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日本のクリスマスケーキは、欧米の伝統的なスイーツとは異なり、日本独自のクリスマスの風習として根付いている。

不二家が1952年にクリスマスケーキを全店で販売したことがきっかけで、イチゴショートケーキが主流になったのは1967年ごろからだ。

高度成長期に、欧米文化への憧れや企業のマーケティング戦略により、クリスマスケーキは浸透していった。

クリスマスケーキの価格は上昇しているが、人気は根強く、家族や個人で楽しむスタイルが多様化している。

(要約)

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欧米人には、キリスト教徒でもない日本人がクリスマスケーキを毎年楽しむ光景が、奇異に見えるらしい。クリスマスケーキは、いつ、どのようにして日本に根づいたのか(写真:shige hattori/PIXTA) 

 

 日本で典型的なクリスマスアイテムと言えば、クリスマスツリーと飾りつけにクリスマスソング、プレゼント、チキン、そしてクリスマスケーキである。11月ともなれば、百貨店や洋菓子店がクリスマスケーキの予約販売を打ち出し、盛り上げ始める。 

 

 しかし欧米人には、キリスト教徒でもない日本人がクリスマスケーキを毎年楽しむ光景が、奇異に見えるらしい。「クリスマスケーキなんてあるのは、日本だけだよ?」――それはなぜ、どういうことなのだろうか?  シーズン真っ盛りの今、改めて考えてみたい。 

 

■「クリスマスケーキ」食べるのは日本だけ?  

 

 まず、その疑問は若干の語弊を含む。欧米各国には独自のクリスマススイーツがあるからだ。イギリスにはドライフルーツがたっぷり入ったクリスマスプディングや、クリスマスの日から12日間毎日食べると幸せが訪れるとされるミンス・パイがある。ドイツにはシュトレンが、フランスにはブッシュ・ド・ノエル、イタリアにはパネトーネがある。しかし、どれもスポンジケーキではない。 

 

 欧米では、クリスマスは大切な宗教行事で、逸話や食べ方のルールが決まった伝統的な独自のスイーツが、それぞれの国で発展した。一方、日本のキリスト教徒の割合はわずか1%程度。日本でもキリスト教は一定の存在感はあるが、何百年も続くクリスマスの伝統的な食べ物もなかった。 

 

 しかし明治以来、欧米文化は憧れの対象で、表面的にでも採り入れることが「ハイカラ」などと褒められてきた。欧米コンプレックスが減った今でも、欧米風の食べ物は「おしゃれ」と形容されがちだ。そんな心理を突いた企業のマーケティングの中で最も浸透したのが、クリスマスだった。 

 

 では、クリスマスケーキは、いつ、どのようにして日本に根づいたのか。 

 

 きっかけを作ったのは不二家。砂糖の統制が解除された1952年、東京・横浜・京都・大阪で展開していた同社が、全店でクリスマスセールを行った際の目玉が、クリスマスケーキだった。 

 

 高度経済成長期は、1953年に開業した数寄屋橋店の周辺に、不二家の赤い箱を持ったサラリーマンであふれた。不二家は1968年までに全国100店舗まで広がり、「子どもの頃は、ケーキと言えば不二家だった」と昭和育ちの地方出身者が言うほどなので、影響力は絶大だったのだろう。 

 

 

■イチゴショートが主流になったのは1967年ごろ以降 

 

 不二家は横浜・元町で1910(明治43)年、デコレーションケーキやシュークリームなどを製造販売する洋菓子店として創業。愛知県の農家で生まれ、鉄道職員の養子となった創業者の藤井林右衛門は、開業2年後には渡米して菓子研究を行い、1914年に当時最先端だった喫茶店のソーダ・ファウンテンを開いている。フワフワのスポンジ生地のイチゴのショートケーキを考案した、と言われる有力候補でもある。 

 

 クリスマスケーキは創業時から販売しており、初期はドライフルーツが入ったケーキに砂糖と水で作るフォンダンクリームをかける、イギリス風のケーキだった。 

 

 イチゴショートの形が主流になったのは1967年ごろ以降。『日本の果物はすごい』(竹下大学)によると、日本では1951年から農業現場にビニールハウスが登場し、1960年頃から促成栽培されたイチゴが、クリスマスシーズンに出荷できるようになっていた。 

 

 2015年12月22日付のITメディア ビジネスオンラインの「なぜクリスマスに『苺と生クリームのケーキ』を食べるようになったのか」によると、生産者側が「冬にもイチゴを食べよう」と張ったキャンペーンにケーキ業界が乗ったことで、イチゴのトッピングが定着した。 

 

 さらに1962年、5℃まで冷やせる冷蔵ショーケースが登場。家庭にも冷蔵庫が普及していく時代で、ケーキを買ってきて家で冷やしておき、ご馳走の後などに食べる家庭が増えていく。 

 

 高度経済成長期は、戦争で多くの肉親を失った記憶がまだ新しい時期だった。家族で集まることが何より大切だったのかもしれないし、中流の核家族が一気に主流となった中で、美しく飾りつけられたケーキを家族でシェアするクリスマスは、新しい時代にふさわしい祭りだったかもしれない。子どもの誕生会のメインディッシュが、寿司から洋食へ転換する時代でもある。 

 

 

 会社勤めをする男性が急増した時期でもある。成長著しい企業は、男性社員の定着を促すために福利厚生にも力を入れた。その一環として、クリスマスケーキを配布した企業もある。その習慣は定着し、今でも従業員にクリスマスケーキを配る会社は多いようだ。 

 

■クリスマスを口実に集まって祝う 

 

 欧米におけるクリスマスは、古くからある冬至の祭りと結びついたと言われる。今年の冬至は12月21日。日ごとに寒さが増し、日の短さがピークに達し、人恋しくなりがちな時期。赤や緑の華やかな飾りつけは、寂しくなりがちな人々の心を温めるアイテムとしても、受け入れられたのではないか。祝うことを口実に集まり、ごちそうを食べ、ふだん買わないホールケーキで締めくくる。そして正月を迎える。 

 

 繁華街では、12月25日の夜にクリスマスの飾りつけを取り払い、正月用に切り替える。翌日からは、雅楽が流され、おせち食材の大販売会が始まる。その切り替え自体が、すでに歳末の風景として定着している。 

 

 前述の通り、日本ではクリスマスはイチゴのショートケーキが定番となっているが、そのイチゴが今年は夏の猛暑の影響で品薄となっているほか、その他のコストも増大している。 

 

 帝国データバンクの調査によると、クリスマスケーキの平均価格は近年、原材料コストの上昇を受けて上がり続けている。 

 

 主な原材料価格は今年11月末時点で前年の同月と比べ、牛乳が横ばいである以外は、チョコレートが20%も、鶏卵・イチゴ・砂糖がそれぞれ10%、バターが8%、小麦粉が2%上昇。さらに包装資材、燃料費、人件費も上がった結果、クリスマスケーキの平均価格は2021年に3862円だったのに対し、今年は4561円にも上っている。 

 

■クリスマスケーキの人気は根強い 

 

 しかし、価格上昇によってケーキ離れが起きたとも言えないようだ。市場規模総合研究所が2023年に行ったクリスマスケーキ市場規模推計によれば、2000年以降、クリスマスケーキの市場規模は数十億円単位でアップダウンをくり返している。 

 

 

 そして2023年の合計市場規模は、2000年より12.29億円大きい。大まかに見れば、2人以上世帯の市場が縮小し、単身世帯の市場は増加しているが、それは世帯構成の変化を反映していると思われる。 

 

最近では、クリスマスの新たなトレンドとして1人でシュトレンを楽しむ人も増えているという(クリスマスの新定番「1人シュトレン」浸透のなぜ)。クリスマスケーキが家族や恋人同士、友人同士など比較的複数人で食べるものに対して、シュトレンは家族がいるか否かにはかかわらず、個人で楽しむ人が少なくないという。 

 

 ケーキの価格上昇問題以前に、クリスマスの過ごし方や食べ物の選び方が多様化している。今後もその変化を見守りたい。 

 

阿古 真理 :作家・生活史研究家 

 

 

 
 

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