( 240636 ) 2024/12/28 06:05:17 0 00 中国(画像:Pexels)
2024年12月25日、北京を訪れていた岩屋毅外相は、中国人向けの新たなビザ緩和策を発表した。この措置は、11月に中国が日本に対して、新型コロナウイルス感染拡大後に中断していた短期滞在ビザの免除措置を再開したことに対する対応として行われた。
新たな緩和策では、これまで3年や5年だった観光用のマルチビザの有効期限に、10年ビザが新たに追加されることになった。さらに、ビザ取得後3か月以内の入国という要件も撤廃される。
この10年ビザの取得要件についてはまだ発表されていないが、主に富裕層を対象に、2025年の春節にも導入される予定だ。
日本国内では、中国富裕層への期待が高まっている。2024年12月に発表された「観光庁インバウンド消費動向調査の個票分析レポート」(ワンドット)によると、観光庁のデータを基に次のような結果が得られている。
・訪日高所得者の6割を韓国、中国、台湾が占めており、中国は重要な市場とされる。 ・訪日高所得者の一人一日あたりの消費額で、中国は香港に次ぐ2位。約4万円の消費額を記録 ・中国人は高所得層ほど東京・大阪以外の地方都市への訪問比率が高く、コト消費(体験型消費)への関心が高い
これらの結果は、中国富裕層が単なるショッピング目的の観光客ではなく、日本の文化や地方の魅力に深い関心を持ち、高い消費意欲を示していることを示している。
特に、地方訪問が多く、体験型消費に対する関心が高いという点は、地域経済の活性化に貢献する可能性を秘めている。
中国(画像:Pexels)
今回のビザ緩和で、特に期待されているのは富裕層向けの旅行商品の需要拡大だ。中国富裕層向けの旅行商品の開発は、さまざまな場所で進められている。例えば、静岡県では、格式高いゴルフ場と富士山の眺望を組み合わせた旅行商品の開発が進んでいる。
しかし、現在注目されているのは、こうした直接的なインバウンド需要だけではない。日本国内では観光だけでなく、さまざまな産業で中国富裕層を新たな顧客として開拓する動きが広がっている。例えば、富山県の高岡商工会議所では、伝統工芸品の国内市場が縮小する中で、中国富裕層の需要を見込んで、高岡銅器や漆器の工房見学を旅行商品として開発する企画を進めている。
実際、中国富裕層の日本製品に対する信頼度は非常に高い。例えば、石川県のJAはくいは、福島第1原発処理水の海洋放出が問題視されていた2023年12月に、特産品のハトムギを使った飲料10万本を中国の高級ホテル向けに契約することに成功した。
このような事例もあり、特に地方では、旅行を通じて高品質な特産品を知ってもらい、その後、継続的な顧客を獲得することを期待している。
では、今回のビザ緩和策は日中関係にどのような影響を与えるだろうか。
現在、中国と相互ビザ免除協定を結んでいる国は世界で157か国に達しており、相互免除協定を結んでいない国の方が少数派だ。新型コロナウイルス感染拡大による渡航制限が緩和された後、中国は日本人が中国に渡航する際のビザ免除再開を求めていたが、日本側がこれに対して慎重な姿勢を見せたため、日中間の交流が停滞することが問題となっていた。
しかし、2024年に入り、中国は長期のマルチビザ発給を求める要求を緩和し、ブラジルやオーストラリアといった国々と5年や10年のマルチビザを発行することで合意に達した。今回の日本政府との合意も、この流れを受けたものだ。
12月25日に行われた岩屋外相と中国の王毅外交部長との会談では、対話を続け、経済協力やサプライチェーンの安定を通じて相互利益を追求し、相互理解を深めるための働きかけが話し合われた。
つまり、両国は互いにパートナーとして関係を強化し、脅威にならないことを目指していることが確認された。今回のビザ緩和政策は、この両国間の認識を裏付けるものだといえる。
日本(画像:Pexels)
日中両国は歩み寄りの姿勢を強調しているが、それぞれの国内には反発の声もある。日本国内のSNSでは、岩屋外相に対して
「中国から賄賂でも貰ったのか」 「オーバーツーリズムがさらに深刻化し、治安も悪化する」
といった懸念が相次いでいる。中国でも、
「日本人と混ざってもなんの得にもならない」 「まただよ、最近の国内は日本文化が中国文化を押しのけてる感じが強すぎる」
といった反発の意見が見られる。
つまり、富裕層をターゲットにしたビザ政策が、庶民感情や社会の分断を引き起こしているのだ。
しかし、このようなビザ緩和政策は、多くの国ですでに実施されている。例えば、アラブ首長国連邦では、200万AED(約55万米ドル)以上の物件を購入するなどすれば、10年間の在留資格を得られる「ゴールデンビザ」が発行される。
今回の日中間のビザ緩和政策は、単に数次ビザ(複数回の入国が許可されるビザ)の期限を延長するもので、滞在期間も限られている。しかし、多くの国では、富裕層が投資を行うことで、資産を持ち込むと「住むことができる」という施策も行われている。
もちろん、各国が導入しているゴールデンビザには問題もある。例えば、スペインでは2024年11月、住宅市場への投機が激化し、資金洗浄の手段として利用されていることから、議会下院で廃止法案が可決された。
こうした問題はあるものの、自国への投資を期待する富裕層に対して、できる限りビザを緩和することは、経済活性化のための手段として認識されている。
かつて見られた中国人旅客のイメージ(画像:写真AC)
筆者(王宇航、中国経済ライター)が最後に伝えたいのは、今回のビザ緩和だけで富裕層を呼び込むことはできないということだ。これは、日本側がビザ要件を緩和することで、実質的に相互免除のような状況を作り出した両国政府の妥協による結果だからだ。実際には、今までビザを取得できていた中国人が、少し便利になるだけで、対象者の範囲が広がるわけではない。
そのため、中国で大きく報道されているビザ緩和のニュースを利用して、富裕層の関心を引き寄せる戦略が重要になる。
もし、多くの富裕層を日本に引き寄せることができれば、日本の
・産業構造 ・国際関係
に大きな変化をもたらす可能性がある。前述したように、富裕層は和食やポップカルチャー、歴史や伝統文化体験などの「コト消費」に強い関心を持っている。また、地方都市への訪問比率が高いという特徴を考慮すると、地方での体験型コンテンツが広がることが期待できる。
さらに、観光だけでなく、国内市場の縮小に悩む産業にとっても、中国富裕層という新たな顧客層の獲得が見込まれる。しかし、国内でのオーバーツーリズムや社会的な分断に対する懸念は無視できない。特に日中間の相互理解をさらに進めることが重要だ。
日本(画像:Pexels)
今回のビザ緩和政策は、日中関係における新たな挑戦だといえる。中国富裕層の消費力は、地方経済の活性化や伝統産業の再生に繋がる可能性を秘めている。また、この政策は単なる経済効果だけでなく、
「持続的な文化交流の基盤」
にもなることが期待されている。
しかし、この政策が成功するためにはいくつかの重要な課題がある。特に、オーバーツーリズムや社会分断への対策が欠かせない。経済的な利益を社会全体に還元することで、「富裕層限定」という方針への理解を深めることが必要だ。
このビザ緩和は、単に富裕層の消費を期待するものではなく、持続可能な経済と文化交流の第一歩として捉えるべきだ。
王宇航(中国経済ライター)
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