( 232156 ) 2024/11/10 16:06:42 0 00 「青春18きっぷ」の改訂の背景には何があるのか(写真はイメージ/gettyimages)
全国のJR普通・快速列車が乗り放題になる「青春18きっぷ」が大幅に改定された。利用者からは「改悪だ」という不満の声が上がる。鉄道経営の専門家は「利用者とJRの思惑が離れてしまった」と指摘する。
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■鉄道ファンは「改悪」「悲しい」
10月下旬、JRグループが青春18きっぷの改定を発表するや、JRの公式SNSには鉄道ファンの怒りの声が次々に書き込まれた。
「これは完全に改悪!」
「日帰りや1泊旅行での利用はお断りですか」
「あなた方、JRの職員はこのきっぷを買うでしょうか」
「悲しい。家族一緒にプチ旅行もできなくなりました」
■「青春18きっぷ」は40年来の人気
青春18きっぷは40年あまりにわたり、根強い人気を誇ってきた。
最初の発売は1982年、日本国有鉄道(国鉄)の「世代別商品」として「青春18のびのびきっぷ」が登場した。国鉄全線の普通・快速列車の普通車と連絡船の普通船室が利用できた。1日券3枚と2日券1枚の計4枚で、8000円。有効期間は3月1日~5月31日。
年齢制限は設けなかったが、ネーミングには「若者にローカル線にのんびりと乗ってもらおう」という意図が込められていた。「名称が長すぎる」という声が上がり、翌年「青春18きっぷ」に改名された。87年に国鉄はJRに分割民営化されたが、青春18きっぷはJRグループに引き継がれた。
■フレキシブルな使い方できなくなった
現在、青春18きっぷは春季・夏季・冬季を利用期間として発売されている。この期間内であれば、1日乗り放題をばらばらな日に5回できた。また、5人のグループ旅行で1日分として同時に使うこともできた。
ところが、今回の改定で、1人で5日間もしくは3日間の連続使用しかできなくなる。11月26日から販売される冬季用から適用され、利用期間は12月10日から来年1月10日まで。5日間用は1万2050円、3日間用は1万円だ。
青春18きっぷの改定はこれまでも行われてきたが、「今回の制約はとても大きい」と、鉄道ライターの小林拓矢さんは話す。
「1人の連続使用に限られたうえ、購入時に利用開始日を指定しなければならない。とりあえずきっぷを買っておいて、『休みがとれたら出かける』というフレキシブルな使い方ができなくなりました」
■自動改札機対応のために
JR6社によると、今回の改定は、自動改札機対応にしたことが大きいという。
青春18きっぷの利用客は大都市圏の在住者が多い。これまでは青春18きっぷを使用する際に有人改札で駅名と日付の入ったスタンプを押してもらう必要があり、混雑の原因にもなってきた。青春18きっぷの利用客からも自動改札機対応への要望が上がっていた。
だが、自動改札のシステム上、複数人利用や利用回数の判別ができないため、「1人の連続使用」に限る。グループでの利用が減少傾向にあることも自動改札機対応に踏み切った理由だという。
合理的だが、「利用者に使いづらくなったととらえられても仕方ない」と、小林さんは考える。
「自動改札機対応にするならば、1日券を5枚セット販売するとか、別なやり方はあったはず。諸般の事情もあるでしょうし、金券ショップでのばら売りを防ぐという思惑もあったとは思います」(小林さん)
■位置づけが変わった
鳥取県の若桜(わかさ)鉄道の元社長で、日本鉄道マーケティングの山田和昭代表は、「JR各社の並々ならぬ決断があった」としたうえで、こう指摘する。
「青春18きっぷの位置づけが、新規顧客の獲得から変わってきた」(山田さん、以下同)
青春18きっぷはJRグループ6社の共同商品だ。きっぷの内容を変更するには各社間の調整が必須となる。さらに、全国すべての自動改札に対応するためにシステム改修を行わなければならない。
「新たな投資が必要になるし、従来の利用者からの反発も承知しているでしょう。それでも改定せざるを得ない背景があったはずです」
■「青春18きっぷ」はスーパーの特売品
青春18きっぷという「安いきっぷ」があれば、「定価のきっぷ」が買われる機会は減る。それでも発売してきたのは、「5日間のきっぷをまとめ買いしてもらうことで安くできた」ことのほかに、「顧客獲得に費やしたコストを長期間にわたって回収するビジネスモデルがあったから」だという。
山田さんは青春18きっぷの役割を「スーパーの特売品」にたとえる。
「スーパーは厳しく原価管理を行い、安い『特売』で新規顧客を引き寄せている。新規顧客がなじみの客になってくれれば、元がとれるからです。顧客は歳をとったり、他の店に移ったりして減っていくので、新規顧客の獲得は常に必要です」
■国内旅行の需要はシニア層
新規顧客は年齢が低いほど長期の利益に結びつく。鉄道の場合は特にそうだ。
「10代、20代の若者が鉄道旅に親しんでくれれば、年齢を重ねてから特急や新幹線のグリーン車に乗ってもらえる。その点において、青春18きっぷの戦略はある程度成功したと思います」
現在、国内旅行の需要を支えているのはシニア層だ。国土交通省によると、旅行者の年齢は50代が最も多く、23%。40代以上が65%を占める(2000年)。
青春18きっぷも誕生から40年あまりがたち、若者にとって「青春」という名称も魅力が薄れ、メインの利用者は繰り返し利用する既存顧客の中高年層にシフトした。「このきっぷがいい」と、繰り返し使うなじみの客にとって、変更は苦痛になる。一方、新規に獲得した顧客であれば、クレームにはならない。
今回の自動改札機対応が、若い新規顧客の獲得に結びつくかは「現時点ではわからない」というが、「青春18」というブランドを残したいというJRの意思を感じるという。
■「JR6社の合意」が必須
顧客層の変化に対応しようにも、経営基盤の大きく異なるJR6社の合意が壁になる。各社が独自に全国ブランドである「青春18」を冠した商品を出すのも難しい。
たとえば、7日乗り放題の「北海道&東日本パス」について、山田さんは「青春18ブランドで出せたら、よかったかもしれない」と話す。
「40年も育ててきた青春18きっぷですから、各社のブランドマネジャーはさまざまな商品にそれを冠したいでしょう。でも、他社への配慮など、そうできないJRグループ内の事情があるのだと思います」
■鉄道旅ならではの魅力とは
青春18きっぷの存在は大きかった。子どものころから「鉄ちゃん(鉄道愛好家)だった」という山田さんは、青春18きっぷをよく利用したという。
「まず、東京から大垣(岐阜県)行きの快速列車に乗って関西を目指しました。そこからいろいろな路線を乗り継いで、遠くへ行く。そうやって旅したおかげで、夜行のボックスシートに長時間座っても大丈夫な耐性ができちゃった」
近年は、安価な移動手段として高速バスや格安航空(LCC)の利用客も増加している。
だが、鉄道には高速バスやLCCにはない魅力がある。
「途中下車できるのが、鉄道の長距離きっぷの最大の強みです」
旅の途中でも、気になった街の駅で下車し、観光を楽しみ、名物を食べる。そんな旅の醍醐味を青春18きっぷがこれからも支えていくのは間違いないだろう。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)
米倉昭仁
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