( 237201 )  2024/12/21 19:28:48  
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タイミーを率いる小川嶺社長 Photo:JIJI 

 

 スポットワーク仲介最大手のタイミーが12月12日に発表した決算を受けて、同社の株価はストップ高となった。拡大を続けるスポットワーク市場は、労働市場における大きなリスクを抱えている。そして、最も割を食うのが40代以上の氷河期世代だ。企業は笑い、労働者は苦しむ…日本経済に悪影響を及ぼしかねない、スポットワークの構造的な問題を解説する。(文/ノンフィクションライター 窪田順生) 

 

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● “タイミーさん”の約半数が 40代以上の衝撃 

 

 「スキマバイト」と聞くと「若者や学生がやるもの」という印象を抱く人も多いだろう。 

 

 なぜかというと、そういうイメージを訴求する広告が多いからだ。例えば、スキマバイト最大手であるタイミーが最近までオンエアしていたCMでは、25歳の人気女優・橋本環奈さんが起用されていた。 

 

 また、少し前にはタイミーが「闇バイト」の募集に悪用されていたのではという話が注目を集めたことで、「スキマバイト利用者=手っ取り早く稼ぎたい若者」というイメージがさらに社会に浸透している。実際、スキマバイトを取り上げたニュースの中には「20代を中心に利用者が増える」なんて説明しているものも少なくない。 

 

 だが、実はそのイメージは誤りだ。今やスキマバイトの中心は40代以上の中年世代となってきている。 

 

 タイミーが今年7月に公表した「事業計画及び成長可能性に関する事項」の「タイミーワーカーの属性」を見ると最も多い世代は確かに20代(28%)なのだが、そこに続くのは40代(23%)となっている。しかも、40~60代を合わせるとほぼ半数(47%)を占めているのだ。 

 

 ライバルのメルカリハロの登録者の属性調査でも、20代は30.4%と最も多いが、40代も20.3%、50代以上も18.1%となっている。世間が思っている以上にスキマバイトをしている中高年世代は多いのだ。 

 

 そう聞くと、「幅広い世代の人たちが多様な働き方ができるようになっていいことじゃないか」と感じる人もいらっしゃるだろうが、筆者の考えは違う。 

 

 

 日本の労働市場にこの勢いでスキマバイトおじさん、おばさんが増えていくことは正直、あまりいいことではないと思っている。 

 

 もはや「日本名物」と呼んでも差し支えない「低賃金・重労働」がこれまで以上に固定化され、ただでさえパッとしない日本経済がさらに冷え込んでしまうからだ。 

 

 なぜそんなことになってしまうのかというと、根本的なところで言えばこれに尽きる。 

 

 「スキマバイトをうまく活用すれば賃上げをせずに、人手不足を乗り切れる」 

 

 よく言われていることだが日本の「人手不足」というのは、本当に人手が足りていないという話ではなく、「賃金が安いしきつい仕事はしたくない」と特定の業種が敬遠される、「雇用のミスマッチ」を意味している。 

 

 これを根本的に解決するには、「賃上げ」しかない。経営者が努力をすることで商品やサービスの「付加価値」を上げて成長を果たし、そこで得られた利益を労働者に還元していくのである。 

 

 「求人を出してもなかなか人が来てくれない」と嘆く事業者の多い地域に、イケアやコストコができると、こちらの求人には多くの希望者が殺到するのはこれが理由だ。 

 

 しかし、「賃上げ」をしなくとも事業者側が「雇用のミスマッチ」を解決できる方法が最近普及してきた。もうお分かりだろう、スキマバイトである。 

 

 雇用する側からすれば、基本的にスキマバイトは経験も技能もいらない「単純労働者」なので、正社員やベテランバイトに比べると、はるかに賃金を安く抑えることができる。 

 

 しかも、雇用者側にとってありがたいのは、スキマバイトが理想的な「雇用の調整弁」になっている点だ。 

 

 今の時代、一度雇ったパート・アルバイトや派遣労働者に対して、仕事が暇な時期や業績が悪いからとなかなか「ヒマだからクビね」とか「しばらくシフト入れないで」などと言えない。「不当解雇」「雇い止め」などと労基に駆け込まれてしまうからだ。 

 

 しかし、スキマバイトならばその心配はない。忙しい時だけ呼んで、忙しくない時は呼ばなくていい。誤解を恐れずに言えば、「労働者を好きなタイミングでつまみ食いできる」という便利なシステムなので、人件費が大幅に圧縮できる。 

 

 

 それがよくわかるのが、宅配大手のヤマトホールディングス(HD)だ。 

 

 今年度の上期の連結決算で営業損益が150億円の赤字に転落するなど、ヤマトは単価も上げられず、人件費だけ上昇したということで苦戦を強いられている。そこで頼ったのが、スキマバイトだ。 

 

 「クロネコDM便」に携わってきた約2万5000人の個人事業主の雇用契約を終了するというリストラを断行して、一方で、そこで足りなくなった労働力をスキマバイトに頼っている。 

 

 「週刊現代」によれば今、ヤマトの配送所には荷物の積み込みなどで、スキマバイト経由のスタッフが増えているが、「単発」「初心者」であるがゆえ、現場が大混乱しているという。しかも、荷物の紛失などのトラブルがあった場合、ドライバーなどから「スキマバイトの連中だろ」などと疑いの目で見られる、などの問題も起きているらしい。 

 

 なぜこんなにも現場が混乱しても、スキマバイトに依存するのかというと、「業績悪化」を乗り切るためだ。いくら個人事業主がこの仕事に慣れ、効率良く仕事ができても「雇用の調整弁」にはできないというのは、とにかく利益を上げたいヤマト的には大きなマイナスだ。しかも、彼らは賃上げも要求してくるので、それに対応をしなくてはいけないのも頭痛のタネだ。 

 

 しかし、スキマバイトはそんな面倒な話に対応しなくていい。待遇や仕事に文句があるのなら明日から来なければいい。よくドラマなどで出てくる悪徳事業者が「代わりはいくらでもいる」なんてセリフを吐くが、まさしくそれが現実のものとなっているのだ。 

 

 つまり、スキマバイトというのは、人件費圧縮を目指す事業者側にとってはハッピーなことこのうえないシステムなのだ。だが、労働者側は、CMや広告でうたわれているほど、ハッピーにはなれない。 

 

 目先の利益としては、「自分の空いた時間に働ける」「単発なので嫌なら二度とやらなきゃいい」「即金でもらえる」などさまざまなニンジンがぶら下がっているので、なんとなく「働く側に恩恵のあるシステム」のように錯覚をしてしまうが、実は労働者全体の利益を考えると、「理想的な雇用の調整弁」にされているだけなので、これまでの「低賃金・重労働」が固定化していくだけだ。 

 

 

● 「代わりはいくらでもいる」 タイミーが具現化した企業の本音 

 

 しかも、そのスキマバイトに40~60代の中高年が増えていくことは、日本経済全体にとってよろしくない。 

 

 「非正規雇用」が最も多い世代だからだ。 

 

 総務省の「労働力調査(詳細集計)」(年平均 長期時系列表10)によれば、2023年の非正規労働者2124万人の中で最も多いのが55歳から64歳で451万人(21.2%)で、次が45歳から54歳で430万人(20.2%)となっている。 

 

 よく「非正規雇用」というと「若者の貧困」みたいなイメージと繋げられるが、25歳から34歳は237万人で11.2%にとどまっている。 

 

 非正規雇用は正社員と比べると、かなり賃金が低いということは言うまでもない。賃金が低いということは毎日、生きていくだけで精一杯なので、消費も投資も活性化しない。つまり、内需が支えている日本経済は冷え込む一方だ。 

 

 しかも、この年齢で低賃金労働者となれば、老後の蓄えなどできるわけがないので結局、生活保護やらの公共サービスに頼らざるを得ない。病気や寝たきりになれば、国が面倒をみるしかない。 

 

 ではその原資はどこからくるかといえば、148.9兆円の社会保障費だ。日本のGDPの24.4%にも及ぶ莫大なカネだ。もちろん、これはすべて現役世代、つまり若い人たちが負担をする。国は医療と年金を維持することが大きな目的となり、とても「経済成長」なんて目指す余裕はない。 

 

 こういう悲惨な未来を避けるには、国民一人ひとりの生産性を上げるしかない。その結果、起こるのが「賃上げ」だ。 

 

 その中でも重要なのが、「賃金の低い人たちをどこまで引き上げることができるのか」ということだ。低賃金の日本の中でも、大企業労働者などは春闘の影響で賃上げが進んでいる。中小企業の正社員もチビチビとではあるが、賃上げの動きはある。 

 

 だからこそ、「賃金の低い人」の所得を上げる必要がある。特に非正規雇用の中で最も数が多く、人口動態的にも最も多い、40~60代の「賃上げ」は急務だ。 

 

 しかし、残念ながら日本ではそのような動きは潰されてしまう。欧米などの先進国の場合、事業者に対して国や自治体が「賃上げ」を要請して、それに対応できない事業者は自然に市場から退場していく。しかし、日本でそういうことを言うと「弱者切り捨てか」という批判が盛り上がるのでできない。 

 

 そこでどうするかというと、社会全体で低賃金労働に依存している事業者を「保護」する。具体的には、「賃上げしなくても事業が存続できるよう、低賃金労働者を獲得できるスキーム」を提供するのだ。 

 

 

 
 

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