( 233571 )  2024/12/15 20:12:45  
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2024年12月14日、ソウル市内・国会議事堂がある汝矣(ヨイ)島で行われた尹錫悦大統領弾劾に賛成する市民たちの集会。多くの旗を手にした市民たちがいたが、政治とは無関係な旗を掲げる市民たちも少なくはなかった(写真・池畑修平) 

 

 ソウル・汝矣島に向かう午後の地下鉄は、東京のラッシュ時を思わせるほどのすし詰め状態であった。地上に出てからも、国会議事堂の方へと向かう人波に揉まれる。 

 

 どうにか広大な汝矣島公園に辿り着いたが、気づくと身動きが取れないほどの密集の真っただ中にいて、整理・誘導をする警察官らの姿はまばらだ。ふと梨泰院で起きた圧死事故が頭をよぎる。 

 

■K-POPが流れ、ペンライトが振られる 

 

 それほど、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の2度目の弾劾訴追案が可決されるのを求めて12月14日に集結した韓国の人々は多かった。警察の発表で24万5000人。 

 

 人々が朴槿恵(パク・クネ)大統領(当時)の退陣を求めた2016年から2017年にかけてソウルで続いた「ろうそく集会」では最大で100万人が参加したというが、私の体感では14日の集会もそれに近いように思えた。 

 

 一方で、かつての「ろうそく集会」とはだいぶ様相が変わったことにもすぐ気づいた。当時は市民がろうそくを模したライトとプラカードを手にしてひたすら地面に座り込んでいた。 

 

 今回はろうそくは少なく、主役はコンサートでファンたちが振るペンライト。色や形は様々。それを、参加者たちは大音量で流れるK-POPのヒット曲に合わせて振り、踊る。まるで野外フェス。 

 

 そうした雰囲気だからか、10代から20代前半の女性がかなり多かった。女子高校生の3人組に尋ねてみると「うん、前回より自分たち世代の女子が多いでしょ。前のときも参加したいなと思ったけど、『まだ幼いから』と親に止められたのよね」との答え。 

 

 なるほど、「ろうそく集会」をテレビで見た子供たちが成長したのだ。 

 

 加えて、当時暴力沙汰が起きなかったことから、韓国の保護者たちとしても10代の娘が尹錫悦を糾弾する集会に行くことにさほど心配はないのであろう。 

 

 汝矣島に赴く前に、光化門で開かれていた保守派の弾劾反対集会も見に行ったのだが、そこでは退役軍人らが「(最大野党・「共に民主党」の代表)李在明を逮捕せよ!」と雄叫びを上げる野太い声が響き渡っていた。 

 

 規模は警察発表で4万人。ざっと見渡すと参加者たちの平均年齢は60を超えているのは確実と思われた。 

 

 おそらく全員が、前回の朴槿恵弾劾にも強硬に反対し続けたであろうコアな保守派だ。手にしているプラカードには「主思派(チュサパ)を剔抉(てっけつ)せよ」の文字。主思派とは北朝鮮がイデオロギーとして掲げてきた主体思想に従う人たちを指す。 

 

 

 剔抉は「えぐり出す」という意味で、ニュアンスとしては「撲滅」に近い。そうしたメッセージからもわかるように、保守派は尹大統領が12月3日に戒厳令を出した際に理由として掲げた「韓国国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北反国家勢力を一挙に剔抉し、自由憲政秩序を守るため」という言葉に、激しく共鳴しているのだ。 

 

■ピザやマージャンの旗が翻る 

 

 話を弾劾支持派が押しかけた汝矣島に戻すと、もう1つ、前回とは変化した風景があった。やたら旗が多いのだ。戦の武将たちかと思わせるほど翻っていた。 

 

 「いかにも」という労働組合支部のものも少なくはなかったが、むしろ政治色とは無縁のコミカルな旗の方が目立っていた。「全国サンタクロース総連合会」、「ハワイアンピザ愛好会」、麻雀の牌やアニメのキャラとおぼしき少女が描かれた旗……。 

 

 くだんの女子高校生たちも「DARK MOON 吸血鬼と狼男保護協会」という旗を掲げているので、「何の旗?」と訊くと、「ああ、これ(笑)。漫画のキャラクターにちなんでなの。みんな自分たちの好きな旗を作って楽しんでるのよ」とのこと。 

 

 大統領が戒厳令を宣布し、それが内乱罪にあたるかどうかが問われている事態とは思えないほど、若者たちは屈託がない。 

 

 もちろん、12月4日未明に戒厳令の解除が国会で議決されず、今も一切の政治活動や集会が禁じられていたならば、このような明るい雰囲気が広がることはなかった。メディアも戒厳司令部の統制下に置かれていた。韓国社会は一気に1980年代中盤までの軍事独裁時代に逆戻りしかねなかったのだ。 

 

 あらためて、一晩かぎりで戒厳体制が終わったのは幸いであったと思う。 

 

 尹大統領の弾劾訴追案を採決するための国会は午後4時から開かれ、それから約1時間後に結果が議長によって読み上げられた。「賛成204人」と可決に必要な200人を超えたことが明らかになるやいなや、汝矣島は歓声に包まれ、赤と青の風船が空に放たれた。 

 

■華やかさの裏に権力闘争の怨念 

 

 人々は抱き合って喜び、K-POPの演奏が再開され、場所によっては伝統的な楽器で演奏するサムルノリを披露するグループも。野外フェスのような盛り上がりは最高潮に達した。 

 

 

 しかし、私は高揚感を覚えなかった。国籍が違うから、ということ以上に、韓国社会が今回の事態に至った背景を直視するのを避けているように思えてならないためだ。戒厳令という極めつけの悪手が放った衝撃が強すぎたせいかもしれない。 

 

 まず、検事一筋で政治経験がなかった尹錫悦であったが故に戒厳令という極端な選択をした、という批判が強い。であるなら、彼を大統領候補として迎え入れた保守派与党「国民の力」も責任を追うべきである。 

 

 「国民の力」では、朴槿恵が弾劾されて政権を進歩派に奪われて意気消沈していたところ、文在寅(ムン・ジェイン)政権と真っ向から闘った検事総長の尹錫悦が救世主に映った。党内に有望な人材はいなかった。 

 

 そうした切羽詰まった状況から、「これが正しい」「相手は悪だ」と決めるとどこまでも突っ走るという彼の性格を十分に理解しないまま、大統領選で勝てるかもしれないという一点だけで担いだといえよう。 

 

 一方、「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)はじめ野党側も、やはり尹錫悦とは何者かを十分に理解しないまま、手段を選ばず彼の足を引っ張り、挑発を繰り返した。 

 

 戒厳令を出した際、彼は野党が22件もの弾劾訴追案を発議し、行政府を麻痺させていると非難した。実際、野党が弾劾のターゲットにしたのは、省庁トップ、裁判官、検事、放送通信委員長など多岐にわたる。 

 

■尹錫悦という人物を政界は理解していたか 

 

 とりわけ、自分たちの意に沿わない司法判断をしたからといって裁判官や検事を弾劾しようというのは、三権分立を脅かす。ましてや、尹錫悦は元検事総長。怒りを募らせないはずがない。 

 

 金建希(キム・ゴンヒ)大統領夫人のスキャンダルをめぐっては、野党が国会での多数の力で特別検察官の任命を可決し、それを尹錫悦が拒否権を行使して止める、というサイクルが3度繰り返されている。 

 

 頑なに夫人を庇う尹錫悦の姿勢には与党からも苦言が呈されていたが、夫人の問題はいずれも国家を左右するほどではなかった。単に、「叩けば叩くほど政権支持率は下がる」という、政争における強力なカードに過ぎない。 

 

 そして、これは決して尹錫悦に賛同するわけではないのだが、彼は骨の髄から北朝鮮の全体主義を敵視し、自分を妨害する者は北朝鮮と通じているようにしか映らない、という世界観の持ち主であった。 

 

 

 2024年8月15日に彼が打ち出した「統一ドクトリン」にもそれは色濃く反映されていた。ドクトリンのキーワードは「自由統一」で、それは韓国による北朝鮮の吸収統一に他ならない。 

 

 「南北とも同じ民族」を基盤にせず、自由民主主義で半島を統一して北朝鮮を消滅させるべし、と異例の踏み込みをした大統領とは、どういう人物なのか、野党は今一度分析すべきであった。 

 

 結局のところ、与党も野党も飽くなき権力闘争に夢中となるあまり、怨念めいた憤怒と焦燥感が尹錫悦の中で膨らんでいたことを見過ごしたのではないか。国会で弾劾が可決されたのを受けて彼が述べた談話には、このような一節がある。 

 

 「国民のために悩みながら推進してきた政策などが足を引っ張られた時は、気が焦って夜も眠れませんでした」 

 

 もう1つ、若者らのお祭り騒ぎを私がやや冷めた目で見たのは、これから待ち受ける法廷闘争が熾烈なものになりそうな見通しであるためだ。それも、尹錫悦や、戒厳令を提案したとされる金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相らのだけではない。李在明もやはり被告の立場だ。 

 

 皮肉にも、尹錫悦に対する弾劾訴追案が提出される直前の12月12日、総選挙で躍進した進歩派野党「祖国革新党」代表で文在寅政権時代の法相だった曺国(チョ・グク)氏に対する判決が最高裁で確定した。 

 

■政界の主要人物がこのまま消え去る?  

 

 子どもの不正入学疑惑に絡んで公文書偽造などに問われたものだ。懲役2年の実刑で、彼は失職して収監されることとなり、5年間は被選挙権を失う。 

 

 李在明もすでに公職選挙法違反の罪に問われて1審で懲役1年・執行猶予2年の有罪判決が受けていて、これが最高裁で確定するとやはり5年間は被選挙権を失い、次の大統領選挙に出馬できなくなる。 

 

 彼としては、ぜひともそうなる前に大統領選が実施されて出馬したいわけだ。尹錫悦の弾劾が決まると、彼が「次は1日も早く罷免を」と訴えたのは、自分の都合も大いに含まれている。 

 

 

 
 

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