( 234111 )  2024/12/16 18:06:05  
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「のぞみ」自由席、来春削減へ(東海道・山陽新幹線のN700S/写真:共同通信社) 

 

 JR東海とJR西日本は、来春のダイヤ改正で東京駅―博多駅間を走る東海道・山陽新幹線「のぞみ」の自由席車両を削減することを発表した。これまでにもゴールデンウィークや年末年始に運行するのぞみ全車を指定席にするなどの対応を取ってきたが、そうした繁忙期以外にも自由席車を削減する目的は何なのか。フリーランスライターの小川裕夫氏が解説する。(JBpress編集部) 

 

■ 長時間移動する新幹線は混雑がトラブルを引き起こす一因に 

 

 JR東海とJR西日本は、2025年春のダイヤ改正で東海道・山陽新幹線を走る「のぞみ」の自由席車を現行の3両から2両へと削減すると発表した。新たに指定席車となるのは3号車の全85席で、一編成に占める指定席の割合は9割近くにまで上昇する。 

 

 現在、東京駅―博多駅間を走る東海道・山陽新幹線の「のぞみ」は、16両編成で運行されている。これまでにもゴールデンウィークや年末年始といった繁忙期に運行する「のぞみ」は全車指定席という対応が取られてきたが、通常期でも指定席を増やすことで、利用者が座って移動できるという快適性を確保するとしている。 

 

 東北・北陸新幹線は立席特急券を販売することもあるが、基本的に指定席は座席の数しか乗車できないので、自由席のように混雑時に立ったまま乗車する乗客はいない。長時間にわたって移動する新幹線において、混雑はトラブルを引き起こす一因にもなる。 

 

 自分が座るすぐ横の通路に、ずっと立ったままの乗客がいたらどうか。駅弁を食べたり、居眠りしたり、はたまたパソコンで作業をしていたら気が散るだろう。イライラが募り、肘が当たったなどという些細なことから一悶着が起きることもある。 

 

 こうした混雑によって引き起こされる問題は、全車を指定席にすることで最小限に抑えることができる。いきなり自由席を全廃すれば、これまで自由席に慣れ親しんできた利用者から不満が出るだろうが、JR各社は在来線を走る特急列車から自由席を段階的に削減してきた。そして、その波はとうとう東海道・山陽新幹線という大動脈にも押し寄せたことになる。 

 

 

■ 時間に縛られるビジネス利用のみを想定していた「のぞみ」 

 

 そもそも運行開始当初の「のぞみ」は全車両が指定席だったが、2003年から自由席が登場する。自由席は指定席券を必要としないことから割安に乗車できるというメリットに目が行きがちだが、そのほか時間に縛られないという利点もある。 

 

 JR東海は「のぞみ」の運行開始前からビジネス利用が多いと想定していた。出張などのビジネス利用は、例えば「東京駅6時発の列車に乗る」、「9時までに東京の取引先に到着したい」といった時間通りの行動が求められる。 

 

 「のぞみ」は早朝・深夜の2往復4本だけでスタートし、当初のくだり早朝便は名古屋駅すら通過していた。それに対して、のぼりは早朝・深夜便ともに新横浜駅を通過するダイヤが組まれていた。 

 

 「のぞみ」の運行本数が少なかったのは、「のぞみ」用として使われる300系という車両が少ないことが理由のひとつだが、そのほかにも「のぞみ」は停車駅が少ないので東京―大阪といった主要都市を移動するビジネス利用しかないと受け止められていたからだ。つまり、明らかに行楽利用は除外されていた。 

 

 行楽利用はビジネス利用と比べて時間を気にする必要はない。どの列車に乗っても目的地に着けば大差ないので、レジャーで新幹線を利用する人たちにとって「とりあえずホームにきた列車に乗ればいい」という感覚は強い。 

 

 実際に「のぞみ」と「ひかり」の所要時間を比べると、東京駅―新大阪駅間は約20分しか違わない。それほど急ぐ必要がない行楽での利用なら、わざわざ指定席券を購入して「のぞみ」に乗ろうという気持ちにはなりにくい。そこまでガチガチなスケジュールを組みたくないという気持ちは理解できる。 

 

 しかし、運行開始から約10年という歳月が経過して、「のぞみ」に自由席が導入された。これはビジネス目的以外の需要が広がってきたことも一因としてあるが、利用者の目には見えない発券システムの進化が大きく影響している。 

 

 

■ 指定席の「売り逃し対策」で改良を進めてきた発券システム 

 

 現在のシステムはコンピューターの処理速度が向上したことで、利用者を待たせることなくスピーディーかつスムーズに予約・発券できるようになっている。今回の「のぞみ」指定席削減の意図についても、そうした新幹線予約システムを司るコンピューターの進化の歴史をたどることで見えてくる。 

 

 1964年10月まで時計の針を巻き戻して、東海道新幹線における指定席・自由席は、どのような状況だったのかを確認しておきたい。 

 

 東海道新幹線の開業時は「ひかり」と「こだま」の2タイプが運行していた。どちらも12両編成で、当初は自由席がなく指定席のみだった。その理由は「のぞみ」と同様にビジネス利用を想定し、行楽利用は東京五輪を目的とする人たちだけと考えていたからだ。 

 

 ビジネス利用や東京五輪を目的とする行楽利用は、その旅程が明確なのでスケジュールが確定していることが多い。だから指定席で十分に役割を果たせた。しかも、旧国鉄は東京五輪の閉幕後に新幹線の行楽需要は減少し、ビジネス利用に特化すると予想していた。だから、ますます自由席の需要は減少すると読んでいた。 

 

 ところが、その予想はいい意味で裏切られる。東京五輪の閉幕後も新幹線需要はビジネス・行楽両面で堅調を維持した。そのため、開業からわずか2カ月後の12月に国鉄は方針を変更。一部の「こだま」に6両の自由席車が導入された。 

 

 一部の列車とはいえ、一編成の半分を自由席化するという大胆な決断には驚くが、国鉄がそこまで大量の自由席を導入するという決断をした理由は何だったのか。前述したように、自由席と比べて指定席は料金が割高になるため利用者から忌避されたと考えるかもしれないが、実際はそういった経緯で自由席が導入されたわけではない。 

 

 国鉄では、指定席券類を発券するために「マルス」と呼ばれるコンピューター端末の操作を必要とした。マルスは駅係員が操作することで指定席や特急券など複雑なきっぷでも容易に発券できる機械で、1960年に開発されたマルスは「マルス1」と命名された。 

 

 マルス1の導入時、すでに東海道新幹線が東京五輪までに開業することが決まっていたので、指定席や特急券の発券業務が急増することは事前から予測されていた。そのため、国鉄は性能を向上させた新型マルスの開発も続けていた。 

 

 ところが、新型マルスは新幹線の開業までに間に合わなかった。旧型のマルス1は在来線を想定したシステムだったので、1列4席でシステムが構築されており、新幹線の1列5座席に対応していなかった。そのため、新幹線開業年の指定席類の発券業務は駅係員が乗車券センターに電話を入れ、担当者が該当する台帳を抜き取って空席を照会し、その後に必要事項を記入するという手間が発生した。 

 

 「エドモンソン券」と呼ばれる、今では目にすることがなくなった厚紙のきっぷに駅係員が乗車日や座席番号を手書きで記入するので、一枚のきっぷを発券するのに30分以上を要することも珍しくなかった。 

 

 そうした黎明期にありがちな混乱も手伝って、新幹線のきっぷを発券するカウンターには利用者が長蛇の列をつくる光景が常態化し、多くの新幹線が空席の目立つ状態で発車していたのである。 

 

 利用者にとっては時間通りの列車に乗れないことはスケジュールが狂うことを意味し、大きなストレスとなる。他方で、国鉄も“売り逃し”による経済的な損失を発生させていた。こうした状況を改善するべく考案されたのが自由席の導入だった。 

 

 

■ 新型システムの登場で薄れていった自由席の必要性 

 

 「こだま」に導入された自由席は臨時的な措置だったが、1965年6月に定期化した。国鉄は自由席の導入による売り逃し対策を講じるとともに、新幹線用の「マルス102」を導入して空席を減らすことに努めた。 

 

 マルス102は座席・料金・乗車日が機械印字できるようになり、発券業務は飛躍的にスピードアップしたが、発車時刻などの部分は依然として手書き作業が残った。そこで国鉄は同年10月に指定席券類を取り扱う「みどりの窓口」を開設。専用窓口を設けることによって指定席の販売をスムーズにした。 

 

 その後も東海道新幹線の運転本数は増え続け、長編成化も進められていく。1970年には「ひかり」の全列車が16両編成になり、1973年には「こだま」も全列車16両編成化を完了させた。 

 

 運転本数や編成数が増えることで、新幹線そのものの輸送力が増強される。それは当然ながら利用者も増えることを意味する。みどりの窓口にも長蛇の列ができるのではという懸念があったが、それに対応できるように、国鉄はマルスの改良を重ねていた。 

 

 こうした利用者の目には見えないが、国鉄が切磋琢磨したマルスという機器の進化によって、売り逃し問題は次第に解決していった。それに伴い、空席のまま発車する新幹線は減り、自由席の必要性も薄れていった。 

 

 その後、分割民営化の直前となる1985年には「マルス301」が登場。同機は漢字と数字を併用した印字が可能で、裏面は自動改札機にも対応できるように磁気エンコードを付与する機能が付加された。さらにパソコンをベースにした機器になったことから、ソフトウエアを更新することで機能拡張が可能な仕様になっていた。 

 

 そして、利用者が操作する自動券売機にもマルスが導入されるようになった。自動券売機とマルスをネットワークで接続するシステムが開発され、みどりの窓口に並ばなくても新幹線の指定席券が購入できるようになったのだ。 

 

 さらにIT技術の発達やスマホの普及によってマルスの進化はさらに加速。現在はネットでの新幹線チケット予約・購入が普及している。 

 

 

 
 

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