( 232131 )  2024/11/10 15:38:24  
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陸上自衛隊朝霞駐屯地に隣接する訓練場で行われた自衛隊発足70年記念の観閲式に出席した石破首相(2024年11月9日、写真:共同通信社) 

 

■ 逆風にあえぐ石破新首相がどうしても実現させたい国防戦略 

 

 アメリカ次期大統領選挙で共和党候補のトランプ前大統領が勝利し、2025年1月20日に第47代大統領に就任する。大方の予想に反し、民主党候補で現副大統領のハリス氏に圧勝。雌雄を決する接戦州ほぼ全てを制する快進撃を見せつけた。 

 

【写真】トランプ次期大統領との電話会談を終え、ホッとした石破首相だが、いばらの道が待っている! 

 

 「アメリカ・ファースト」を掲げ、「NATO脱退」「ウクライナへの軍事援助は即時中止、戦争を24時間以内に終わらせる」などとほえまくる“MAGA(Make America Great Again):アメリカを再び偉大な国にする」大統領”の返り咲きに、世界中、特に西側同盟国も戦々恐々のようだ。 

 

 圧勝で自信を得たトランプ氏が、外交面でも快進撃を図ろうと鼻息が荒くなることだけは確かで、日本の安全保障への大きな影響も心配される。 

 

 矢面に立つ石破茂新首相としては頭の痛いところだろう。10月1日に内閣総理大臣に推挙されたものの、こちらは直後の衆院選で与党が大惨敗。早くも「石破おろし」が聞こえるなど逆風にあえいでいる。 

 

 11月11日の特別国会での総理指名選挙で、石破氏の首相続投が本決まりになれば、これまで同氏が掲げてきた「日米地位協定の見直しと在日米軍基地の縮小」「憲法改正と第9条第2項削除」「国防軍の明記」などの実現に向けて動き出すことになるだろう。 

 

 だが、「独立国として自分の国は自分で守るのが当然」との主張を繰り返してきた“ミスター国防”にとって、トランプ氏の返り咲きは番狂わせとも言える。本稿では石破氏の防衛政策の一丁目一番地である「国防軍」について、その死角も交えながら解説したい。 

 

■ 意味深長な「改憲草案」の中身 

 

 国防軍の議論は、10年以上前の2012年4月に公表された自民党の「日本国憲法改正草案」がベースで、石破氏は党憲法改正推進本部起草委員会の委員の1人として改憲草案の作成に携わり、その中身には絶対の自信を持っている。 

 

 最大の見どころは「第2章 戦争の放棄」内の第9条部分で、主題を「戦争の放棄」から「安全保障」へと変更した。 

 

 自衛権による武力行使を是とする考えのため、「戦争の放棄」のままでは都合が悪いと考えたのか、「戦争しないと強調しつつ、自衛なら武力を使うというのは矛盾している」との批判をかわそうという意図がにじみ出ている。 

 

 ただしそのままでは「では戦争は認めるのか」と内外から突っ込まれることも警戒してか、カッコ書きで「平和主義」も添えるなど、かじ取りは絶妙だ。 

 

 第9条1項はマイナーチェンジにとどめ「戦争放棄」の文言は存続する。続く第9条2項は特に注目で、現行憲法で高らかに謳う「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を全削除。 

 

 新たに「自衛権の発動を妨げるものではない」との一文を挿入し、前項(第1項)で「国権の発動としての戦争放棄」「武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争の解決手段として不使用」と強調しつつ、「自衛権の行使は除きますよ」との“ただし書き”をさらりと付けた。 

 

 これらを踏まえ、次に5項目からなる第9条の2を新設。いよいよ真骨頂の「国防軍」を明文化する。 

 

 ・第1項:わが国の平和・独立と国・国民の安全確保のため国防軍を保持し、総理大臣が最高指揮官 

・第2項:国防軍は国会承認その他の統制に服する 

・第3項:国際社会の平和と安全(いわゆるPKO)や公の秩序維持、国民の生命・自由を守る活動ができる 

・第4項:国防軍の組織・統制・機密保持の関連事項は法律による 

・第5項:審判所の設置 

 

 続いて第9条の3(領土等の保全等)では「国民と協力して、領土、領海、領空を保全」と規定するが、これも意味深長な内容だ。 

 

 

■ 憲法で「軍隊保持」を明言する主要国はあるのか 

 

 石破氏は国防軍の憲法明記にこだわるが、果たして世界の常識なのか。『新版世界憲法集』(岩波文庫)を参考に主要国の憲法を検証すると、どうやらそうではないらしい。 

 

 【アメリカ】 

 面白いことに憲法では軍隊保持を断言する文章は見当たらない。 

 

 ただし第1条(合衆国議会)の「権限」の項で、「戦争を宣言」「陸軍の徴募」「海軍の創設」「陸海軍の統制・規律の規則制定」「民兵の招集・編成」や、第2条(大統領)の「権限」の項で「陸海軍と合衆国の軍務に服す民兵の最高司令官」などがある。 

 

 合衆国憲法は1788年の制定だが、1776年の独立宣言から12年後のことで、現在の米州兵のルーツである民兵組織(ミリシア)や海兵隊は独立以前に旗揚げしているため、わざわざ憲法で明文化しなくても軍隊の存在は当然ということなのだろう。 

 

 【ドイツ】 

 日本と同じく第2次大戦で敗戦したドイツの憲法(基本法)を見ると、第87a条で「防衛のための軍隊の設置」「防衛以外の行為については、憲法で明文化されているものに限定して出動可能」、第12a条で「(兵役及び代役義務で)兵役義務を課せる」などと規定。 

 

 逆に同国の場合は「明文化されていない行為はNG」と適用に極めて厳格で、日本のように「陸海空軍その他の戦力」の不保持を謳いながら世界屈指の“軍事力”を有する自衛隊が存在するという矛盾はあり得ない。 

 

 【フランス】 

 同国の憲法にも軍隊保持を直接明示する文言は見当たらない。だが第15条「大統領は軍隊の長」、第34条(法律事項)「市民の身体や財産に対し国防のために課される負担に関する法律は議会が決議」「国防の一般組織は法律が一般原理を定める」といった項目で、やはり軍隊の存在は当然とのスタイルだ。 

 

 【韓国】 

 第5条で「国軍は国家の安全保障と国土防衛が使命」、第39条で「国民の兵役義務」、第60条で「宣戦布告や国軍の海外派遣について国会が同意権を有する」などを謳うが、憲法に軍隊保持を直接明示する文言はない。 

 

 【ロシア】 

 第59条で「兵役義務」、第71条で「連邦が国防・安全保障を管轄」、第87条で「連邦大統領が連邦軍の最高総司令官」を規定するが、憲法内に軍隊保持を明確に記す箇所はない。 

 

 【中国】 

 序言(前文)でまず、「中国人民及び中国人民解放軍は、帝国主義、覇権主義の侵略、破壊及び武力による挑発に戦勝し、国家の独立及び安全を護り、国防を増強した」と、軍隊の存在感と功績をアピール。 

 

 第29条で「国防」を述べるが、「国軍」ではなく「中華人民共和国の武装力は、人民に属する」と定める点が特色で、93条では「中央軍事委員会が全国の武装力を領導(指導)する」と明記する。 

 

 なお第1条で「中国の国体を労働者階級が領導し、人民民主独裁の社会主義国家である」と断言。つまり中国共産党の一党独裁で人民解放軍は厳密には国軍ではなく「共産党の軍隊」であることが分かる。 

 

 このように、主要国を見る限り憲法で軍隊保持を明言する国は意外と少数のようだ。 

 

 石破氏は改憲草案を発表した直後の2013年発行の鼎談集『国防軍とは何か』(幻冬舎)で、自らの改憲論・国防軍保有論の考えを事細かに説明している。憲法改正が必要な理由として、2つの欠落「1つ目は国家の非常事態に関する規定、もう1つは軍隊についての規定」と指摘する。 

 

 だが仮に今後石破氏が「世界では憲法に軍隊保持を記載するのが常識」と断言した場合、それは甚だ疑問だ。 

 

 

■ 国防軍に置くという「審判所」は軍法会議とどこが違うのか 

 

 自衛隊を国防軍へと“格上げ”した場合、避けて通れないのが「軍法会議」だろう。いい悪いは別にして、これまで自衛隊は「戦わない」のが当たり前で、世界でも稀有な「国家が保有する武装組織」だった。 

 

 その結果、万が一有事となり攻めて来た敵を射殺したり、敵弾を避けるため一般道の信号を無視したり、陣地構築のため無断で家屋を破壊した場合、日本は世界に冠たる「法治国家」なので、それぞれ「殺人罪」「道路交通法」「器物損壊・不法侵入」が問われる恐れがあった。 

 

 2000年代初めのいわゆる有事法制の成立で、さすがにこうした世界の非常識はだいぶ改善されたが、それでも殺りくが常識の戦場という非日常の環境下で、軍隊が戦闘力を保持し隊内秩序を維持するには、平時では違法となる行為が免除される特例とともに、一般の刑法とは別系統の厳格な法体系と裁判制度、いわゆる「軍法会議」が必須という考えが世界の主流だ。 

 

 この部分について改憲草案では第9条の2の5項で、「国防軍に審判所を置く」と新たに明記。自民党の公式Q&Aでも「軍事機密保護」と「迅速さ」のために不可欠で、裁判官や検察、弁護側も主に軍人から選ばれるとする。 

 

 ただ自民党は「審判所はいわゆる軍法会議のこと」と断言しながら、なぜ改憲草案では「審判所」と表記するのだろうか。恐らくは審判所の方がソフトなイメージだと考えたのではないだろうか。 

 

 現憲法の第76条2項にある「特別裁判所は、これを設置できない」については、改憲草案でも「特別裁判所は、設置することができない」と、一見踏襲した雰囲気を醸し出すが、よく見ると改憲草案では「これを」の一語が削除されており、よほど読み込まなければ気付かない。 

 

 軍法会議は一般の裁判体系とは別枠の裁判で「特別裁判所」なのは明らか。だが仮に改憲草案で第76条2項部分を削った場合、「軍国主義回帰だ」と国民からの反発を恐れたのかもしれない。 

 

 それでも現行憲法の文言に全く手を加えずそっくりそのまま改憲草案に移植すると、「軍人は審判所で裁く」と宣言しながら、一方で「特別裁判所はダメ」では矛盾が過ぎる。 

 

 そこで、「これを」をさりげなく削除することで、「いわゆる特別裁判所という権能を有する機関全部」というニュアンスではなく、「あくまでも『特別裁判所』というそのものずばりの名称の機関は作らないが、極めて類似の『審判所』は名前が違うので合法」との答弁でごまかす方策なのだろうか。 

 

 一般国民には難解な行政文書、「霞が関文学」に一脈通じる禅問答的な内容だが、後ろめたさからごまかしているのなら大問題だろう。 

 

 

■ 「敵前逃亡は極刑」の軍法会議で兵員が激減の可能性 

 

 そもそも改憲草案の一丁目一番地は、自衛隊の国防軍への格上げと憲法での明文化だ。にもかかわらず軍隊にとって要の「軍法会議=特別裁判所」を、「特別裁判所ではなく審判所だ」と強弁すれば、国防軍の明文化そのものが論理的に成り立たなくなる。 

 

 現行憲法で否定する「戦力でも軍隊でもない」として存続する自衛隊と、結局のところ立場が同じで、何のために自衛隊を国防軍に格上げし憲法で明言するのか意味が分からなくなる。 

 

 イタリア、スペインなどでは憲法で特別裁判所設置を禁止するが、実際は存在するので問題はないとの指摘もあるが、そうなると憲法は画餅で「何でもOK」となり、もはや法治国家ではなくなってしまう。 

 

 審判所という名の軍法会議が適用されて憂慮されるのが、処罰の厳格化で巻き起こる「兵員不足」だ。 

 

 よく引き合いに出される「敵前逃亡」の場合、自衛隊では自衛隊法第122条で「7年以下の懲役または禁錮」だが、世界では極刑が常識で、死刑を存続する国は「死刑」、終身刑なら「終身刑」となる。 

 

 国防軍に昇格して今後活動範囲が広がれば、敵との武力衝突という場面が生じる可能性があるかもしれない。または苦戦する味方の米軍を助けたり、攻撃を受ける民間人を救出する作戦に出動したりするケースも増えるだろう。 

 

 だが石破氏が著書『国防軍とは何か』で強調するように、現行法のままなら「誰だって命は惜しい。いざという時、戦場から逃げ出しても懲役7年で済むなら、そちらをとるのが人間ではないですか」となり、軍隊は組織として成り立たなくなる。 

 

 このため同書で石破氏は〈国防軍になれば(兵士は)最高の栄誉が与えられる代わりに最高の規律が求められる。それは当然のことですね〉と、敵前逃亡は最高7年から「死刑」へと厳罰化すべきと示唆する。 

 

 だが心配なのが厳罰化で国防軍にとどまることを避けたり、入隊を希望する人が急減したりするリスクだろう。東日本大震災など大規模災害での献身的な活躍に感動し自衛隊入隊を目指す若者は多いが、軍隊の本懐は国防で武力による外敵の実力排除である。となれば戦闘は当然で、敵を殺したり逆に自分が死傷したりする危険性は高い。 

 

 一方で今後日本は少子高齢化がより進むため、どの企業・組織も若年人材の獲得に必死である。こうした状況で、「敵前逃亡が7年の懲役から死刑に厳罰化」した国防軍に、果たして何人の若者が門を叩こうとするのか甚だ悩ましい。 

 

 諸外国のように税金や年金、住宅、教育、交通機関、再就職など、あらゆる分野で特別待遇を設けてもリクルートは相当難しいだろう。最悪の場合、辞退者殺到で国防軍が組織として機能せず「開店休業」となる可能性もある。まさに国防の一大危機でこれでは本末転倒だ。 

 

 

 
 

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