( 239841 )  2024/12/26 17:24:56  
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「国民民主党さんが言うような178万円まで上げてしまうと(所得が)400万~500万円ぐらいの方ですと、3万、4万ぐらいの手取りの増えになりますが、逆に(所得が)2000万円以上の方が30万円以上、実は手取りが増えてしまう。本来、私どもがどこに手当をするかというと、今、大変なところの層に、手取りを増やしてあげたい」。これは小野寺五典自民党政調会長によるNHKの番組での発言である。これにSNSが大きく反応し「これが本音だね」「手取りが増えると悪いんですね?」と大炎上。Xでもトレンド入りした。作家で経済誌プレジデントの元編集長小倉健一氏が解説するーー。 

 

 自民党の小野寺五典政調会長の発言が大きな議論を呼んでいる。国民民主党の減税案(103万円の壁を178万円に引き上げる案)が多くの国民に支持される中、小野寺氏がこれに反対する発言を続けているためだ。その中で、論理に欠けた反論が多く見られ、結果的に炎上を招いている。同じく佐藤正久氏(通称「ヒゲの隊長」)もこの減税案を批判しているが、効果的な議論には至っていない。 

 

 小野寺氏や佐藤氏、さらに石破茂氏に共通するのは「防衛族議員」である点だ。彼らは愛国心や石破同志への支援を目的としているつもりだろうが、そのアプローチは完全に誤っている。彼らの所属は、一見すると右派的な立場に見えるが、実際には政治に対するスタンスが際立って左派的であることが分かる。 

 

 防衛族議員が左派?と聞くと驚くかもしれないが、2023年に「ジャーナル・オブ・ヨーロピアン・ソーシャル・ポリシー」に掲載された最新の研究論文「納税意欲の説明:所得、教育、イデオロギーの役割」(モントリオール大学)は、このテーマに関する興味深い事実を明らかにしている。この研究は、2016年のカナダの国際調査と2018年のOECD調査から得られたデータを使用し、政治思想が納税意欲にどのような影響を与えるかを分析した。 

 

 調査結果によれば、左派の65%が「所得の2%増税に応じる」と答えたのに対し、右派では30%にとどまった。左派は税金を社会福祉や公共サービスを支える手段と考え、特に高所得者ほど納税意欲が高い傾向がある。例えば、左派の高所得者の70%以上が追加の税負担を受け入れる姿勢を示した。 

 

 

 一方、右派は自己責任を重視し、税負担を避けたいと考える傾向が強い。右派の高所得者では納税意欲が30%以下に減少することが確認された。 

 

 教育の影響を考慮しても、左派と右派の違いは明らかである。左派は教育レベルが上がるほど納税意欲が増加する。一方、右派では教育が高くなると、むしろ納税意欲が減少する傾向が見られる。左派が税金を社会全体の利益として捉えるのに対し、右派は税金を個人の自由を奪う負担と見なすためである。 

 

 職業も納税意欲に影響を与えている。社会文化的専門職に属する左派の人々の多くは、納税を積極的に支持している。一方、生産・サービス労働者は右派傾向が強く、追加の税負担に反対する割合が50%を超える。この研究は、左派が税金を「投資」と考えるのに対し、右派が「負担」として捉えていることを示している。 

 

 OECD調査を基にしたこの研究は、世界の標準的な考え方を反映している。 

 

 日本では長年にわたり自民党が政権を握り続けた結果、右派も左派も権力志向の強い人物が自民党に集まるようになった。自民党は、国民からの疑いの目をそらすため、時に左派として振る舞い、時に右派として振る舞う政党である。 

 

 防衛族議員が右派であるという認識は単なるイメージに過ぎない。北朝鮮や旧ソ連といった極端な左派国家にも軍事分野の政治家が存在することを考えれば、防衛族議員だからといって右派とは限らない。むしろ、税金に対する態度を基準にすることで、右派と左派をより明確に判断できる。 

 

石破、小野寺、佐藤の3氏は、その政治へのスタンスを見れば、立派な左派政治家であることがわかる。税制や公共サービスに対する姿勢が、彼らの政治的立場を如実に示していると言える。 

 

 さて、小野寺氏の重大な発言について振り返る。「手取りが増えてしまう」という表現は、国民の生活向上を目指すべき政策担当者として極めて不適切である。手取りが増えることは、多くの国民にとって生活の安定や将来への安心感につながる重要な要素である。この発言は特に高所得者層への手取り増加を懸念する文脈で出たものだが、その裏には「手取りを増やすこと自体を抑制しようとする意図」が感じられる。 

 

 所得税の非課税枠を引き上げる案について、小野寺氏は働く意欲を削ぐ可能性があると述べるが、具体的な解決策を示していない。国民の生活基盤を強化する政策に対しネガティブな姿勢を取るのは矛盾である。 

 

 

 学生や主婦が働きやすい環境を整えることの重要性を主張しながら、「手取りが増えること」を問題視する表現を使うことで、庶民の労働環境改善よりも財源確保を優先する姿勢が浮き彫りになる。 

 

 小野寺氏が左派政治家である認識を踏まえると、確信的に勘違いを装っている可能性がある。富裕層や法人への増税が一般庶民には関係がないという主張は誤りである。社会はつながっており、誰かに増税すれば社会全体が悪影響を受ける。特に富裕層や法人に対する増税は、投資意欲を減退させ、雇用や賃金に悪影響を及ぼすことが実証データで示されている。政策担当者として、こうした影響を無視することは許されない。 

 

「なぜ学生が103万円まで働かなければいけないのか」という小野寺氏の発言も、大きな問題をはらんでいる。現実を無視した無責任な態度が浮き彫りになっている。多くの学生は、学費や生活費を賄うためにアルバイトをしており、103万円という基準が働き方を制限している。この基準を引き上げる動きは、こうした実情を改善するためのものである。しかし、小野寺氏は壁をなくすべきではないという立場を取るだけでなく、「学生は学業に専念すべきだ」と主張している。この発言は、富裕層以外の学生の現状への理解が欠如していることを示している。 

 

 奨学金やアルバイトで生活を支える学生が多数いる中、学業に専念するための十分な経済的支援が整っていない現状を無視している。さらに、「学業に専念できる国の支援が必要」という発言も、一見正論に見えるが、具体的な方策が示されておらず空虚に響く。職業訓練もなく、社会経験もない学生に対して、卒業後すぐに就職を求めるのは無理がある。働く必要がある学生たちの現状を無視することで、彼らの成長機会やキャリア形成を阻害する結果となっている。 

 

 学業だけに専念する学生がどれほどいるのか、現実を見据えた議論が求められる。世界的にも、学業と労働を両立する学生は多く存在する。これを無視した発言は、学生たちの現実とかけ離れており、問題解決を遠ざけるものである。 

 

 小野寺氏の経歴を見ると、東京水産大学を卒業後、宮城県職員となり、元気仙沼市長の娘と結婚して「小野寺」に改姓、義父から地盤を世襲している。民間経験を積むことなく政治の世界に進みながら、弱者の味方を気取る姿勢には疑問が残る。 

 

 

 また、「現役世代を削る」とも受け取れる発言も問題である。BSフジ「プライムニュース」で、日本国民の6割が納税していないと強調し、低所得者への支援を訴える一方で、財源不足に言及した。この発言は、税負担を現役世代に集中させる意図を感じさせる。「支援を受ける人々」を優先する姿勢を取るように見えるが、実際には現役世代の負担増加や将来世代への悪影響を招く可能性が高い。財源の欠損を埋めるため、さらなる増税や社会保障の削減が必要になる恐れがある。このような政策姿勢は、現役世代や中間層の信頼を失う結果を招くだろう。 

 

 一連の発言は、政策立案者としての資質を疑わせる。国民の生活向上を目指すべき立場でありながら、手取り増加を問題視し、学生の労働権や現役世代の負担を軽視する姿勢は支持を得られない。国民の所得向上や生活基盤の強化という課題を直視しなければ、日本の将来に明るい展望はない。小野寺氏の発言は、政策に欠陥があることを浮き彫りにしている。国民は、このような問題発言に対し、声を上げるべきである。 

 

小倉健一 

 

 

 
 

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