( 238846 ) 2024/12/24 18:26:05 0 00 (c) Adobe Stock
少子高齢化と人口減少が同時に進む日本で「役職定年制」を見直す動きが進んでいる。年功序列型人事の弊害や組織の新陳代謝を念頭に置いた制度だが、国は労働力不足をにらみ働く意欲のある高齢者が活躍できるよう65歳までの雇用確保を義務化し、70歳までの就業機会確保を求める。約3人に1人が高齢者という社会が到来する中、企業は役職定年制や定年の見直し、職務を明確化するジョブ型雇用といった人事・給与制度改革が急務だ。経済アナリストの佐藤健太氏は「『50代の壁』が見直されれば、能力・成果主義に基づく評価システムが一層進むだろう。その時に勝ち抜くだけの『体力』が求められる」と指摘するーー。
役職定年制は、一定年齢を超えた場合に部長級や課長級といった管理職が役職を外されて専門職に就いたり、降格になったりする制度だ。1986年に成立した高年齢者雇用安定法に伴い、定年を定める場合には60歳を下回らないようにする努力義務が課され、大企業を中心に役職定年制が導入されてきた。
法定ではないものの、多くは55歳前後で役職を離れるケースが目立つ。これが「50代の壁」だ。企業側は従業員の加齢に合わせて上昇していく賃金を抑えられ、次の世代にポストを譲ることができる点がメリットと言える。だが、問題は従業員の給与とモチベーションが下がる点にある。
公益財団法人「ダイヤ高齢社会研究財団」と明治安田生活福祉研究所の調査(2018年)によれば、役職定年で4割の人の年収が半分未満に減少し、6割がモチベーションを低下している。対象となる年齢や役職、その後の待遇は企業それぞれとなっているが、年齢によって年収が「役職定年前の半分」にまで下がってしまうのは衝撃的だろう。役職手当の比重が大きい企業で働く人は生活そのものを大きく見直さなければならない。
この「50代の壁」がシビアと言えるのは、役職定年制度に伴う専門職への移行や配置転換、子会社への出向などが生じれば、まもなく受け取ることができる年金受給額にも影響する点にある。年収がダウンしていけば、受給できる厚生年金部分(2階部分)の受給額が元々の見込額よりも減ることになるのだ。定年後に再雇用されたとしても所得は「定年前の3~5割減」というケースは珍しくない。つまり、役職定年と本来の定年によって2度のショックに襲われることになる。
人事院の「民間企業の勤務条件制度等の調査」(2023年)によれば、事務・技術関係職種の従業員がいる企業のうち「定年制がある」企業の割合は99.4%で、 定年年齢が「60歳」の割合は75.7%、「65歳」の企業は19.6%になっている。「役職定年制がある」と回答した企業は16.7%に上り、「今後も継続」するとした企業は95.3%に上る。
役職定年の年齢は、部長級、課長級ともに「55歳」としている企業が最も高く、部長級は33.5%、課長級では40.3%となっている。その後の配置先は「同格のスタッフ職」とする企業も多いが、「格下のスタッフ職」とする企業の割合も高く、部長級は34.4%、課長級では36.0%となっている。
給与減や降格、モチベーションの低下によって転職を考えるシニアも多いのだが、一般的には55歳を超えると中途採用のハードルは高い。会社に残るシニアはそれまでと比べて生産性が低下することがあり、「過去の話ばかりする人」「働かないオジサン」と若手社員から見られてしまうケースも少なくない。日本が右肩上がりの成長を遂げていた時代は良かったものの、2021年には改正高齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業機会確保が努力義務となった。進む少子高齢化や構造的な人手不足をにらめば、役職定年制などの改革は組織にとって避けては通れない重要課題と言える。
2024年2月、政府の「新しい資本主義実現会議」で当時の岸田文雄首相は「企業側には人手不足の中で、仕事をしたいシニア層に仕事の機会を提供するため個々の企業の実態に応じ、役職定年・定年制の見直しなどを検討いただきたい」と求めた。要するに、深刻化する構造的な人手不足をにらみスキルに応じた処遇が重要になるということだ。
ダイキン工業は2023年11月、56歳としていた役職定年を廃止し、賃金などの前提となる資格等級制度も65歳まで継続すると発表。大阪ガスは今年9月、定年年齢を65歳まで段階的に引き上げるとともに役職定年制を廃止し、能力基準の役職登用を行うことを明らかにした。NECや大和ハウス工業なども役職定年制を廃止した。年齢にとらわれない人材配置、職務や成果を明確化する「ジョブ型雇用」に移行する企業も目立つ。
ただ、役職定年制の廃止で問題となるのは「偉くなりたい人」が減少している点にある。パーソル総合研究所が実施した「働く10,000人の就業・成長定点調査2024」によれば、「現在の会社で管理職になりたい」と回答した人は17.2%にとどまった。その割合は3年間で7ポイント低下し、特に20代の若手社員で管理職を希望する人の割合は大きく低下しているという。責任の重さ、業務時間の長さ、キャリアに関する価値観の違い、仕事と育児・介護のバランスが取れない、といった背景があるとされる。
もちろん、まだまだ「偉くなりたい」と願う人はいるだろう。ただ、少子高齢化と人口減少が同時に進む社会においてはシニアをどのように活用するかがポイントだ。年齢を重ねた上司が多すぎる歪な組織となれば、世代交代が進まず若手・中堅社員の意欲は削がれる。一方で、自分の上司が「かつての部下」となればシニアのモチベーションが低下する。
役職の交代時期や理由を明確化し、組織の活性化を図るためには、能力・成果主義に基づく人事評価システムの導入が急務だ。組織と従業員にとってバランスの良い評価制度、賃金体系を整える必要があるだろう。
ちなみに、国家公務員の定年は2023年4月から段階的に引き上げられ、2031年度からは65歳になる。公的年金の受給開始年齢が原則65歳のため、定年退職後に無収入となる期間をなくすための措置だ。
内閣人事局が2022年4月にまとめたパンフレットによると、幹部職員は60歳(事務次官などは62歳)の誕生日から最初の4月1日までの間に管理監督職以外に異動させられる。年齢がくれば「課長補佐級以下」に降任させられ、年間給与は60歳前の70%水準に設定される。
60歳超の職員の年間給与モデルを見ると、60歳前に月額41万3000円、年間667万円を稼いでいた地方機関係長は60歳超で月額31万円、年間約470万円にダウンする。本府省課長補佐は月額55万5000円(年間約890万円)から月額41万3000円(同約620)万円だ。
入省年次がモノを言う官僚の世界は別なのかもしれないが、民間企業には見直しを求めておいて公務員は年齢で一律の「役職定年」を継続することになる。
約3人に1人が高齢者となる社会が到来し、霞が関官僚がシニアで埋め尽くされたら対応できるのかは疑問だが、長年培ったスキルや知識を活かした高齢官僚ならではのミッションを与えるなど工夫が必要になるだろう。
いずれにしても、「50代の壁」が見直されていけば年金を受給するまでの間、能力・成果主義に基づく評価システムにおいて勝ち抜くだけのスキルが不可欠だ。定年までの期間は自分や家族の時間を大切にする悠々自適な暮らしをしたいと思う人は別だが、トータルで考えれば生涯年収の差が激しい時代に突入するだろう。残りの勤務期間を「消化試合」とするのか、それとも自分の給与やモチベーションを保つためにバリバリ働き続けるのか。労働力不足が深刻化する日本で企業もサラリーマンも見直しを迫られる。
佐藤健太
|
![]() |