( 240291 ) 2024/12/27 16:18:06 0 00 山形県鶴岡市の小学校で提供された同地産の小麦を使った学校給食=山形県鶴岡市(写真:日本農業新聞/共同通信イメージズ)
(西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者)
■ 立憲、維新、国民が「給食無償化」法案を提出
子どもが空腹でいるなどということはあってはならない。
同時に子どもが心身ともに健康に成人できる社会であるべきだ。しかし残念ながら現代日本社会の現実はおそらくはそうはなっておらず、改善すべき点が数多残っている。
学校についていえば、ともすれば勉強に関心が向くがそれだけではない。
とくに義務教育、高校など準義務教育課程等における給食は、恵まれない家庭環境の子どもたちの命綱のひとつと考えられてきた。
その給食に対して、いま、政治的に関心が向くようになっている。
立憲、維新、国民の3党が共同で「給食無償化」を提出したからだ。
◎立民 維新 国民の野党3党 給食費無償化の法案 国会に共同提出 | NHK
◎給食無償化「法改正が必要」 文科省 省予算では「不可能」 / 日本農業新聞公式ウェブサイト
◎【法案提出】「学校給食無償化法案」を衆議院に提出 | 新・国民民主党 - つくろう、新しい答え。
実現にはおよそ5000億円の予算が必要になるという。国民民主党が掲げた「手取りを増やす。」に代表される現役世代の負担低減への関心が高まるなかで、給食無償化は主張がシンプルなだけに、訴求力は高い。これは明らかだ。
社会保険料や所得税をめぐる近年の「壁」の議論でもそうだが、そもそも「給食とはなにか」についての理解は案外浅い。無償化と同時に、物価高騰のなかで生じている給食の質量に関する困難が看過されるようでも困る。
文科省も教育無償化は現状の文教予算では実現困難だと事実上、白旗を掲げているが、同時に国民的議論を深めたいとのことのようだ。その日に備えて、今日は当たり前のようで、あまり知らない「制度としての給食」とその現状、課題に関する理解を深められるよう紹介したい。
■ そもそも給食とはなにか
そもそも給食とはなにか。我々は給食を漠然と学校で出される昼ご飯だと捉えがちだが、給食は法的には学校給食法を根拠とし、各自治体が直接的には予算を措置し、食材費を保護者に負担させるかたちで、栄養バランスや食育へも配慮しながら提供される奥深さを持っている。
筆者も子どもの学校の給食の献立表をときどき眺めているが、確かに季節や国際理解促進と思しき献立などなかなか興味深い。給食も進化し続けているのだ。
その学校給食法を見てみよう。
◎学校給食法
同法によって学校給食は実施され、現状、設備費や人件費は設置者が負担しているが、食材費については原則、各家庭の負担となっている。
学校給食法第11条より引用。
(経費の負担) 第十一条 学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。 2 前項に規定する経費以外の学校給食に要する経費(以下「学校給食費」という。)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法第十六条に規定する保護者の負担とする。
ここで「原則」というのは、すでに「給食無償化」が困窮者支援の一環として、また自治体の独自の施策などで部分的に実現しているためだ。
そもそも給食には3つの区分が設けられている。
・ 完全給食 給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む。)、ミルク及びおかずである給食 ・ 補食給食 完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食 ・ ミルク給食 給食内容がミルクのみである給食 (文部科学省「学校給食実施状況等調査-用語の解説」より引用)
筆者も完全給食を当たり前のものだと思っていたので、補食給食やミルク給食というのはなかなか想像がつかない。ただ、実際には、長い歳月をかけて完全給食化が進んでいて、文科省が2024年に実施した「学校給食に関する実態調査」によれば、学校数ベースでみても、児童生徒数ベースでみても、特に公立小学校、公立中学校で95%を超える水準になっている(国立や私立になると実施率が下がる)。
同じく「学校給食に関する実態調査」によれば、1794の自治体のうち4割程度の775の自治体で何らかの無償化に取り組んだことがあるという(中止した自治体や実施予定含む)。
そのなかで無償化を実施している722自治体のうち小中学校全員無償化が7割を超える547自治体。多子世帯などに条件を設ける等の自治体が145で、あわせて9割を超える状況だ。
■ 実際の給食費負担、小学校最高は福島県の5314円
実際の給食費負担はどうなっているのだろうか。食材費ベースで見ると、小学校4688円、中学校5367円等となっていて、平成の時代から一貫して右上がり傾向になっている。
給食費の都道府県別格差も大きい。小学校平均は月額4688円だが、最低は滋賀県3933円、最高は福島県では5314円で、中学校平均は5367円で、最低は4493円の滋賀県、最高は6282円の富山県であった。
小学校の場合、給食は全国で年間平均192回提供され、平均月額4688円というから、1食あたりで均せば200~300円程度だといえる。中学校の場合、188回で5367円なので、1食あたり300円程度といえる。
別表の実施状況等を見ると、給食について完全給食実施状況や給食費に地域的特性がかなり出ていることがわかる。例えば首都圏では神奈川県は他の自治体と比べて顕著に完全給食実施率が低く、ミルク給食率が高いことや、調理の仕方も全国では単独調理場方式と共同調理場方式などが地域によって相当程度異なることがわかる。
また調理、運搬などで外部委託率が高まり、5割を超えていることもわかる。
学校の規模や数、調理員の配置の条件などにより、法律で定められた「給食」のあり方もとても多様である。そのため実は給食無償化というシンプルな政策で解決できるかといえばいささか心許ない印象だ。
給食は、人件費や設備費を別途学校で措置し、また営利目的の提供ではなく利益を度外視できるという条件を踏まえれば、単純に、我々が町中で見かける食事の値段と比較することは適当ではないが、それでも物価高騰のなかで、そもそも相当にリーズナブルな費用で収まっていることに気づく。そもそもこの給食費の設定それ自体も無理はないか。
このような諸データや問題意識を踏まえて、改めて野党が提出しているところの「給食無償化法案」の骨子を見てみよう。
一 経費の支弁及び負担 1 学校給食に要する経費は、義務教育諸学校の設置者の支弁とすること。 2 国は、義務教育諸学校の設置者が支弁する学校給食費のうち、学校給食費の額の標準となるべき額として政令で定める額を基礎として政令で定めるところにより算定した額に相当する額を負担するものとし、当該設置者に対し、国が負担する額を交付すること。 3 特別の事情があるときは、義務教育諸学校の設置者は、学校給食費の額から2の政令で定めるところにより算定した額を控除して得た額を限度として、学校給食を受ける児童又は生徒の保護者に負担させることができること。 (国民民主党「学校給食法の一部を改正する法律案要綱」より引用)
本法案を通じて学校給食に要する経費の全体を原則的に学校(設置者)が支払うべきものと明確にする点は高く評価できる。本稿冒頭で引用したように、現行の学校給食法では設備や人件費を学校が負担すると定めていることから比べれば、食材費含めて設置者が措置すべきとしているので大きく踏み込んでいる。
■ 一方で改正法案の課題は?
ただし、2項がクセ者だ。政令で標準額を定め、国が負担する額を交付するとするが、この「標準額」の金額次第では現状と大きく変わらない可能性すら残されている。しかも3項で、「できる」規定として保護者負担の可能性にも言及している。肯定的に捉えるなら給食の独自性や裁量の余地を残しているともいえそうだが、法案の通称と異なり「完全無償化」が骨抜きになる要素が残されているともいえる。
また一部の媒体も指摘しているが、すでに生活保護世帯だけではなく、幅をもたせるかたちで準要保護世帯なども無償化が実施されているときに、「教育無償化」が「必要」か? というそもそも論を立てることもできるだろう。
実際の各地域の給食費はそれぞれの地域の教育委員会が評価、調査のうえ決定する。近年引き上げ傾向にあるが例えば低学年、高学年によって金額を変えたり、経過措置を取り入れるなど試行錯誤が続いているようだが、根本的な処方箋は見つかっていない印象だ。
無償化、現状の地域格差やそもそも月額給食費≒一食あたり費用の算定が安すぎるのではないかという問題が現状維持のまま固定化されるとすればむしろ問題ではないか。
もっともうがった見方をするなら、昨今の「手取りを増やす。」政策とキャッチフレーズの流行に各政党が飛びついただけで、給食費の地域差や質量に直結する月額費用と負担のあり方という地味で、細かい議論を避けているようにも見えてくる。
所得の「壁」の議論もそうだった。所得税と社会保険料という所掌の省庁と根拠が異なる規制が絡み合うなかで、今のところ特定扶養控除の金額引き上げが強調されるが、対象となるのは19歳から23歳までの特定扶養親族がいる世帯に限られているし、基礎控除と給与所得控除の引き上げ幅も両者に分割され、適用税率等の影響でキャッチフレーズから受ける印象と実際の減税のあいだの乖離が懸念される水準にとどまりそうだ。
冒頭で述べたように、飢える子どもがいてはならない。子どもたちはお腹いっぱいになる権利を有している。
それらを前提にするのであれば、野党提出で鳴り物入りの「給食無償化」にはさしあたり同意できるとしても、やはりまだ不満足だ。ある意味、野党が単にキャッチフレーズ政治を行いたいのか、それとも国民益を考えているのかを問う試金石でもある。
政治は単に国民に阿ればよいというわけではない。国民が十分認識していない問題解決にも貪欲であるべきだ。むしろそちらのほうが重要ともいえる。我々も目先の「給食無償化」のキャッチフレーズに一喜一憂するだけではなく、給食についての理解を深めながら、「給食無償化」とその行方を注視したい。
西田 亮介
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