( 240351 )  2024/12/27 17:30:22  
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「気づけば1000円超え…」松屋でそんな経験を最近した人は少なくないだろう。非常に巧みな、松屋の値付け戦略を考えていきたい(筆者撮影) 

 

 牛丼チェーンの松屋に1000円前後の商品がじわじわ増えている。「今日の食事は安く済ませるか」と入った松屋で会計がうっかり1000円を超えてしまった経験をした人は多いのではないだろうか。 

 

 食材原価や水光熱費、人件費が上がり続ける中で、飲食店の値上げは喫緊の課題。飲食企業はいかに客離れを起こさずに値上げをするかに苦心しているが、松屋の客単価アップの手法は巧妙だ。 

 

■知名度のない料理は「高く値付け」できる 

 

 近年の松屋のヒット作の1つに「シュクメルリ鍋定食」がある。 

 

【画像6枚】1190円は高い? 安い?  松屋の「煮込みビーフシチュー定食」 

 

 シュクメルリとはジョージアの伝統料理で、松屋はこれを2019年に一部店舗の限定メニューとして販売。たちまちネット上を中心に話題となり、反響の大きさから全国販売に発展。さらに「松屋復刻メニュー総選挙」で2度も1位に選ばれ再登場する人気ぶりだ。 

 

 松屋が出すまで日本でシュクメルリを知っていたという人は、ほとんどいなかっただろう。こうした「誰も知らない料理」は単価を引き上げやすい。 

 

 マーケティングの分野には、「内的参照価格」という概念がある。詳細は『買い物の科学 消費者行動と広告をめぐる心理学』(越智啓太著/2024年・実務教育出版)に譲るが、簡単に説明すると、人は「この商品はだいたいこれくらいの値段」という共通の認識を持っており、その商品がその値段よりも高いか安いかで購入を決めるというものだ。 

 

 例えば牛丼であれば1杯450円くらいのイメージがあるとしたら、300円の牛丼なら「安いな」と思うし、600円なら「高い」と思う。 

 

 一方で、シュクメルリの「内的参照価格」を持っている人はほとんどいない。そのため、多少高くても違和感を持たれず、松屋は自分たちに有利な値付けを行うことができるのだ。 

 

 実際に「シュクメルリ鍋定食」は2019年のテスト発売時は790円(店舗による)、直近の2024年販売時は930円と、「牛めし 並盛」が430円の松屋にしては高額。にもかかわらずヒットした。 

 

 さらに松屋が巧いのは、シュクメルリはニンニクやクリーム、チーズを使った極めて日本人好みの味であることだ。聞いたことのない未知の料理に見せかけて、実際には日本人になじみ深い味わいにできている。だからこそ多少高くても受け入れられた。 

 

 

 これに味を占めた(? )松屋は、ペルーの「ロモサルタード」やマレーシアの「ルンダン」、セネガルの「マフェ」など異国料理を次々に投入。これらの価格もおおよそ800~900円で、やはり松屋にしては高額。しかし、日本にはそうした異国料理の「内的参照価格」を持っている人はほとんどいない。 

 

 このように松屋は時折、販売側が価格決定権の強い高額商品を投入し、じわじわと全体の単価アップを図っている。 

 

■吉野家やすき家の高額商品は松屋と何が違う?  

 

 もちろん競合の吉野家やすき家も高額商品を織り交ぜ、単価アップを図っている。 

 

 吉野家の「牛すき鍋膳」(877円)や「鰻重 一枚盛」(1207円)、すき家の「いくら丼 並盛」(980円)などがそうだ。 

 

 牛すきやうなぎ、いくらは専門店に行けばもっと高い値段で提供されることの多い食べ物。「内的参照価格」よりも安い! と思われそうだが、シュクメルリとの違いは、日本人の多くはそれらの味をよく知っているということだ。 

 

 よく知った味があまりに安いと品質に懐疑的になり「吉野家で中途半端なうなぎを食べるくらいなら、もう少し出してもいいからちゃんとした店で食べたい……」と考えなくもない。 

 

 松屋のシュクメルリは誰も知らない料理だったがゆえに、高い値段にも「そういうものか」と疑いを持たれずに済んだ。 

 

 シュクメルリ以外の松屋の高額商品には、12月現在提供している商品だと、「カットヒレステーキ丼」(1180円)、「煮込みビーフシチュー定食」(1190円)などがある(すき家同様に「いくら丼」もあるが)。 

 

 ヒレステーキやビーフシチューは、牛すきやうなぎ、いくらほどの高級品のイメージはなく家庭料理の範疇。そこまで品質に懐疑を持たれず違和感なく注文されそうだ。 

 

■デフレの値下げ合戦から「イチ抜け」したのも松屋 

 

 そもそも、松屋の価格戦略は他社から抜きん出ている。 

 

 インフレの今から考えると遠い昔のような話だが、『買い物の科学』によれば、平成のデフレ時代は牛丼チェーンの熾烈な低価格競争が起きていた。 

 

 競合に勝つため各社は牛丼の値段をどんどん下げていき、ついにすき家がキャンペーンで牛丼1杯を250円にまで下げた。 

 

 

 どんどん利益は減り、業界が疲弊する中で最初に値下げ戦争から離脱したのが松屋だ。他社よりもワンランク上の品質である「プレミアム牛めし」を打ち出し、高級路線に変更し差別化。牛丼業界を健全な状況に戻した。 

 

 もちろん、松屋は高額商品ばかりでない。牛めしをはじめとするおなじみのお手頃価格の商品も変わらず揃っており、それにより入店のハードルを下げている。 

 

 幅広い商品構成があることで「今日はあれを食べよう」と店に入るのではなく、「とりあえず松屋に入り、そこから何を食べるか決める」というような店指名での集客を可能にしている。 

 

 牛めしで済ませるつもりで入った松屋で、魅力的な高額メニューが目につき、うっかり1000円超えしてしまった、というパターンも多いにあり得るだろう。 

 

■客単価は以前より増加している 

 

 実際に松屋の客単価は、2025年度3月期(2024年4月~)は、前年比おおよそ103~113%ペースで、前年同期比を超え続けている。 

 

 昨今、松屋フーズホールディングスだけでなく吉野家やすき家(ゼンショーホールディングス)を含め外食企業で客単価が上がっているところは多いが、こうした巧い価格戦略により松屋にはさらなる期待ができるかもしれない。 

 

大関 まなみ :フードスタジアム編集長/飲食トレンドを発信する人 

 

 

 
 

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