、価格がなかなか下がらない。
そこで、インド側は高速鉄道車両の国産化を主張し始めたのだ。
もともとインド高速鉄道の国産化は既定路線で、インド側は「メイク・イン・インディア」を掲げ、日本側もこれを約束していた。計画どおりなら10両編成24本が導入されるE5系タイプ車両も、6本程度をインド国内でノックダウン生産することも検討されていた。しかし、スケジュール、コスト、技術的問題、それに新幹線技術の開示可否、どれをとっても早急な判断は難しく、棚上げされたままになっていた。
■進む独自車両開発、2026年には完成?
一方、インドはこの間、独自に動力分散方式による準高速車両の開発に乗り出しており、設計最高時速180km(営業最高時速160km)の「Vande Bharat Express(ヴァンデ・バーラト・エクスプレス)」として結実し、2019年2月に営業運転を開始した。これも「メイク・イン・インディア」の一環で、モディ首相の肝いり政策である。
2022年に量産化が始まり、2024年10月時点で70編成以上が投入され、今後も大量増備が進む。これらの車両は営業距離がおよそ500~800kmの区間で運用されているが、より長距離での使用を目的とした設計最高時速220kmの「Vande Bharat Sleeper(ヴァンデ・バーラト・スリーパー)」の開発も進んでいる。プロトタイプ編成はインドメーカーの中で比較的品質や技術力が高いとされるBEML社が製造し、試運転が始まっている。
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