( 238776 ) 2024/12/24 17:06:44 0 00 最近は「大人の女性」に向けたラインナップを増やしている(画像:4℃公式Xより)
毎年、クリスマス商戦の時期になると、ジュエリー業界もプレゼント需要の熱気が高まる。SNS上でもそうした話題が盛り上がっているのだが、それがポジティブなことだけとは限らない。
今年は、プレゼントを贈る側の男性ともらう側の女性のギャップについて盛り上がっていたが、そのネタにされたのが日本のジュエリーブランド「4℃」だ。
4℃はいじられるような尖ったブランドではないものの、SNSでネタにされることが多い。ブランドにとって好ましくない内容も多々あり、その声を無視するわけにもいかないのが難しいところだ。
少なくとも、今回の話題については、4℃のブランド課題や、それに対して企業側が取り組んでいる施策とも大きく関わっているように見える。
■今年はプレゼントの「男女ギャップ」が物議
4℃がネガティブな方面で話題に上がるようになったのは、2010年代。その頃、一気に普及したSNSで、クリスマスやバレンタインのプレゼントであろう4℃のアクセサリーが転売されていると報告されるようになってからだ。
近年では、2020年12月に物議を醸した投稿があった。
婚活中の30歳の女性がTwitter(現X)に、男性にプレゼントされた「Canal 4℃」の箱の写真を、「30歳への贈りものとしては微妙」といったニュアンスのテキストとともにアップしたのだ。
「Canal 4℃」は4℃のサブブランドで、若年層向けのブランドとなっている。
この投稿からさまざまな議論が勃発し、「クリスマスプレゼントとして4℃はふさわしくない」「4℃はダサい」といった議論にまで発展してしまった。
以降、「サイゼリヤでデートはありかなしか」という論争(? )とともに「女性へのプレゼントとして4℃はありかなしか」という論争が巻き起こるようになり、特にクリスマスシーズンになると、この話題が盛り上がるようになっている。
4℃にとっては、「もらい事故」のようなものだったと思うのだが、あらぬ噂によってブランド価値が下がってしまうことは不本意なことであるし、そうした状況に陥ることを回避する必要がある。
もともと、4℃はこれまで決してイメージの悪いブランドではなく、現在でもそうであると思う。むしろ、「価格の割に品質が高く、デザインも良い」という良いイメージのほうが強かった。
それが「価格が高くない」=「安っぽい」「学生でも買える」=「大人には向かない」というふうに文脈が変換され、SNSで流通してしまっているのだ。
しかし今年は、これまでと少し違った文脈で話題になっている。きっかけは、4℃で働いていた女性と話したことがあるという人による下記の投稿だ。
4℃で働いてた女性と話したことあるけど「彼女さんへのプレゼントって聞いたから、ハートや甘すぎるデザインは避けて、シンプルで使いやすいやつをオススメするのに、アイツら(店に来る男性客)は話を聞かないでハートとか選ぶの。マジで話を聞かない」って言ってたのを思い出した
これが冒頭の、プレゼントの「男女ギャップ」だが、この投稿に賛同する人(主に女性と思われる)も多い一方で、若い人の中には「ハート形でも嬉しい」という声も一定数見られた。
この話題も、4℃に非があるわけではないが、こうしたことも「プレゼントには向かない」「若者向け」というイメージが固定化する一要素になっていることも、また事実のようだ。
■男性のギフト需要を取り込む戦略が裏目に
筆者自身は、もはや自分のセンスは信用していないので、食品以外のプレゼントは、相手に選んでもらうようにしているし、実際にそのほうが相手にも喜ばれる。ただ、そういうやり方を取りたくない人もいるだろうし、自分が選んだものを恋人に身に着けてもらいたいと思う人もいるだろう。
ただ、どうしてもプレゼントの内容に不満を持つ人はいるだろうし、いまの時代、一部の人はSNSにそれを吐き出してしまう。それによって論争が起き、文脈が変わってしまうと、ブランドイメージが棄損されかねない。
1980年代後半頃から、ジュエリーのギフト需要の高まりとともに、4℃は男性客を取り込む戦略を取ってきた。その「プレゼント用のラインナップなのに価格は高くない」という点が裏目に出てしまったようにも見える。
ブランド価値は、品質よりはイメージによって形成されるものだ。特に、プレゼントは「値打ちがあるものをもらった」ということが重要になるため、コストパフォーマンスのよい4℃のような商品は、必ずしもその価値が評価されるとは限らない。
いっそ、価格を上げてハイブランドとしてのポジションを獲得することを狙えばよいと思ったりもするのだが、価格を上げることはそう容易なことではない。特に、日本では「高級ブランドは海外ブランド」というイメージが強く、特にファッションやジュエリーでのハイブランド戦略はなかなか成功しないというのが実態だ。
■国産ブランドは「海外のお墨付き」が不可欠?
近代化の過程で、日本は先進国である西洋諸国から多くのものを取り入れたが、海外の物品についても「舶来品(はくらいひん)」として珍重されてきた。
戦後から高度成長期にかけて、日本は欧米諸国に「追い付け追い越せ」の精神のもと、「良い商品を安く作って安く売る」ということに注力してきた。諸外国と比べて、所得格差が拡大しない形で経済発展を成し遂げたこともあり、「お金のある人に、高く買ってもらえばよい」という発想にもなりづらかった。
筆者自身は、取り立てて愛国心が強いわけではないのだが、国産製品に対する愛着は強い。客観的に見ても、海外ブランドと比べて過小評価されている国産ブランドも多いように思う。
日本の食品や、外食、あるいはエンターテインメント・コンテンツに関しては、海外での評価も高く、ブランド価値も高まっているが、工業製品においては、日本は中国、韓国などの新興国に対して価格優位性を失っている。さらに、デジタル対応や顧客ニーズの変化に対応できずに、付加価値面でも欧米製品に対する優位性を失っており、ブランド価値を高めることが十分にできていない。
国産ブランドで、ハイブランド戦略を取って成功した事例として、セイコーグループの最高級ブランド「グランドセイコー」がある。もちろん、品質が優れているというのは大前提としてあるのだが、ニューヨークに旗艦店を出店し、そこでの成功を日本に逆輸入したことも大きい。
日本でのハイブランド戦略には、「海外(先進国)で認められた」というお墨付きが重要になるし、成功したブランドはだいたいそのような戦略を取っている。
4℃の話題に戻ろう。これまで、4℃は海外展開を試みてはきたものの、うまくいっているとは言えず、現在では国内市場を中心にビジネスを展開している。現状においては、「先進国で箔付けする」という戦略は取りづらいというのが現実だ。
■「自分へのご褒美」でブランド復活なるか?
ジュエリーは他ブランドも含め、プレゼントやブライダルの需要が厳しくなっている状況下で、4℃は女性客拡大に努め、「自分へのご褒美」というポジションを強化している。
2023年9月、4℃は、ブランド名を隠して消費者に商品を見せる「匿名宝飾店」を東京・原宿に期間限定でオープンした。ブランド名にとらわれず、商品の価値を体験してもらうという試みだが、この施策は高い評価を得ることに成功した。
この展開の背景には、男性からのプレゼント需要を狙うのではなく、女性が自分のために買う宝飾としての市場を拡大する狙いがあったと考えられる。
これら施策が功を奏し、これまで売上高に占める客の男女比率は男性のほうが大きかったが、2024年2月期連結決算では女性客が36%と、男性客(35%)を上回ったという。
今年のクリスマスシーズンの広告を見ると、確かに4℃は「自分へのごほうび」としてのブランドを強化している。
その戦略は数字にも表れているように、じわじわと効いてきている。今回のクリスマスシーズンもそれが大成功となるかはまだわからないが、プレゼントに対する「男女のギャップ」でネタになったことを考えると、市場動向とブランドが置かれた状況をしっかり把握したうえでの展開であるように見える。
ブランド側にとっても、男性が購入してプレゼントした結果、お蔵入りになってしまうよりは、自立した女性が自分で選んで買って身に着けてもらうほうが幸せだと思うし、そういうブランドとしての道を目指したほうが現代的だろう。
4℃に限らず、国産ブランドが虚栄心に流されることなく、実直なブランドとして成功を収めることを、筆者としても願っている。
西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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