( 231816 )  2024/11/09 16:14:47  
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鉄道旅の楽しみや自由度は失われてしまうのか(写真はイメージ、Bossa Art/Shutterstock.com) 

 

 毎年、学生が長期休暇を迎える春・夏・冬に発売される「青春18きっぷ」が、今冬から自動改札機でも使用できるようにリニューアルされた。これまでは利用期間内のうち任意の5日間で普通列車が乗り放題になることから、鉄道ファンや旅行ファンなどに必須のアイテムとされてきたが、今冬のリニューアルはどんな狙いがあるのか、そして今後どういう使われ方をされるのか。毎シーズン、青春18きっぷを使用してきたフリーランスライターの小川裕夫氏がレポートする。 

 

【写真】2020年に姿を消した「青春18きっぷで乗車できる夜行列車」 

 

■ 旧国鉄が販売に注力した「特別企画乗車券」 

 

 鉄道ファンのみならず、旅行が好きという層にも利用される「青春18きっぷ」(以下、18きっぷ)は、1982年に「青春18のびのびきっぷ」として誕生した。このようなきっぷは特別企画乗車券と呼ばれ、JRだけでも多くの種類を取り扱っている。その中でも18きっぷは抜群の知名度を誇り、利用したことがなくても名前だけは知っている人も多いだろう。 

 

 18きっぷをはじめとするおトクなきっぷは、旧国鉄が発足する以前から発売されてきた。国鉄が本格的に特別企画乗車券の販売に力を入れるようになったのは、高度経済成長期以降からだ。 

 

 高度成長期の国鉄は1964年に東海道新幹線を開業させるなど、鉄道需要が伸びていた時期でもあった。他方、需要は拡大しても収支は1964年を境に赤字へと転落。以降、国鉄の赤字は増え続けていく。 

 

 国鉄離れの原因をひとつに絞ることはできないが、道路整備が進んだことや経済成長によってマイカーの所有台数が増えたこと、航空機との競争が激しくなったことなど多々ある。こうした国鉄の苦境もあり、1970年代半ばには赤字体質からの脱却を図るために民営化議論も浮上した。 

 

 国鉄は公共事業体という曖昧な位置付けにあった。純然たる国営ではないが、私鉄でもない。だが、職員はお役所的で、サービスや収支には無頓着だったと言われることもある。しかし、決して収支を気にしていなかったわけではない。たびたび需要の拡大策に取り組み、時に民間の手法を大胆に模倣した利用者拡大キャンペーンを打つこともあった。 

 

 

■ 時代と共に普及した「フルムーンパス」「ナイスミディパス」など 

 

 18きっぷは学生が長期休暇に入る時期の減収分を補填することを目的として企画されたと言われる。そうした目的を含みながらも、年齢を問わず学生以外でも18きっぷを購入・利用できることから今日に至るまで幅広い層に使用されてきた。 

 

 これまで18きっぷは普通列車のみ乗車可能な全線フリーパスが5回分つづられていた。当初は5回分を1枚ずつ切り離して5人で利用することも可能で、5人が別々のルートで旅をすることもできた。 

 

 1996年から切り離して使用することはできなくなったが、それでも同一ルートで移動するなら5人で使用できたので、友達同士や家族旅行で使用されるケースも目立った。 

 

 18きっぷのほかにも、1981年には2人の年齢合計が88歳を超える夫婦を対象にした「フルムーン夫婦グリーンパス」を発売。同パスは、東海道新幹線「のぞみ」や山陽新幹線「みずほ」は乗車できないが、そのほかの特急・寝台車に自由に乗車でき、しかもグリーン車も利用できる。 

 

 発売当時の国鉄にとって、中高年層の旅行需要を拡大させることは重要課題になっていた。フルムーン夫婦グリーンパスはその目的のために考案された特別企画乗車券だった。 

 

 また、同年には訪日外国人観光客を対象にした「ジャパンレールパス」も発売。18きっぷが発売された翌年には中高年の女性をターゲットにした「ナイスミディパス」も発売された。 

 

 このように18きっぷをはじめとする特別企画乗車券は時代と共に普及していくが、それでも国鉄の赤字体質は改善できずに分割民営化議論は続けられていった。 

 

■ 第三セクター鉄道の登場で使いづらくなった18きっぷ 

 

 長らく不動の人気を誇っていた18きっぷだったが、JRの赤字によって切り離される第三セクター(地方公共団体が民間企業と共同出資して設立された事業体)の鉄道が出てきたことで次第に使いづらくなっていく。 

 

 例えば、NHK連続ドラマ小説「あまちゃん」の舞台にもなった三陸鉄道は、分割民営化を待たずに国鉄から切り離されて第三セクターの鉄道となったため、JR線ではないことを理由に18きっぷでは乗車できなくなった。 

 

 一方で特例が設けられていた鉄道もある。前述した三陸鉄道は18きっぷを提示すると「三鉄1日とく割フリーパス」という企画乗車券を割引価格で購入できた。同じく国鉄から宮福線と宮津線を継承した第三セクターの北近畿タンゴ鉄道(現・京都丹後鉄道)も、青春18きっぷを提示することで1日乗車券を500円の追加料金で購入できた。 

 

 数少ない18きっぷ利用者御用達の列車といえば、2009年に定期運行が終了し、2020年までは臨時運転されていた「ムーンライトながら」だろう。 

 

 18きっぷの1回分は、日付が変わって最初に停車する駅までとしてカウントされる。そのため東京駅─大垣駅間を夜行の普通列車として走るムーンライトに乗車する際には、東京駅―小田原駅間までは通常きっぷを購入し、小田原駅から大垣駅までの移動で18きっぷを使って効率的に移動するのが鉄道ファンや旅行ファンの間では常識になっていた。 

 

 このように経済的にお得だった18きっぷだが、1997年には高崎駅―長野駅間に長野行新幹線(後の北陸新幹線)が開業。信越本線の一部区間は第三セクターのしなの鉄道へと移管され、JR線ではなくなったことで同区間の18きっぷでの乗車ができなくなった。 

 

 同じように、東北新幹線が2002年に盛岡駅から八戸駅まで延伸開業を果たすと、同区間の東北本線が第三セクターのIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道へ、2004年には九州新幹線の新八代駅―鹿児島中央駅間が部分開業したことに伴って鹿児島本線の一部区間が肥薩おれんじ鉄道へ、といった具合に新幹線の延伸開業とともに18きっぷの使用できる範囲は狭まっていく。 

 

 

■ 学生か高齢者世代しか使う機会がなくなったサービス改定 

 

 こうした流れにおいて、18きっぷが廃止されるのではないかという声も少なからず出ていた。特に今夏はJRから18きっぷの発売に関するアナウンスが発売時期直前までなく、ユーザーの不安は強まっていた。 

 

 そして、JRは10月24日に今冬の18きっぷについて大きなリニューアルを断行すると発表した。 

(販売期間は2024年11月26日~2025年1月上旬、利用期間は2024年12月10日~2025年1月10日) 

 

 新18きっぷは自動改札に対応したものとなり、利便性の向上が図られた。これまでの18きっぷは乗下車のたびに有人改札で駅係員に券面を提示する必要があったが、そうした面倒がなくなり、さらに1万円の3日間券と1万2050円の5日間券の2種類を用意して利用者に選択の幅を持たせることにも配慮した。 

 

 しかし、新18きっぷは3日間券と5日間券のどちらも連続して利用するという厳しい制限がつき、しかも複数人での使用はできない。また、購入時に使用日を決めるという制約もついた。これらの制約は、18きっぷの自由に旅ができるというメリットを心理的にも物理的にも阻害する。 

 

 こうした自由度を損なう“改悪”によって、早くも18きっぷユーザーから不満が噴出している。 

 

 東京在住の筆者も毎シーズン18きっぷを使って一人で各地へ出かけていた。今夏は7月に宇都宮方面、9月に名古屋・大阪方面といった具合に分割して利用した。今冬からは、そうした分割利用もできなくなる。 

 

 何より仕事を持つ現役世代が、5日間も連続した休暇を取れることは稀だろう。実質的に学生もしくは会社をリタイアした高齢者世代が使うきっぷになる。 

 

 新たに設定された3日間の18きっぷは、これまでにJRが18きっぷのシーズン外に「秋の乗り放題パス」として7850円で発売していたきっぷの値上げバージョンでしかない。 

 

 これほど使い勝手が悪くなるなら、わざわざ18きっぷを買って旅する必要はない。例えば、JRは片道の営業距離100km以上のきっぷに対して途中下車を認めている。また、101km以上200kmまでなら2日、以遠は400kmまでなら3日、600kmまでなら4日、800kmまでなら5日、1000kmまでなら6日といった具合に距離に応じて有効期限が延びる仕組みになっている。 

 

 例えば東京駅―大阪駅間のきっぷは有効期限が4日になるので、東海道本線を静岡や名古屋、京都や途中下車し、のんびり観光もできる。途中下車は、後戻りをしないことや大都市近郊区間内のみの利用は認めないといった縛りはあるものの、有効期限内なら宿泊を伴った旅もできる。有効期限内なら連泊も可能なので、新18きっぷよりも旅の柔軟性は高い。しかも18きっぷのように販売期間も使用期間も制限はない。いつでも自由に購入できるから、旅の予定を立てやすい。 

 

 

■ 鉄道旅の意義や楽しみを失わせる懸念も 

 

 それでも新18きっぷの旅にこだわるなら、3日間もしくは5日間連続利用という条件を考慮しつつ、東海道本線・山陽本線・鹿児島本線・東北本線・中央本線といった運転本数の多い主要幹線を軸にして旅のスケジュールを組むのがベターだろう。 

 

 しかし、今回の連続3日間・5日間の利用制限を考慮すると、新18きっぷは旅を楽しむためのアイテムではなくなり、単に列車で移動するだけの退屈なきっぷになったと言える。 

 

 車中で駅弁を楽しみたくてもコンビニの台頭で郷土食が豊かな駅弁を販売する店は消え、駅の立ち食いそばもチェーン店ばかりになっている。それも鉄道旅の楽しみを失わせる一因だろう。 

 

 2020年から感染拡大したコロナ禍で、鉄道や旅関連産の需要は大幅に減退。ようやく復興の兆しを見せていたが、図らずも新18きっぷへの移行は鉄道旅の意義や楽しみとは何かを再考する機会になった。 

 

小川 裕夫 

 

 

 
 

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