( 238791 ) 2024/12/24 17:25:22 0 00 (撮影:尾形文繁)
「もうね、限界まできていますよ」
今年に入ってから、中小規模のタクシー事業者からこんな連絡が入ることが度々あった。コロナ禍ではその多くがドライバーや現場サイドからではあったが、当時との違いは“限界”を感じているのが経営者や運営側からのものだということだ。
帝国データバンクの調査によると、2023年度のタクシー業界の倒産は33件。過去10年間で最多の水準となる。さらに今年に入り、経営統合や身売りの動きも活発になっている。
事実、今年に入り中堅規模のタクシー事業者も経営権を手放し、大手に買収されるという実例も相次いでいる。また、水面下でも会社の売却交渉が進んでいるという話も入ってきているように、おそらく今後も事業者の再編は進んでいくだろう。
なぜドライバーではなく、タクシー事業者が苦しい状況に陥っているのか。その実情に迫る。
■運賃値上げを求める動きが相次ぐ
タクシーの燃料であるLPガス(プロパンガス)の価格高騰は経営を大きく圧迫している。
国交省もその状況を見越して、価格高騰相当分の支援を行うなど対策をしているが、事業者は未だ苦しい状況が続く。
もう1つ、採用費の高騰により思うようにドライバーを確保できず、やむなく稼働できない車両を多く抱える会社が多いことも理由の1つだ。
これらの状況や、政府の賃上げの意向を受けて「タクシー運賃改定」、つまり運賃値上げを求める動きが業界内では活発化していた。高知県、山梨県、奈良県、熊本県、神奈川県の小田原地区などで今年は値上げが実施された。その他の福岡市やその近郊地域でも、「迎車料金」を導入し、客単価の底上げを図る動きも全国的に広がっている。
タクシーの値上げについては、基本的に都心部発で行われることが多い。今回の端緒も、2022年11月に東京特区・武三地区で値上げが実施されたことによるものだ。既に業界内では、さらなる値上げについて議論されている。
12月の消費者委員会の会合では東京特区・武三地区の値上げについての検証が行われ、「検証」という結果に留まったが、おそらく近い将来次のステップへと向かっていくことになるだろう。大阪などでも値上げの議論はされているが、「運賃を上げることが利用者の反感につながる可能性がある」「離脱による乗務員確保に問題が起きる」という指摘もある。
■都心部の1台当たり売り上げは一時急増
2023年は都心部の現場ドライバーたちにとって、ちょっとしたバブル状態だった。タクシー不足や、初乗り運賃の改定などを背景に1台あたりの売り上げを大きく伸ばした。
東京都ではタクシー乗務員の平均年収(男性・推計額)が586万円と、2022年から160万円上昇。全国平均でみても、57万円増の420万円になった。これを受けて、運送業やバス、トラック業などからの転職者も相次いだ。
結果的にドライバーはここ2年ほど増加傾向にあり、巷で騒がれたタクシー不足はいくぶん解消されてきている。長年業界を取材してきた私の感覚でいっても、2022年、2023年に聞かれたタクシー不足の現状は、今年の夏頃からは少なくとも都心部では徐々に聞こえてこなくなった。その理由の1つに、利用者側の意識の変化もある。
「全日本交通運輸産業労働組合協議会」が、月1回以上タクシー利用のある1053名(首都圏在住、20~60代の男女)を対象としたインターネット上での意識調査によると、1位「アプリで予約する・呼ぶ」40.6%が、2位「流しを捕まえる」26.0%、3位の「タクシー乗り場に行く」16.4%を上回る結果となった。
業界が注力してきたアプリ配車による効率的なタクシー利用は一定の効果をもち、ユーザーにも浸透しつつあるという1つの指標だろう。
忘年会シーズンに赤坂見附からタクシーに乗車すると、ドライバーからはこんな声も聞かれた。
「去年の良い時期と比べると、売上げは8、9割という感じです。以前はアプリだけで埋まっていたのが、ずいぶん駅待ちをするような車両も出てきており、それだけ台数が増えたということ。去年のようにずっとお客さんを乗せっぱなしということはなく、流しの車両も戻ってきています。給与面では昨年よりも1、2割ほど落ちていますね」
昨年頃まではタクシー不足で1台当たりの売り上げは一気に増えたが、供給が回復してきたことで、早くもドライバーの給与には調整圧力がかかり始めているようだ。
■ドライバーの採用コストが跳ね上がる
経営の観点からも、他業種からの転職組も増えたことで、市場に“うま味”が生まれ、採用エージェントが多く入り込んでくるようにもなった。そのことが人件費高騰にも繋がりつつある。都内の中堅タクシー会社の採用担当者がこう説明する。
「今は1人当たりの採用単価が200万円ほどになっている。これはコロナ前に比べると10倍近い金額。それでも運送業やバスから転職が相次いだのは、単純にタクシーが稼げるタイミングだったからです。今は資金力がない会社が採用戦線で戦うのは厳しくなってきており、中小は稼働台数を増やせないという悪循環にも陥っている」
また、直近3年間で毎年100人前後と、新卒採用を積極的に行う国際自動車の決算報告会ではこんな話も聞かれた。
「新卒採用も苦しい時期を迎えています。タクシー不足が叫ばれて以降、先行投資感覚で各社がお金をかけるようになり、年々採用のハードルは高まっているのが現状です」
燃料費の高騰、高額な採用フィーの支払いは、確実に経営を圧迫している。そして、車両が回復傾向にあるということは、ドライバー1人当たりの収入は低下しているという見方もできるのだ。となれば、せっかく集まってきた人材を留めておくことも困難になってくる。
仮に値上げが実施された場合、客単価は上がり、営業の効率化にもつながる。つまり、値上げによりドライバーの給料を確保できなければ、離職者が増えることを懸念しているともとれるといえる。
■値上げが業者の増収につながった
ざっくりとした計算にはなるが、値上げした各地域の増収率は10%から14%程度で推移している。タクシー事業者から値上げを求める意見が多かったのは、そういった影響もある。
一方で、必ずしもタクシー運賃の値上げに賛成という意見ばかりではない。2022年の運賃改定では懸念されていた「タクシー離れ」は都内で表面化しなかったが、短期間の再度の賃上げによりタクシーから離れる層が出てくる可能性は大いにある。
事実、既に値上げを実施した地域からは「値上げによりタクシー利用者は減りました。もともと高齢化していた利用者層は、より顕著になっています」という声も聞こえてくる。
大雑把にいうなら東京や大阪のような都心部の稼働率が高い会社ほど、値上げには慎重というスタンスが目立ち、「うまく循環しつつあるのに値上げにはリスクがある」という意見がある。逆に、地方の稼働率が低い会社ほど賃上げに前向きという言い方をしてもいいかもしれない。
関西のタクシー事業者幹部は、か細い声でこうも打ち明けた。
「近い将来の値上げは避けられないでしょう。ですが、それが今であるかは十分な検証が必要でしょう。まだコロナの傷跡から回復しきれていない状況のため変化は怖いですね」
■日常使いをしない利用者に配慮しない
利用者視点では、値上げを歓迎するという意見は稀だろう。法人での利用ができる場合はさておき、値上げにより一般利用を躊躇する者も出てくると考える方が一般的だ。都内のあるタクシー会社代表は、以前私にこんな話をしていた。
「値上げに関係なく、タクシーを利用する人はするし、しない人はしない。それが今のタクシー利用を取り巻く率直な感想です。日常利用の中でタクシーを利用する層は、かなり狭まっている。公共交通機関としての役割はもちろんありますが、普段利用しない層へ配慮する余裕はもはや業界にはありません」
物価高や人件費高騰の波に、タクシー業界も直面している。国交省は2024年度の補正予算案の概要を公表していたが、「賃上げ環境の整備」「地方創生」などの関係予算は2兆2478億円にものぼる。私たちの日常にも関わるタクシーの値上げの是非を問う議論は、来年以降本格的に進んでいくことになるだろう。
栗田 シメイ :ノンフィクションライター
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