( 235881 )  2024/12/19 17:39:48  
00

仮 - 筆者撮影 

 

雑誌の休刊が相次いでいる。そんな中、リクルートが発行する結婚情報誌『ゼクシィ』は紙の雑誌の発行を続け、部数は好調という。どんな取り組みを行っているのか。ライターの市岡ひかりさんが取材した――。 

 

■雑誌不況・結婚減の中でも好調なゼクシィ 

 

 雑誌不況、と言われて久しい。出版協会の『出版指標 年報 2023年版』によると、雑誌の販売額は、1997年をピークに月刊誌・週刊誌ともに25年連続でマイナスに。休刊やウェブ版への移行も後を絶たない。 

 

 そんな中、2022年12月には過去最高の実売部数を記録。以降も好調な売り上げで推移し、部数は10年前とほぼ同水準という“オバケ雑誌”がある。2023年に創刊30周年を迎えた、リクルートの結婚情報誌『ゼクシィ』だ。 

 

 人口動態調査によると、婚姻組数は1970年代後半のほぼ半数程度しかない。さらに、結婚しても、式をあげないカップルも増加しているという逆風にもかかわらず、である。 

 

 くしくも同じリクルート内では、旅行情報誌『じゃらん』、住宅情報誌『SUUMO』が2025年に休刊することが発表されたばかり。なぜ、ゼクシィは生き残っているのか。 

 

 その理由を探るべく、筆者は十数年ぶりに書店でゼクシィを購入してみた。ひときわ分厚いその雑誌を抱え、レジへと向かう。胸に広がる、少しの気恥ずかしさとときめき。その瞬間、脳内は十数年前へトリップした。 

 

■「婚約記念品」としての役割 

 

 10年間付き合った彼氏から念願のプロポーズを受け、近所のコンビニでゼクシィを購入したあの日。本の重みでコンビニ袋が腕に食い込む痛みさえ幸せで、脳内に花が咲き乱れた記憶が、ありありとよみがえった。 

 

 実は、この“ゼクシィを買う”という体験価値こそ、好調の理由を探るカギがある。森奈織子統括編集長はこう語る。 

 

 「私たちはゼクシィを、プロポーズされたら購入する“婚約記念品”のように捉えています。もはや結婚情報誌という位置づけではないかな、と。実際、購入者の約半数の方が、この時代に、パートナーの方と一緒に店頭でゼクシィを購入しているんです。 

 

 小学校入学を機にランドセルを買うように、プロポーズされたらゼクシィを買う。コト消費として『幸せの象徴』との価値を感じていただいているようです。 

 

 今や情報だけならネットでいくらでも得られますが、この体験価値はネットでは代替できないと考えています」(森統括編集長、以下同) 

 

 

■だからあんなに重くてデカい雑誌に 

 

 誌面でも定番企画であるピンク色の婚姻届などの付録をつけたり、書店購入者には祝福メッセージを込めた専用紙袋をプレゼントしたりと、記念品感を演出。直近の市場調査でも、約3割が体験価値のみを理由にゼクシィを購入したと回答している。 

 

 「イヤホンを片耳ずつつけて音楽を聴くように、2人で肩寄せ合ってゼクシィを読む、同じ空間での共有体験に価値がある」と森統括編集長は話す。 

 

 雑誌の縮小版を出さないのも、幸せな世界観をビジュアルで訴え、読者の憧れを醸成するため。号によっては3キロを超すその重さと1000ページを軽く超すボリューム、A4という判型の大きさからネット上では「鈍器」と揶揄されることもあるゼクシィだが、理由あってのことなのだ。 

 

 結婚に対する価値観の変化に対応するため、コンテンツの見直しも戦略的に行ってきている。 

 

 2012年に「プロポーズされたら、ゼクシィ」という印象的なコピーを採用し、コンテンツも「結婚式場探しのための情報誌」から「結婚が決まったら読むバイブル」にシフト。この軌道修正によって、結婚式の実施有無にかかわらず、まずは結婚のタイミングで手にとってもらえるようになったという。 

 

■売り上げ部数がV字回復したワケ 

 

 「式をあげる、あげないにかかわらず、結婚が決まったら気になることは共通しているんです。今までなら『結婚式にかかるお金』だった企画は『結婚が決まったらかかるお金』に、『結婚式準備のダンドリ』も『結婚が決まったらすぐ読むダンドリ』に変更したりと、結婚式情報から結婚そのものにまつわるコンテンツへ軌道修正しました」 

 

 ただ、ここでふと疑問がわく。ここ1年に刊行されたゼクシィの第一特集を見ると「結婚のダンドリ」「手続き・届け出」……。似たような企画が並んでいるようにも見える。読者に飽きられてしまわないのだろうか。 

 

 しかし、実はここにも好調のヒントが隠されている。 

 

 ゼクシィでは、2017年ごろに、売り上げが低迷した。この立て直しを図るべく、2018年に定価を500円から全国一律300円に値下げするとともに、毎号の特集企画や表紙、付録の部数因果関係を調べ、詳細(重要業績評価指標)を設定した。 

 

 同誌では、毎号4000~6000件の読者アンケートが返ってくる。この結果や市場調査などをもとに、企画内容や表紙がどれだけ購入につながったのかをさらに詳細な分析を進めた。 

 

 この作業を過去数年にわたって行って再検証し、第一特集に配置すれば売れる企画、売れる号の表現に必要な要素などを各担当が導き出した。 

 

 

■編集部員が企画に飽きてはいけない 

 

 通常、雑誌では、編集者、とりわけ編集長の属人的な感覚によって、特集内容や付録アイテム、表紙の構成などが決まることが多い。いわば“編集者のカン”が頼みだ。ゼクシィでは、そのカンを数値化して言語化。勝ちパターンを明確にして共有することで、安定的な売り上げにつなげたという。 

 

 「もちろん、社内では『クリエイティブの領域は、KPIで管理するようなものじゃない』といった声もありました。でも、それでも分析したからこそ見えてきたこともありました。 

 

 これまでなんとなく強いと思っていた『ダンドリ&マナー』『結婚の手続き・届け出』などは、分析の結果、確実に売れる鉄板企画であることが再認識できました。そうした企画は、毎号ほぼ新しい読者が手に取ってくれることもあり、数号前とテーマが一緒でも部数に影響はないことが分かりました。 

 

 被っているとはいえ、人気企画ということは読者が求めている企画だということ。編集部員には『読者が企画に飽きる前に、私たちが飽きてはいけない』と話しています」 

 

 企画趣旨が同じだとしても、中身は世の中の流れや価値観を捉えてアップデートさせている。例えば、ある号での「結婚の手続き・届け出」企画は、法律婚以外の選択を取るカップルもいる前提でパートナーシップ制度のノウハウをメリデメと共に提供している。 

 

 また、婚姻届の提出のハウツーには、必ず「2人でどちらの姓を選ぶか話し合う」といった項目を追加している。定番企画のひとつである「彼専用ゼクシィ」も、かつてはいかにうまく花嫁を手助けするか、といった内容だったが、今は2人で一緒にウエディングを楽しむというアプローチに変わってきているという。 

 

■決してマンネリではない 

 

 「とはいえ編集部員は鉄板企画ばかりつくっているわけではありません。そうした人気企画を行えば、サブの特集でチャレンジングな企画を入れても売り上げは落ちないことも判明しています。多様な結婚やカップル、様々な結婚式のカタチなどの新しい企画もどんどん取り入れる余地があるので、むしろ編集部の士気は上がりました」 

 

 2012年から毎号雑誌につくようになった付録も調査対象だ。売り上げにつながる順にランク分けしている。例年よく売れる4月号や12月号などには、確実に売れるエコバッグやポーチなど定番人気の付録をつける。売り上げが落ち着く時期には、新しい付録やブランドとのコラボに挑戦するといったメリハリをつけている。 

 

 「実はかつては、付録で売り上げが乱高下したこともあって……。私が付録の担当をしていた時も、失敗をしたこともあります。でも、だからこそしっかりと売り上げにつながる付録をデータで管理しようというモチベーションにもつながりました」 

 

 

■なぜ表紙は常に外国人のモデルなのか 

 

 表紙も計算しつくされている。ゼクシィの表紙は、1990年代後半からウエディングドレス姿の外国人モデルが起用されている。 

 

 「『花背景』『笑顔の花嫁』『ウエディング感』といった要素が少しでも欠けると、表紙の購入喚起度が下がってしまうんです。例えば、表紙モデルがベールをつけなかっただけでも『ウエディングっぽくない』と認識されてしまう。 

 

 なので、表紙担当者もスタッフと共に感覚ではなく、守るべきクリエイティブの指標を抑えつつ、売り上げにつながるコピーを毎号分析して磨き上げてきました。ここがうまくかみ合い出したことが、ここ2~3年でグッと部数が伸びた理由としてあります」 

 

 創刊当初は芸能人を起用していたこともあったが、それだとタレント自身の色がつきすぎてしまう。あくまで主役は読者。自己投影できそうでできないラインを目指している。 

 

 これほどまでに徹底して売り上げにつながる編集を意識するのには、通常の雑誌よりも広告重視の媒体という背景が大きい。一般の雑誌と比較すると、特集記事と広告の割合が大きく異なる。だから付録付き1000ページ超にもかかわらず300円という定価が可能なのだ。 

 

 ゼクシィの収益は、販売収益や広告掲載料のほか、ウェブサイトやアプリ、相談カウンターを通じて式場予約につながった際の手数料などである。 

 

 クライアントの多くは式場やジュエリー、フォトスタジオだからだ。いかに読者に情報を届け、式場やお店の予約へつなげられるか。そのことを、通常の雑誌以上に突き詰めざるを得なかった結果が、雑誌の売り上げ好調につながったともいえる。 

 

 また2024年2月には、アプリも大幅に刷新。特集記事にもQRコードを埋め込み連動性を高める仕掛けや結婚式検討に必要な情報をより見やすくするなどの取り組みも行っている。 

 

■あるカップルから言われたひと言 

 

 一方で、売り上げを重視し、大多数が求めるコンテンツを追い求めれば求めるほど、マイノリティの視点が置き去りになりがちだ。 

 

 いまや「結婚の代名詞」と言われるまで圧倒的な影響力を持つゼクシィだ。事実婚の形を選ぶ人もいれば、同性婚を希望しているのに叶えられない人たちもいる。こうした人たちに、どう向き合っていくのか。 

 

 森統括編集長自身、転機になったと語る出来事がある。ゼクシィでは、現代の人の結婚観を探るため、毎月約10組近くのカップルにグループインタビューしている。この中で、事情があって籍を入れなかった読者にこう言われたという。 

 

 「ピンクの婚姻届に憧れて買ったんですが、私たちは婚姻届を出せないんです」 

 

 ゼクシィでは、実際に役所に提出できる、ピンク色の婚姻届を定番付録としてつけている。「普通の婚姻届はときめかない」という読者の声を受けて製作したもので、人気のコンテンツだった。しかし、実際に使えていたのは法律婚のカップルだけ。 

 

 良いコンテンツを作ってきた自信があったのに、目の前の読者に届いていないんじゃないか――。そこで、2023年5月号には同性カップルでも事実婚カップルでも使用できる「ふうふのきほん宣誓書」を付録としてつけ、以降も度々付録として登場させている。 

 

 

 
 

IMAGE