( 237928 ) 2024/12/23 03:56:27 2 00 妻の首を絞めて殺害の罪 84歳被告が接見でのぞかせた笑みと苦悩朝日新聞デジタル 12/22(日) 15:00 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/6bf484a28848aee2b67f8ac6976ea7cac686fd2d |
( 237931 ) 2024/12/23 03:56:27 0 00 殺害現場となった、夫婦の自宅=2024年11月27日午後3時5分、神奈川県横須賀市久里浜台2丁目、手代木慶撮影
接見室で、アクリル板越しに対面した被告の男は、腰が曲がり、小柄でやせていた。白髪は薄くなり、顔にはしわが深く刻まれている。耳も遠い様子だった。
記者が大きな声でゆっくり、はっきりと問いかけると、被告はうつむき加減にぽつり、ぽつりと答えていく。
神奈川県横須賀市で、84歳の夫が81歳の妻の首を絞めて殺害したとされる事件。50年以上連れ添った夫婦に何が起きたのか。記者との接見に応じた夫は少しずつ、妻とのことを語り始めた。
起訴内容などによると、浦辺登志男被告は11月24日、自宅で、妻秀子さんの首を帯で絞めて窒息死させたとされる。
県警によると、被告自身が「妻の首を法被のひもで締めた」と110番通報。殺人容疑で逮捕された後の調べに対して、認知症の症状が進み、歩くのもおぼつかなかった妻の介護を続けるなかで「先を悲観した」と供述したという。
記者は逮捕された直後に一度、浦辺被告に接見を申し込んだ。この時は、被告から「気持ちの整理がついていないので、今は会えません」と断られた。
だが、再び申し込んだ12月13日、浦辺被告は接見に応じた。
明るく飾らない性格だったという秀子さん。その思い出を語る中で、妻のおちゃめな一面を思い出して、ふと笑みを浮かべる場面もあった。
一方で、ここ数年の秀子さんの様子に話が及ぶと、顔を曇らせた。
浦辺被告との主なやりとりは以下の通り。
―体調はいかがですか?
前よりは眠れるようになりました。よく眠れるわけではありません。
―秀子さんはどんな方でしたか?
明るくて、立ち振る舞いが上手でした。
―何と呼んでいたんですか?
「ひでこちゃん」と。
―家事は秀子さんが担当していた?
はい。料理や洗濯を。
―好きな手料理は?
いやあ、これと言ってないですね。……(被告自身が)サバが苦手なんですが、皮をはいで裏返して出してくることもありました。嫌いなのに(笑みを浮かべる)。
―物忘れがひどくなってからの様子は?
過去の記憶がなくなっている感じでした。ふさぎこむことが多くなりました。会話はできるけど、少し経つと内容があやしくなりました。
―秀子さんにいま、どんなことを伝えたいですか?
「後を追えなくてごめん」、と。(手代木慶)
朝日新聞社
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( 237932 ) 2024/12/23 03:56:27 0 00 =+=+=+=+=
今回の件は痛ましいが、安楽死や尊厳死は認めるべきだと思う。
ある程度の年齢になれば、自分の行く末が見えてくるものだし、逆転の見込みが無いことも自然と悟る様になる。
生きるも死ぬのも個人の選択だし、詰んでる方に無理に生きろというのもそれはそれで、辛いだけ。
私は、認知症や加齢による衰えのために、家族や周りに迷惑や負担を掛けるぐらいなら、自分の命は自分自身でコントロールしたい。
上手くいっていない時の励ましの言葉など、皮肉にしか聞こえないし、安易な「生きろ!!」という言葉など無責任でしかないと思う。
▲5089 ▼411
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実父母も義父母も自宅で老衰でしたが、直前に医師からは病院で胃ろうとか死を先延ばしは可能と言われましたが自然死を選択しました。 4人とも直前でしたが生きていたいと思っていないと言葉をもらしたいました。 もしそれが十年も続くならこんな残酷なことはないと思う次第です。 妻の首を絞める行為ではなく、家族会議をした結果の、薬物などでの自殺ほう助などが適用できるようになってほしいです。 生きてゆくことは状況によっては首を絞めるよりはるかに残酷な場合があるのが現実であり、その場合の選択死は人間だけに与えられた特権だと思います。 人の最後はその人が選択できるよう法整備してほしいと思います。
▲21 ▼2
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以前プラン75という映画を見ました。 色々考えさせられました。 安楽死、賛否両論だけど、私は自分が認知症や寝たきりになったら考えたいです。 母が祖母を介護していましたが、家庭崩壊する要因でもあるくらい壮絶です。綺麗事では済まされません。母は寝られず、食べられず、鬱寸前でした。 そろそろ日本も制度を導入してほしいです。
▲2058 ▼78
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精神異常による心神喪失や、ごく若い未成年の場合は、問答無用の無罪なのにね。 この種の行いも、無罪とは出来ないけれど、「責任」は犯人だけに負わせるべきなのか。それこそ「社会の責任」も問われていいと思う。
▲53 ▼4
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せっかく接見までしながら、いまひとつ状況が解らない。介護認定などの行政サービスも受けていなかったのか。そこ触れていないから、犯罪心理学の専門家までも想像で物を書いている。 これでは問題点が浮かびあがらない。書き直してほしいレベル。
▲4 ▼0
=+=+=+=+=
医療の進歩により、生物としての寿命を越えても尚、生き続けてしまう、生かされてしまう現代日本の闇・・・ 『認知症』、その犠牲者だと思います。 昭和の昔であれば、認知症になる前に死去する高齢者も多かった為、認知症を患う高齢者も今よりずっと少なかったのですが、今では男性81歳、女性87歳という平均寿命が認知症患者を生み出し続けています。 非常に繊細な問題ですが、安楽死も制度として可能な仕組み作りが必要な時に来ていると思います。
▲1001 ▼74
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私は現在56歳のバツイチ(子供なし)の男です。父は21年前の元日に65歳で他界し、母も9年前の3月に旅立ちました。私自身介護の経験はありませんが、このようなニュースを見ると「自分の両親が介護状態になったらどうなっていただろうか?」と考えさせられることがあります。この方にはお子さんはおられなかったのでしょうか?少子高齢化社会が進む日本で、外国人に対する支援よりも、長年の日本の発展に寄与された高齢者の方々を手厚く支援することが今の日本の課題ではないでしょうか?若い時からしっかり働き、きちんと年金を収めたにも関わらず、いざもらう段階になるとあれやこれやといろんな形で控除され、手取りが減るというのは、本当に国民に対して冷たい国だと実感します。もうこんな事件が二度と起きないように、政府はしっかり考えてほしいです。
▲744 ▼56
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ハードル高いのかもしれないけど。 こういうとき、頼れる行政だったらよいのにと思う。
このおじいちゃんが奥さんを…… の理由は本人しか分からないことだけど。 認知症が進んで、どんどん以前の奥さんじゃなくなっていくのを見るのが辛かったのもあるのかな。 介護もしんどかったのかもしれないけど。 そこにいるのに違う人。そんなさびしさ。
時間を戻せるなら戻し。あるいは、何かの魔法で若返らせる。 そんなことができたら幸せ。 大好きな人とはずっと一緒にいたいだろう。
↑分かる人だけ分かってくれたらいいです
▲853 ▼56
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安楽死というか、医療を考えるときなのでしょう。長生きすればいいというものではない。血圧の薬や効いてるのかわからない認知症の薬。食べられなくなったら胃瘻。歳とって風邪や肺炎で死んだらもう寿命なのでしょう。高齢なら心臓がとまったら動かさなくても良いのです。苦しみを取り除くことだけで、医療は最低限でいいと思う。
▲718 ▼31
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今は医療が何がなんでも生きながらえさせる方向に進化している。医療の発達で平均寿命は延びたものの健康寿命は平均寿命より15年も短いという現実となっていて、これは恐ろしいことだと思う。この不健康な15年は本人やまわりが不幸になる可能性も社会保障費もぐんと上がると思う。ほとんどの人が不幸せになる状況を無理やり作り上げるのは違うのではないか? 解決策としては安楽死制度の整備が早急に必要だと思う。当然、乱用されないような慎重な制度設計とともに、生きたいと思う人にはその選択が尊重される社会のあり方も同時に議論を進める必要はあると思う。 ともかく本人、家族、社会含めてみんなが不幸になるのであれば自ら人生を終わらせる選択肢を持てることも必要だと思う。
▲222 ▼28
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母がまったく別人のようになってしまい、介護していても、先が見えない毎日に不安ばかりが募りました。元気だった頃に母が「呆けたら死なせてほしい」と言っていたことがありました。でも、いざ危篤状態になった時には、医者から延命措置の有無を問われ、唯一血縁関係のある妹と二人で、悩みに悩みぬきました。今は亡き母のため、何をしてあげることが一番よかったのか、未だに正解が出ていません。
▲149 ▼5
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日本は安楽死にきちんと向き合わないと 息をしてるから存命させるのがいいみたいな考え方は本人にも周囲の人間にとっても幸せにはならんよ
介護も病院も保証も仕組みとして悪く働いている人たちにも仕事があるとは労働環境として大変か
認知症のための薬が保険適用できるようにとなった時に若い子にもっと金を使えという意見を言う人がいたが世話をしたり施設のお金や病院代を払う手續は身内の家族の若い世代
高齢者の問題のようで若いこの問題
介護認定も身内が思うレベルと認定する側のベルの認識の違いなどもあり認定出ればいいというものではない 体が不自由なだけと認知症は別次元
認知症のおばを見てきたが言語もしゃべれなくなり暴力的になるともう本人であって本人でないんですよ
安楽死をダメなものとしてこんな決断するしかないような国のほうがよほどおかしい
今の日本の給料や働き方で面倒見れると思いますか?
▲334 ▼30
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老老介護が過酷なのは理解できます。介護保険制度が導入されて久しいのに家族に大きな負担が掛かる事は年齢に関係なく矛盾すると感じています。けれど、介護される人が死にたいと漏らしてその願いに応じて殺してしまったのではなく、自分が介護がきついからと介護されている人を殺してしまうのは、介護者が女性の場合、殆ど聞いた事がありません。こういう事件は大体、介護者が男性です。元々、日本では育児、介護、家事は女性が殆ど担い、男性はその役目を果たす事は少なかった。今は子供と同居もしないのが普通だし、今まで嫁が担ってきた役目を夫が担わなくてはならない時代になった途端、こういう事件が多発する。何か割り切れない思いがします。
▲249 ▼61
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もう待ったなしで、日本でも高齢化の先の議論を進めるべきだろう。欧州では認知症患者の尊厳死安楽死の選択が認められるケースがあり制度化も進んでいる。 すでに日本では老老介護の時代に突入して久しく、いつまでたっても社会制度が追いついていないのが現状である。 記事にあるご夫婦も近親殺人者として夫は被告となり、仮に執行猶予つきとしても、 連れ添った家族を自らの手で殺ってしまった失意、悲しみは消えることはない。 尊厳死の議論を活性化させ、早期に熟成してゆくべきだと願う。
▲57 ▼7
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以前介護士として働いていた者ですが、仕事として認知症の患者さんを介護するのは可能ですが。素人が認知症の家族の介護をするというのは、家族にとっても介護を受ける側にとってもかなりの精神的、体力的負担がかかると思います。私自身要介護4の認知症の祖母を自宅で最後まで介護しましたが、介護士時代に介護や認知症に対してリミッターが外れていたからできただけの話で、普通は身内の排泄介助から、徘徊の対応までできません。必ず絶望するはずです。
▲110 ▼5
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亡くなった父が認知症でした。3年程父子2人暮らしで面倒を見ていました。 恐らく父の認知症症状は軽い方だったと思いますし、要介護2の認定を頂いていたので、月~金はデイサービスを利用して週1で訪問看護も入り、週末にショートステイを使うことができていましたが、父が体調を崩して入院した時には、正直言って半端ない解放感を感じました。 この方は、奥様を愛するが故に、他人に面倒を見てもらうのではなく自分が、と思い詰めてしまったのかなと思いました。私のようにほんの数年面倒を見ただけと言うのではなく、数十年連れ添った最愛の方だからこそ、自分が自分がと自信を追い詰めてしまったのかなと。 そんな時、一人で背負い込まなくていいんだよと声をかけられたら、このような悲惨な事件は防げたのではないかと、勝手に想像してしまいました。
▲60 ▼7
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安楽死とか尊厳死というコメントがあるけど、この場合はちょっと違うと思います。だって認知症ですよ。度合いは違えどいくらでもいるでしょう。うちの父親だって認知症始まってます。本人が以前から尊厳死を希望していたとかならともかく、本人の意思がなければただの殺人です。認知症になったって死にたくないって人は大多数だと思いますよ。本質はこの旦那さんが、殺人をするまで追い詰められてしまった状況でしょう。孤独死もそうですが、今は高齢者も若者も孤立化しやすい社会になっていると思うんです。なにが解決策になるのかわからないけど、そういう社会の在り方を変えていかなければいけないのではないでしょうか。
▲11 ▼14
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老老介護大変だと思います 国はもっとそこにも目を向けるべきだと思います 子供世代だけにお金を配るだけでなく お年寄りがもっと介護サービスを受けられるように支援してほしいと思います80歳過ぎた方に介護はとてもきついし辛いと思います、
▲342 ▼58
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昨日まさに『安楽死には絶対反対』という難病患者の方の取材記事を読んだばかりなだけに考えさせられる。
安楽死や尊厳死はあった方が良いとは思う一方で、病気や高齢で介護が必要な方々が『周りに迷惑をかけずに潔く安楽死を選ぶべき』という圧力に苦しめられる事は絶対無い・・と保証出来る制度にする必要がある。
生きたい人は生き、安らかに眠りたい人は安楽死を選択できる・・それが理想的な社会であるとは思うが、実現のハードルは高いだろうね。
▲17 ▼1
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将来、誰もが年老いて行きます。 自分だけは歳を取らないという事は出来ません。 いずれ認知症や不治の病にかかり家族に負担をかける日が来るかも知れない。
自分はその前に死ぬとは強がって言っては見ても思い通りにはいかないだろうなと思います。 もし私が生きていても仕方がない 家族の負担になるという日が来たら安楽死を希望します。 自分と家族が同意するなら良いと思います。 国にとっても今後かかる税金で賄われる医療費も助かると思いますし家族も負担にならずに済みます。 自分で死ぬ勇気も無いが安楽死なら助かります。 そういう時代が必ず来ると思います。
▲31 ▼2
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48歳男性、85歳の地元にいる父親の介護認定のため半年間、素人ながらネットや書籍であらゆること調べて、色々と仕事合間に電話して、地元戻って動いて、先週に要介護1認定がでました。 幸い、他の兄弟も説得して協力してくれてること、たまたま私が独身であったことで、自由時間が多いこと、それで何とか認定までできました。来年からデイサービスなどサービス利用など予定です
色々と動いて分かったこと、行政は問い合わせがあれば、決まった権限の範囲内だけは手助けしてくれます。範囲だけで全部では無い、 それに老人ホームになれば一定数のお金もどうしても必要になる。お金も含めて、動ける人、できる人は良いです
ならできない人は、どうすれば良いのか 国と政府が明らかに社会的弱者を見捨ててます 老老介護による悲惨な事件、これから凄く増えます
▲31 ▼2
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賛否両論あると思います。 私は父をガンで亡くしました。介護のカの字も出る前に。血の繋がった家族であり、どんな姿になっても生きていてほしかった。 でも医療技術があがるに連れて、必ずこの問題は出てきます。 寿命が伸びることで、永く生きたい人は良いかもしれませんが、陰で不幸になる人もいることは認識してほしいです。 個人的にですが死期は選ばしてほしい。
▲6 ▼1
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自分も妻と二人ですが自分には身内がいません。自分一人になった時体が不自由になったり、認知症になったらどうしようと結構考える時があります。安楽死の選択が出来るようになって欲しいといつも思います。周りに迷惑をかけるようになれば安楽死を選びたいと思っています。その為に日々悔いのないように生きています。何かこのような記事をたまに見るたび切なくなります。
▲24 ▼1
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84歳で老々介護は大変だったと思います。 少子高齢化もあるけど、見ない見て貰わないって親子関係や、見るほどの経済力、施設に入ったり他人を頼む経済力がない。安い施設は順番待ち。国が共働きを推進したせいで見る人がいない。(共働きが悪いという事ではなく、そうするなら子どもや高齢者の入れる施設を整備してからでしょう) 他人を家に入れるのが嫌、施設に入るのは嫌だとか言う高齢者もいるし。(地域によって違いがあるのかは知らないけれど)包括だってプランを作って進めたものを高齢者が受け入れなければ切り捨てる。老々介護になる要素が多すぎる。長生きしたいと思えない、老後を楽しめないなんて悲惨な国だな…。 このままなら自分の頃までには安楽死を認めて欲しいと思う。
▲5 ▼1
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介護職経験のあり私から見ると本当にご苦労されたんだろうなって思います。 認知症にも様々な症状があって、仕事で携わるのとは違い家族さんのご負担は 物凄く大きいと思います。色々難しいのですよね。福祉利用にしても金銭面の問題もあったり。高齢者がという言い方をされてる方をよくお見掛けしますが、いつかあなたの親がとか自分がとか想像したことはないのかなぁと思います。痛ましい事件です。
▲7 ▼1
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日本では「とにかく生存させておくこと」が善とされる。寝たきり老人は300万人いると言われている。人間らしい生き方・死に方を国として論じ、変えていかないと、逆に不幸な人が増えるだろう。この記事の方のように、介護に苦しんで行き詰まり、やがては犯罪者になってしまう、異常としか思えない。医療機関の利権もあるだろう、親族や近隣住民の視線もあるのだろう、この議論をすること自体を避けている空気も感じる。だがしかし、ここにメスを入れていかないとこの先20~30年はこういった不幸な事件が増える一方である。
▲8 ▼1
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こういう事件を見ると自分でまだ理解できるうちに寿命がわかればなって思う。 痴ほう症は自分できずかないからなってしまったらまわりのサポートがないと大変だよね。長く生きれることは素晴らしいかもしれないけど必ずしもいい老後が待っているとは限らないから本当に元気なうちに後悔のない、やれることは全てやってまわりに迷惑のかからない人生を送りたいけど… 病気などにならないとは限らないし本当に老後どう送れるのかはなってみないとわからないよ。悲しい限りだよ。
▲6 ▼2
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このニュースとはちょっと関係ないけど、最近はペットも長生きするようになってるよね 知人の15歳の犬が、痴呆で吠えまくったり、昼夜逆転してお世話が大変と言っていたけど、知人はまだ若くて時間があるし、ペットの寿命はなんとなく体調から見えるからまだやっていけるって言ってた 自分も老いて体力がなくなり、人間だと医療で生かされるので終わりが見えない介護を続けて行くのって綺麗事じゃないよねって思う
▲23 ▼1
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担当のケアマネは、なにをしていたのでしょうか。夫に真摯に向き合っていたのでしょうか。妻の介護で、夫が追い詰められているのを感じ取れなかったのでしょうか。毎月の訪問が事務的な訪問で終わったのでしょうね。本来なら、ショートスティの利用や、あるいいは介護区分の見直しを行い、特養に入所する方法が講じるべきでした。このような介護殺人事件の一因には、担当ケアマネの共感力のなさもあるとえます。
▲16 ▼15
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前から、事故や病気などで延命処置をするかしないかを家族に確認はするのに、なぜ安楽死は認められないんだろうと思っていました。他でもない本人が求めているのに。 臓器提供の意思確認と一緒に安楽死(認められるようになったら)の意思表示も書いておきたい。自分なら寝たきりとか、認知症になって家族に迷惑かけるくらいなら…と思う。でも家族が同じ気持ちになるか分からないから、同時に家族の同意もあったらそれを選べるようにしてほしい。ちゃんと会話ができるうちにこういう事を話しておくのは大事だと思う。 まぁ、認められてはいないんだけど。
▲3 ▼1
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奥さんの介護に疲れたんでしょうね。認知症に1度なると、介護する人は、とても負担がかかると思います。50年以上も一緒にそばにいて、今まで普通の暮らしにストレスなど溜まったと思います。どんな理由であれ、殺害はしてはいけないことですが、相談出来る人がいたら違う形で、人生を送っていたと思います。
▲122 ▼13
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介護士です。毎日、仕事でも大変なのに在宅で毎日毎日奥様を介護されていたのでしたら、本当に大変だったと思います。ご自身もご高齢で心身共に疲れ果ててしまったのだと思います。 日本がもっとご高齢の方に対して手を差し伸べていける社会になりますように。 特に男性は自分で何とかしようと閉ざしてしまいがちな気がします。
▲1 ▼0
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高齢者の父が60代の頃は「延命なんてしなくて良い施設や病院暮らしになる前に死にたい」と遺言のように話していた。70代で癌を患いアチコチ悪くなって病院通い、80歳になって介護生活が始まる頃には認知も入り。介護をしていた母親は「死なせない教」の信者になり、入院→在宅看護→包括ケアの繰り返し。ケアマネも介護を頑張る母に寄り添ってくれる体で家中手摺りに、玄関、床やトイレはフラットのフルリフォーム。だれも介護、医療、同居家族「ある年齢になったのだから穏やかに寿命を迎えましようね」と言う人は居ない、父の「延命はするな」は痴呆でかき消された。
▲71 ▼2
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私の親はそれはもう鮮やかでした。 祖父母が認知症になり家で介護が無理となると、速やかに施設に入ってもらってました。そして自分がもしもの時の備えも十分にしていて、趣味で今自分の人生を謳歌しています。 私がそんな風にできるか自信ないけど、そんな親を尊敬しています。
▲37 ▼22
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本人が望むのであれば、安楽死、尊厳死を認めるべき。 行使は、安楽死の立ち会いの為の公的資格を持った人間と警察が立ち会い、 医師が睡眠薬を対象者に注入後、窒素を注入し、1時間後警察立ち会いの下医師が死亡確認を行う。 警察が立ち会うのは、殺人を防ぐ意味がある。 今も介護疲れで殺人一歩手前の人は多いはず。 一日も早い制度を設けて欲しいし、俺は健康でも自分の意思で安楽死出来る公的施設を建設してもらいたいと思っている。 認知症になって周りに迷惑をかけるくらいなら、正常に判断が出来る内に現世から離脱したい。
▲0 ▼0
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悲しい話ですが、後追いなんて命より誉が重かった武士の時代でさえ失敗や断念する程のことです。命のやりとりと無縁に生きてきた現代人なら、多少精神的に弱っていてもあと一歩が本能で留まってしまいます。完全に常軌を逸した精神状態でなければ自殺はできません。そこまで追い込まれない、追い込ませないのが重要です。
▲83 ▼8
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人一人を生かすのってすごく大変なこと。育児はだんだん手が掛からなくなるが、介護は逆。介護者が若くて他に人手があったとしても肉体的にも精神的にもかなりキツい。老老介護となれば想像を絶する苦労があったと思う。
▲1 ▼0
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医療の進歩で病気を治癒、もしくは抑制し、生命活動が持続できるようになったけれど、 肝心の、脳の病変が治療できない、体は動くけど脳が正常に機能せず社会生活に支障が出る、 こうなった時に、家族が職を失ってまで介護することは収入源が無くなるわけで貧困の苦痛が待ち受けている、 同居する家族自身にも健康上の問題があったり高齢で困難な場合も大きな苦痛が待ち受けている、 想像しなくても、誰でも容易にわかる事。 肉体的生命活動が自然に停止するまで生きようとするのは、基本的な生命体の本能、 なので別の誰かが勝手にその生命活動を終わらせる権利も無い、それをやったら「どんな理由があれ人を殺してはいけない」社会の殺人犯になってしまう。 行政に「助けて」と助けを求めたら、 苦痛を逃れて、ごく普通の社会生活が送れるようになるわけもない、 だから、こういう結果に至る人が後を絶たない。 解決方法が明示されない限り。
▲2 ▼1
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さぞ介護がしんどかったのでしょうね。介護のしんどさは非常に共感します。自分の父もあれだけ大変なのに介護認定が1しかつかず、体のことは支援になるので関係ないと言われていました。この人さえいなければと何度思ったことか。今年度4月からさらに認定も厳しくなり、介護度1ではどの施設にも入所できなかったので、仕事を求職せざるを得ず、在宅介護で毎日疲弊していました。父が他界し、今は体調を崩し心臓を患っていて通院し、職場には復帰できそうにありません。今回のような事件はどんどん増えていくと思います。政府は私欲を肥やすことでなく、本当に国民のことを考えないと、日本は崩壊していくと思います。
▲8 ▼2
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生きている。のと、生かされている。では、全く異なる。 自分自身も思うことだけど、動けなくなったり食べることが出来なくなったりした時点で本人に生きる意思を確認できる世の中を求めたい。 なんか今の世の中はおかしな方向へおかしな考え方で変わってしまっている気がする。
▲32 ▼3
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認知症の父を介護してみて気付きました。私には無理だと。 寝たきりの認知症なら可能かもしれませんが、動ける認知症は絶対に無理。 突然何かをしだすので、四六時中監視する必要があるからです。 鍵を付けて部屋に監禁状態にしても叫ぶしガラスは割るしで・・・。 結果的に怪我で入院しましたが、最終的には拘束具でベッドに。 本人の意思に関係無く認知症が進むので、今の医療や法律では、今後もこういった痛ましい事件は増えるでしょうね。 刑務所自体も高齢化や認知症がいるとの事で刑務官も大変らしいので。 近所の老人グループにピンコロ会ってありますが、ピンピンしてるときにコロっと死にましょうって事らしいです。 可能ならそうありたい。
▲2 ▼1
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介護は家庭の中だけでやらないように制度を作り直した方がよいと思う。そもそも、老々介護が成り立つはずはない。
申請主義を改めて、第三者の福祉行政が積極的に介入し、閉ざされた家族のプライバシーの尊重よりも、行政が補足して公的でオープンな支援制度の上に乗せないと、これまで同様に避けられた同じ事件が発生する。
▲17 ▼1
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自分が認知症になったら安楽死を望む、というコメントがいくつかありますが。そもそも自分がボケたら、安楽死をお願いしますと申し込むことができません。家族に頼んでおいても情がある家族としては「あともう少し面倒見よう」と先延ばしにしてしまうでしょう。 結局は脳死判定のように「本当にボケているのか」を医師が判定することになるのではと思います。医療の負担が重く、たとえ安楽死が法制化されても認知症患者に適用されるかは厳しいと感じます。
▲2 ▼2
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そうあとを追えるものではない。 うちは、妹夫婦が母親と住み、夫婦共働きし母親が孫の保育園の送り迎えやご飯の用意やスキマバイトをする。 経営(家族経営)の感覚があるならば、3世代同居は良い選択肢の一つだと思う。 お金は無限では無いので、将来の蓄えを出来る時期は蓄える方法を考えるのが優先では!
▲0 ▼8
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なんとも痛ましい事件でした。 そしてまた、この手の事件はよく起こっていますね。 何のかんのと言っても、日本は世界の中でも本当に良い国だと思います。 だけど、国民の幸福度満足度がかなり低い。 日本国民の甘えもあるのでしょう、ただ、老後に不安を抱く人が多い。 「終わり良ければ全て良し」という諺があります。 人間とは、いくら前半中盤が良くても、後半終盤が悪ければ、全てを悪く思う、というか事実老いてからの暮らしが惨めであれば、辛いですよ。 子供が居る居ないなんて関係ない、居ても親孝行な子ばかりとは限らない、むしろ酷い場合は子に虐げられる事さえある。 中間層よりやや下、それでも行政に頼らず真面目に頑張ってきた、そんな人の方が、老後憂いき目にあう人が多いように思う。
▲92 ▼4
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人生の結論としては、幾ら若い頃に一生懸命に仕事で頑張っても、定年以降の高齢世代で、其の自身が頑張って蓄えてきた財産を、私的に楽しむご褒美財産を、家族の要らぬ介護資金の罠に嵌められたり、自身も認知症などで、頑張って蓄えた財産を介護の損失金に使用するはめになるなどまさに悲惨な最期期の人生となる哀れみです。介護と言うキーワードなどまさに暗い影を落とすような空気感と、不快感ある不協和音の音色でしかない。要らぬ介護無駄金資金の損失と、施設全般的の不審感しかない損失イメージの暗い影だけだ。其ならばまだ病的にならない程度で、ギャンブルや、酒を楽しむほうがかなりマシで安くつく。これ等は楽しむストレス解消だけど、介護施設など自由を奪われ束縛された苦痛感な窮屈性しかないならね。 俺はそんな介護施設が大嫌いだから此の先要らぬ施設のお世話の損失罠に嵌まらないように、心身健康生活を規則正しく維持していくだけだな。
▲1 ▼3
=+=+=+=+=
痛ましい事件。 被告の心情は複雑なものと推察します。
義父が認知症にかかり、時が経つにつれて自分の知ってる義父では無くなっていった。 たまにしか帰ることが出来なかったが、介護をしている義母の苦労もほんの部分的なものしかみれないモノの一気に老け込んでしまったと感じるほどであった。 家族にかかる負担は相当なものだと思う。 他にも自身の友達の親も認知症になり、介護にかかるウエイトが大きく、仕事で出世コースを諦めざるを得ない状況になった人もいる。 過去には、介護疲れから心中を試みるも失敗。 実刑は免れたものの、その後程なくしてその方も自死を選ぶというような事件も起きている。 介護は介護を行うモノにとって心身だけでなく経済的にも負担のかかるものと思う。そして、誰にでも介護される側、する側になり得る。 家族だけでなく、地域や国でのしっかりとしたサポートが出来る体制が必要と感じる。
▲21 ▼3
=+=+=+=+=
痴呆症発症率は人口当たりの比率で、日本が1位です。 この国が少子高齢化になる事は、何十年も前から政府が解っていました。 効果的な施策も取れず、政治家自らと大手企業や富裕層を優遇し続けて来た結果が、介護職、介護施設の不足、老々介護の加速です。 このような事は、もう手遅れで増える一方。 ここまで来たらどうしようも無い。 無理心中する気持ちもよくわかります。 解決できる方法が何もないのだから。
▲8 ▼1
=+=+=+=+=
悲しい事件だよ。 ひでこちゃんが楽しかった頃の記憶でお亡くなりになったことを願うばかりです。 旦那さんもそうであれば少しは気持ちが保てると思う。 犯したことは罪だとは思う。 ただ、お二人の間には愛しかないから、旦那さんが一人残って背負うものが少しでも少ないことを願います。
▲1 ▼1
=+=+=+=+=
心情察するに余りある、しかありません。老人福祉法の第二条には 老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として、かつ、 豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに、生きがい を持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする。とあります。
▲51 ▼9
=+=+=+=+=
気がかりだった妻は亡くなった 本人は刑務所に入れられたが、ここでは三食出てくるし、妻の介護も家事もしなくていい。 素直にホッとしたと思う。 我が身に置き換えて、84まで生きて楽ができるわけでなく、家事介護を毎日しなくてはならないなんて本当にぞっとする。 年金と介護保険を無慈悲にとるのに、国は本当に考えてほしい。
▲16 ▼3
=+=+=+=+=
こういう記事を読むたびにどうやって面会しているのか疑問です。親族、会社の関係者、弁護士以外は施設長の許可がいると思いますが、営利目的(記事の執筆)での面会なんて許可が下りるはずもないと思います。 私は元恋人が刑務所にいると聞いて、差し入れに何が必要か等聞きたくて面会の申し込みをしましたが会えませんでした。手紙のやり取りでしたのを覚えています。
▲25 ▼11
=+=+=+=+=
身内のこの先を悲観し、 自死や心中を過ぎる、考えざるを得ない社会の どこが先進国なんだろう。
日本は年金制度や保険制度がある。 自己責任のアメリカと違って素晴らしいと、日本の福祉医療制度を肯定するが、 実際、金のある人しか高齢者施設には入れないし、待機児童も溢れている。 年金制度もほぼ崩壊。
介護士や保育士も待遇は悪く、 他国の方にかなり依存。 私も福祉職ですから痛感しています。
このお父さんも奥さんに手をかけ、 本当に辛かったと思う。
税が上がるだけ上げ、 議員は自分たちの私腹を肥やすために使う。
ほかのコメントにもあるように、 安楽死、尊厳死の議論を前向きにすべき。 福祉職員として強く感じます。
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この人の別のところの、ニュースを読んでいると、亡くなった奥さんは、要介護1の認定を受けており、デイサービスをやめてから、被告の夫も大変だったようですね。 奥さんは認知症で。 今の介護認定は、身体が、動かないとなかなか、認定を取るのが難しいと聞きましたが。高齢者介護は、社会問題です。 緩い制度にすると、見れてお金があっても、上手く利用する、人もいてるし。 沢山、社会保険費を支払っているのに、先行き不安なるばかりです。
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「先の生活を悲観した」には色々あるのだろうと思う。 自分が介護できなくなって認知症のパートナー残す事の不安は誰にでも起こりうる。 このような相談を何処に頼ればよいのか? 後見人制度はまともに機能しないし、資産を食いものにする弁護士等の問題も多い。 さらに高齢化が進む日本の課題。
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安楽死の法整備が必要では?
一方で、冗談でも「他人に安楽死すればいいじゃん」みたいなことを言った人は厳罰に処すという法律も必要だと思います。
言葉を使って他人を安楽死に誘導することは殺人罪に匹敵する重罪という法律を作って、安楽死の意志決定に本人以外の人間が関与できないようにしないといけないでしょうね。
そして何より、安楽死が認められるほど弱ってる人を、それ以外の人は身内であれ他人であれ、自分の肉体と時間を使って助けないといけない。
介護職は高給として、子育て支援の予算を削ってでも介護職の報酬を上げる。 一方で、介護職が老人や障害者に暴行を働いたりした場合も、厳罰に処すという法律を作る。
そうやって、「自ら死を選ばざるを得ない人たち」中心の世の中を作らないと、将来を悲観して自殺するんじゃなくて、別の行動に出る人も出てくると思います。
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健康で文化的なな素晴らしい法があるけど現実は何の役にも立たず身体が不自由でも何とか必死に少ない生活費でやりくりしているのが実態で更にインフレにして低金利にして余計に苦しい生活、介護がどのレベルによるけどお金がかかる訳である程度は同情も出来るかも。ただ離婚して国に丸投げ生活保護も選択もあったかも。
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安楽死を認めないのであれば、こういう人生の崖っぷちに立たされてる人を行政が手厚くサポートする仕組みが絶対に必要不可欠だと思う。 本件の場合であれば行政が奥さんの介護を全て無料で請け負い、旦那さんを公的なシェルターで保護する仕組みが必要。 ただ、今はその仕組みが確率されず当事者が刑務所行きになっているのが余りにも悲しい現実だ。
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認知症は他の病気と同じく治る病気だと思っている高齢者はかなり多い。だから介護したり予防法をやらせたら病気が良くなると思っている。けれども、いくら世話しても良くならないから絶望して過ちを犯してしまう。私の父も認知症の母に色々やらせているが全く良くならないのでガッカリしている。
癌が不治の病と言われて、認知症が一般的に認識されていなかった年代の人間は、癌にならない食べ物だとか健康法とかに飛びついていた世代だ。医療技術の進歩がめざましく、病気は必ず治療法があると言われていた時代に生きていた人間には認知症は理解しがたい。
現在は病気を完全に克服するのではなく寛解状態になれば十分という時代だ。認知症という名称も認知障害とか、症という文字を使わない名前に変えた方がいい。感染症など治療法がある病気と区別すべきだ。
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安楽死も選択肢の一つとして認めるのもありなんじゃないかな。 お金もないけど面倒も見切れないという人がかなり多いと思います。 介護は並大抵では見られない。 こちらも日常もあるし年取って体が衰えたのに老老介護は無理だと思います。 じゃあどうするの?誰も見てくれないし辛い毎日…難しい問題ですね
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なんか身につまされます。うちの近所の事件だったからなおさらです。私の母は90歳まだボケてはいませんが。たまに怪しい時があります。もしかしたら介護するかもしれません。人間年を取り死ぬそれは平等に与えられている。しかしどう生きるかも大切ですがどう死ぬかも大切です。私は85歳まで生きれば上等だと考えています。だからもし病気で改善の見込みがないなら生かすためだけの医療はしてほしくない。それは家族に伝えてあります。ある日突然電池切れの玩具のように死にたい。自分の寿命が何歳と選べたらいいのに。そしたらこんな切ない事件は起きないのに。無理ですが・・・
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まだ妻も元気でこのようなことにはなりません。 でも一人になった時、どうなるのだろうかとは思います。 お金とか社会でどうこうの問題ではない。 ひたすら死なせないことを正義として、以外を攻撃する文化は苦痛。 多分死を選ぶことはないが、死も選択肢の一つとし、自分で生きがいを探せる方が良い。
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若い世代から税金や保険費用を徴収して、自分が誰なのかも分からなくなった高齢者に治療費、薬代、介護費を充てるのは止めてほしい。 老老介護は期限を儲けて、終わらせる選択肢を用意してほしい。介護してる側が先に無くなる可能性もある。
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動ける内に入れる民間施設は、それなりのお値段だから誰でも気軽に入れる訳ではないし、特養は順番待ち。私の母が運良く入れた特養のユニットは、母も同様だったが自力で歩ける方は一人も居なかった。 悩ましい高齢層が大勢居る事は想像に難くない。
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わずらわしさから家族一族地域社会をを切り離して切り離して出来上がった世の中。
社会がその替わりをするのも限界がある、それを補完するのが安楽死施設になりそうなのが本当に哀しいですね。人間は、人間社会は本当に「進歩」しているのだろうか。
私は「アップデート」という概念を思考停止でポジティブなものとして使う人間が嫌いです。変えるべきものは変えるべきだし、残すべきものは残さねばならない。
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ウチもだいだい実家は同じような感じですね。年代もほぼ同じ。認知症の母親を父親が面倒を見ています。 自分家から比較的近いから、週末には何かと手伝いに行くけど、近くに住んでないとそれもままならないでしょう。 この年代の特に男性は、行政やケアマネジャーに相談することを良しとしない人が多いと感じます。
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正直、とてもデリケートな問題で当事者しか分からない問題だが、この様な事案は裁判所側も少しは刑を配慮しても良いと思う。そして安楽死の制度を認めて居ない日本では余計にそう思うよな?家にも認知症とアルツハイマーの両親が居るが、何回手を賭けようとしたか!実際色々な意見が有るが、やはり当事者じゃ無い輩が意見を言わないで欲しいよな
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主夫になって6年が過ぎました。54年連れ添った女房を6年前に膵臓癌で亡くし、2人の息子(独身)との生活にそろそろ疲れてきました。82歳になっても、1日おきにスーパーへ買い物…2人の息子は統合失調症(2人とも)で何とか「ごはん」だけ炊ける様になったが、キッチンに立とうとしない。自分が逝った後どうして生きて行くだろうと考えると、死ぬにも死ねない心境です。今は、膵がんで、緩和ケア病棟で静に死んで行った女房が羨ましい。もし安楽死があれば、迷う事無く選びたい。後の事は考えたくない。
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自分で自分の身の回りのことすら出来なくなったら、お看取りをするという方向でいいと思う。 高福祉の北欧では、寝たきり老人がいないといわれるが、それはお看取りをしているから。 お看取りは、決して非人道的なものではなく、老衰死というのは、最も自然な死に方なのです。 なぜ世界中で日本のみが、延命するのが当然のようになっているのでしょうか。
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どうにかならないのかな 自分自身のことでいうなら森でもいけばどうにでもなると思うから安楽死とか求めてる人間って何がしたいんだろって思ってるけど認知症だったり判断ができない妻となるとなんとも 国や自治体がめんどうみてくれるわけでもないのだし一定の基準で何か認めてあげたらいいのにと思う どっちにしろ判断を迫られるわけであって夫や妻は後悔するのかもしれないけど逮捕されるよりはまだましだと思う 誰かに面倒を見てもらわないと生きていけない大人って動物という観点でいうならもう死んでいるわけだから
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人生頑張ったなら最期も安らかに死にたいよな このお二人も色々あった夫婦生活からこんな最期予想もしていなかっただろうし、悲しすぎる
長く生きることだけが幸せじゃない もちろん長く生きてQOLが高いことが理想だが
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愛妻家で福祉の仕組みについてもそれなりにご存知で地域の中にも溶け込んでみえる方であってもこのような老々介護の重さがただただ大きくのしかかることによる結果から、これから先の日本の暗澹たる未来を感じ得ずにはいられません。人生の終末がこんなに淋しいのは辛過ぎます。
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奥様が作る料理で、好きな料理が特になかった・・・。
ハッとしました。知り合いの男性も、奥様が料理下手で、味付けがどうしても美味しくない・・・と不満を言っていました。一方、弟さんの奥様は何を作っても美味しく、羨ましいと言ってました。食べ物の合う・合わないは、幸せな結婚生活にかなり影を落とすようです。
そういった見えない不満が積み重なり、認知症を発症した際に我慢できなくなったのかと思います。
お金はかかりますが、自宅介護は諦めて施設に入れるべきだったと思います。年齢などを考慮の上、優先的に特養に入れたはずです。
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最近は本当に寝たきりの人が増えたからね。 意識もあるかないかわからないような。 もういいんじゃないかと思う。 それが家族でも私は同じ考えだなぁ。
そろそろ安楽死も考えないと。 自分の子供や配偶者の時間とお金と体力だけ消費させてるだけだしね。
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現代は医療が発達して無理に生かされてると思うな。 昭和の時代では亡くなっていた病気や怪我でも、半身不随や認知症のまま無理に生かされてると思う。 年々平均寿命が伸びてるが、果たして何れだけの高齢者が幸せに暮らしているのだろうか。
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安楽死・尊厳死を認めるべきという意見がある。 憲法13条 「すべて国民は、個人として尊重される」「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利(幸福追求権)」 この権利に尊厳死が含まれるかどうかですね。 含まれても良いと考えられる。 ただし、線引きが難しくて、誰がその線引き決めるかどうかである。 どんな場合でもできるとなった場合、幼稚園児ぐらいから尊厳死する人は出てくるであろう。 現時点で治らない病気の人だけ可能にするべきなのか。 精神疾患の方などは完全には完治せず寛解という状態になるが、この場合はどうするのか、かなり線引きは難しいと思うが、尊厳死容認派の方はどのように考えているのだろうか。
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誰か他に親族はいなかったのか。AIが発達してきてるのだから、早く自宅でも楽に介護できるような画期的な物を開発してほしい。特に排泄とお風呂など開発が進んだら大分楽になる
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助けてと言っても放置されたり、離れて行ったりするけど、介護をちゃんとしないと虐待と言われ逃れられない。 ちゃんと介護しても、金銭的に苦しくなり追い詰められる。 息抜きする為にちょっと置いて出掛けて、その間に何かあったら介護放棄と言われる。 行き着く先はこの様な結末。 金が無いと誰もが同様に刑務所に行く可能性有り。
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記事は老老介護の話なのにコメ欄は何故か安楽死の話になっている。
安楽死って本人の選択重視のはずなのに本人の意図も確認出来ないような認知症患者は邪魔だから死んで欲しいという発想だよね。それが許されると重病患者や障害者も現役世代の健常者の足手まといだから不要ってならない?記事のご主人に必要だったのは福祉支援だと思う。
また安楽死の話で言えば万一本人が本当は生きたいと思っても回りが死んでくれないかなあという雰囲気を出せば仕方なく安楽死でいいですと半強制的に安楽死を選ばされる事もあり得る。
それから自分なら安楽死を選ぶと言っている人達も自分が死に直面しても同じ考えになるかは分からない。家族3人の介護や闘病に付き添った感想。
安楽死の法制化は同調圧力を高めるという負の側面も考えるべきだし、老老介護の問題を安楽死問題に持っていくのは違うと思う。
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以前は、長男長女が親を見るのが当たり前。小さい頃から言われ続け、嫌で嫌でたまらなかった。誰でも良いから婿にもらえばよかったのか?私が嫌だったから、子どもたちには好きなようにさせている。 娘が、うちに来なさいと言ってくれるが、行くなら動けるうちです。
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政治課題としてどの政党もよく子育て・教育にスポットを当てているが、介護の問題こそもっと政治で取り上げるべき。善良な市民でも犯罪を犯すしか解決方法がない社会は間違っていると思います。
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少しでも頼れる知人や親戚が居たり、役所に相談出来たりすれば少しは良い方向行ったかも知れないと思う。 あまりにも真面目すぎて自分一人で何とかしないとと思い詰めてしまったのかやりきれない。
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何十年も一緒にいると空気みたいな、いて当たり前のような日常だが いなくなったときの空虚感はその人でないと分からない。 ましてや老いて、自分のことあるいは相手のことが誰か分からなくなると 悲しい思いは計り知れない。 犯罪は犯罪だが、少し同情する気持ちもある。
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食べ物良いのと医療の進歩で安心して暮らせるのは良いのだけど 金銭苦、病気苦等体力的にも苦しい高齢者がこれからもどんどん増えていく 色々な選択肢があっても良いと思うが
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日本も、世界一の長寿国家になりました。 核家族化も世界で類を見ない民族です。 老々介護の問題が、自身の寿命を決める事もそろそろ課題になって来たと感じます。 生命保険等の条件も含んで行きながら、生命の尊厳を自身で決める事も必要なのでしょう。 もちろん希望は、一生健康で永眠したいです。
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ある程度、認知症が進んだら優先的に施設に入れるようにするとか、場合によっては介護する人も一緒に入れるような施設がもっとあれば良いんだけどね。何につけても金が必要じゃ実現は難しいか。
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誰もが思うでしょう、ボケて寝たきりになってまで生きたくはないと。 そして、認知症になった親の介護を積極的にしたいと思ってる人はどのくらいいるでしょう。 自分がそんなことになってまで生きていたくない、と思う人がほとんどでは? かといって親に死んで欲しいとは言えないでしょう。 例えば、60歳て事前に意思表示する(変更可)とか出来ればいいですね…
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綺麗事は終わりにして 本当に考えなければならない問題。 国が積極的に関与すれば予算がかさみ税金や社会保険料があがる。 家族では抱え込まないくらい大変な状況に陥る事もある。本人の認知度が高いうちに同意をとる安楽死も考える時にきているのではないでしょうか。 今のままでは誰も幸せにならない。
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要介護1で要介護ってそんな悲観する 状態じゃないですよ ましてや 1なんて普通に生活できますよ なんかもしかしたら 旦那さん 認知症で判断できなくなってるんじゃないのかな と思うけど? 今は認知症の薬もありますし 劇的に良くなるっていうことはないですがもう年齢が年齢なんだからそれなりのもので十分なんですよ 80過ぎて これから50年生きるわけじゃないんですから。1だったら 寿命が来るまで 十分に元気に生活できる可能性ありましたよ そこをきちんと教えてあげられない ケアできなかった行政っていうのはなんだかな もう少し病院 や行政との連携っていうのを 考える時代だと思うんだけど認知症=もうだめだ 死の方がマシ みたいな時代じゃ今はないですよ 20歳の子が認知症になるわけじゃないんですから 寿命って 門は人間にはあります どっちが先か 十分 競争できるのが80代ですよ
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不謹慎かもしれないが、小説か映画のような印象。
殺してしまったのに、妻のおちゃめな部分を思い出して笑うというところに、強い違和感と不気味さを感じる一方、痛々しいとも思えて、何とも不思議な感覚。 でも、老々介護の末に殺害したような場合、憎くて憎くてというのでなく、自然に亡くなったように、こんな形で客観視して、淡々と想い出を語れる、というケースも実は意外にあるのかと思われた。 殺してしまっても、恐らく彼は妻を愛しているのか、愛しているからこそ殺してしまったのか。
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