( 241066 ) 2024/12/29 04:31:49 0 00 写真はイメージです(写真:takasu/イメージマート)
受刑中の加害者に、被害者や遺族の心情を伝える制度が、2023年12月にスタートして1年が経った。この「心情等伝達制度(刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度)」は、開始から1年で136件の申し込みの受理があった。実際に聴取したのが122件、加害者への伝達まで及んだものが113件。遺族の言葉を真摯に受け止め、反省と謝罪の気持ちを表明する加害者がいる一方で、遺族に対して被害者をおとしめるような言葉を投げつける事態も生じている。利用した遺族を訪ね歩き、3回連載で実態と課題を探る。(取材・文:藤井誠二/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
今年8月、福岡市内のある法律事務所。会議室のテーブルを挟んで、筆者の目の前に固まったように座る、小柄な女性。マスクをしているが、視線は前方の一点を凝視したままだ。
彼女は4年前、当時21歳の娘を、少年院を出たばかりの当時15歳の少年に殺された。加害者は、福岡市内のショッピングモール内でたまたま出くわした被害者に、包丁を持って襲いかかり、首などに突き立てた。殺人罪などで懲役10年以上15年以下の不定期刑が確定し、服役中である。
テーブルの上に置かれた数枚の用紙。見出しに「心情等伝達結果通知書」とある。日付は令和6(2024)年7月19日。書類に目を通すと、「いったいなんだ、これは。加害者は何を言っているんだ……」と、筆者は呆然とした気持ちになった。
昨年末の2023年12月1日、刑務所等で受刑中の加害者に、被害の当事者や遺族が、問いかけやメッセージ(心情等)を伝えることができる制度が始まった。少年刑務所や少年院も対象だ。
被害者側が利用を申し込むと、被害者担当刑務官らが、被害者や遺族のもとに出向き、心情等を聞き取って書面にまとめる(「心情等録取書」)。
被害者や遺族が加害者への伝達を希望すれば、刑務官が加害者に「録取書」を読んで聞かせる。さらに望めば、そのときの加害者の返答が、被害者や遺族に届けられる(「心情等伝達結果通知書」)。
母親はこの制度を利用して、加害者である元少年の返答を受け取ったのだった。そこに書かれていた一部を抜粋する。彼女は録取の際に、加害者への問いを託していた。
問い「公判時と現在の気持ちに変化はあるか」 返答「ノーコメント」
問い「娘に包丁を向けたとき、実際に娘を刺したとき何を感じたか」 返答「人はあっけなく死ぬんですね」
問い「娘はどんな表情をしていて、どのような気持ちだったと思うか」 返答「猿の顔、馬鹿ですね」
問い「私のこの話を、真正面から逃げずに向き合って。謝罪の意味を必ず答えてほしい」 返答「ごめんですね」
こうして書き写すだけでも、被害者を愚弄するような言葉に胸が悪くなる。筆者が書面に目を通し終えると、母親が口を開いた。かすかに声が震えていた。
「返ってきた返事はひどいものでした。事件から4年経っていたから、少しは事件と向き合っているのではないかと期待する気持ちがあったんですが……。謝罪するどころか、娘を侮辱し、まったく反省もしていないことがわかりました。裁判でも傷つけられているのに、さらにこの手紙で悔しい思いをさせられて……」
実は、心情等伝達結果通知書が送られてくる前、弁護士のところに連絡があった。そのまま伝えるには内容がひどく、心配だということだった。しかし母親は当初から、どんな結果でもそのまま伝えてほしいと希望していた。
(撮影:編集部)
母親はなぜ、この制度を利用しようと思ったのか。
「刑事裁判のときに、犯人が『謝罪の意味がわからない』と言っていたんです。『クズはクズのままでいい』とも言っていた。だけど、人間だったら心境の変化があるだろう、あるんじゃないかと思ったんですね。人としての心を持っているなら、一言ぐらい、謝罪の言葉が出てくるだろうと。言葉が通じる相手ではないとは思っていましたが……。とにかく、『謝罪』の意味がわかっているかどうかを確かめたかったんです」
制度を利用することにためらいはなかったかと尋ねると、「もちろん、ありました」と答えた。声に涙がにじみ、肩が震えている。
刑事裁判の法廷では、被害者および遺族は意見陳述をすることができる。眼前に立つ加害者(被告人)に対して、怒りや憎しみ、被害の実態を直接、口頭でぶつける。しかし、被告人がそれに対して答える義務は定められていない。被告人がどのように受け止めたのか、確認するすべがないのが現状だ。
この事件でも、母親が法廷に立ち、娘に対する思いや、被告人をゆるせない気持ちを述べたが、被告人が真摯に耳を傾けている手応えはなかったという。今回の制度を利用すれば、ダイレクトに伝えることができる。
悪い結果になることも予測され、弁護士も丁寧に説明し、話し合った結果、母親は利用に踏み切った。母親が言葉を絞り出す。
「ショックでした。これから先もこのような人間を相手にしなきゃいけないのかと思ったらものすごく嫌ですけど、何年かしたらまた私の心情を伝えてみたいと思っています。どういう答えが返ってくるか……」
松永拓也さん(撮影:編集部)
「心情等伝達制度」の利用者の中には、交通事故で家族を失った人もいる。過失運転致死の場合、殺人とは異なり、加害者に「この人を殺そう」という意図(故意)があるわけではないが、安全に運転するための注意を怠った(過失)ために罪に問われる。この「故意」か「過失」かという点が、被害者や遺族が心情等伝達制度を利用するにあたって、大きく影響する。
2019年4月、東京・池袋で高齢者が運転する車が暴走し、2人が死亡、9人が重軽傷を負う事故が発生した。運転していた人物は、過失運転致死傷の罪で禁錮5年の実刑判決を受けた。
松永拓也さん(38)は、この事故で、妻の真菜さんと長女の莉子ちゃんを失った。松永さんは、交通死事件の遺族の自助グループ「一般社団法人関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」の集まりで、加害者に心情等を伝達できる制度を知り、2024年3月に利用を申し込んだ。
「私も一瞬は、利用しないでおこうと思いました。なぜなら、また裁判のときのように、無罪を主張する返事がくるのではないかと思ったからです。でも、長期的に考えて、いつか『あのとき、制度や権利を使っておけばよかった』と思うのが嫌で、利用を決めました。加害者の今の内面を、可能な限り全部知りたいという気持ちもありました」
松永さんは、加害者が収監されている刑務所へ赴き、被害者担当の刑務官に、加害者へ伝えたいことや質問したいことを話した。刑務官は男女1人ずつだったという。刑務官は松永さんの話を聞き取ると、その場でパソコンに入力して書面を作成し、プリントアウトして松永さんに見せた。利用者(被害者や遺族)が確認済みの書面が、正式な「心情等録取書」となって、加害者に渡る仕組みだ。
松永さんは、刑務官を通じて加害者にこのように伝えた。
「命を奪いたくて奪ったわけではないのはわかっている。真菜と莉子のことは忘れないでほしい」 「再発防止に向け、高齢ドライバー問題についての、意見や経験を聞かせてほしい」
そして、このような質問をした。
「あなたはどうすればこの事故を起こさずに済みましたか」 「高齢者として、どのような社会であれば事故を起こさずに済みましたか」 「高齢で刑務所に入る苦しみはどのようなものですか」
質問は全部で8項目。同時に、面会を申し入れ、出所後になんらかの形で対談することも申し込んだ。加害者からの返答を、社会に公開することへの了承も求めた。
間もなく「心情等伝達結果通知書」が届いた。そこには、「高齢者は運転しないことが大事で、医師から運転をやめるように言われていたら、運転をやめていた」ということや、「パーキンソン症候群の可能性を自覚していた」ことなどが書かれていた。刑務所での生活については「(いろいろな規則や指示に)従うことが苦しい」などと吐露されていた。面会も対談も受け入れると書かれており、最後は「申し訳ない」と結ばれていた。
松永さんはこのやりとりをSNSで公開した。面会も実現した。
「(加害者は)僕との面会を断ることもできた。だけど会った。彼が罪と向き合おうとしたことは、うそではないと思っています。お互い、一生知らない間柄でいたかったけど。高齢ドライバーによる交通事故の再発防止に努めることが、妻や娘の命を無駄にしないことだと思うから。亡くなった命に、生き残った者が勝手に意味をつけるのは、よくないかなと最初は思ったんですけど、そうしないと自分がやっていけなかったから……。2人の命を無駄にしないという思いを支えに、生きてきたんです」
心情等伝達制度について、松永さんはこう話す。
「制度全体は評価します。しかし、加害者が反省していなくて、むしろ被害者の心の傷をあおるようなひどい返信がきたら、被害者遺族が二次被害的に傷つくだろうということは、始まる前から想定していました。被害者の心のケアをセットで考えていかないといけないと思います」
取材から約2カ月後、松永さんの事件の加害者が刑務所で死亡した。松永さんのもとに、検察からその連絡が届いたのは、死後4、5日経ってからだった。
髙橋正人弁護士(撮影:編集部)
松永さんの代理人を務める弁護士の髙橋正人さん(68)は、犯罪被害者側の支援を長年、務めてきた。髙橋さんは、心情等伝達制度が始まる前から、被害者や遺族にとって、メリットとデメリットがあることを指摘してきた。
「私は、殺人事件の被害者遺族と、交通事故の被害者の両方で、たくさんの事案を経験してきました。その経験のなかで、二次被害になるようなひどい返事が(加害者から)返ってくるであろうということは、制度ができる前からわかっていました。一言でいうと、故意の凶悪犯罪の受刑者に対して、この制度で被害者の心情を伝えることは、受刑者の矯正という点では、多くの効果は期待できません。たまにまともな回答があるかもしれないけれど。一方で、交通事故の加害者に対しては、半分以上、意味があると思います」
そうキッパリと言う。故意犯といっても、計画性のあるものから、突発的なものまでさまざまだ。
「殺人などの凶悪犯の場合、ご遺族のお気持ちは、『こちらの気持ちを伝えたり、あなたの気持ちを聞いたりしたからといって、殺された家族の命が戻ってくるわけではない。だから早く死んでせめてもの償いをしてくれ』というところにあります。もちろん、聞きたいという人もいるかもしれないけれども、(納得できる返事が返ってくるという)期待は薄いはずです。一方、交通事犯は過失犯が多く、わざと命を奪ったわけではない。悪質な危険運転致死を除けば、被害者や遺族の半分以上が、加害者の心情を聞きたいと思っていると思います」
髙橋さんが、凶悪犯に対してはあまり意味がないと言うのは、うそにまみれた弁明や、ほとんど反応らしい反応もせず、遺族に敵意すら向けてくるようなふてぶてしい態度を、法廷で数えきれないほど見聞きしてきたからだ。
ただし、制度を否定するわけではない。大事なのは「統計を取ることだ」と話す。
「被害者や遺族の選択肢は残しておかなければだめです。どんな答えが返ってこようが聞きたい、という人がいるから。ただし、『殺人などの凶悪犯の場合はこういう答えが返ってくる可能性が高い』ということを周知してほしい。過失犯はこうでした、凶悪犯の場合はこうでしたというふうに、代表的な意見として何かに載せるとか。制度を利用した人にアンケートを取って、大変気持ちが救われた、少し気持ちが救われた、どちらともいえない、やや傷つけられた、ひどく傷つけられた、みたいな形で選択肢を用意して、その結果を、白書のような形で紹介するのもいいかもしれない」
制度開始から1年の現在、受理件数や事件類型別の利用件数が発表されているが、髙橋さんはより詳しく「殺人」「傷害」「傷害致死」「過失運転致死傷」「危険運転致死傷」「性犯罪」などと分けて、どれくらいの利用があったか、どのような結果になったかを公表することが必要だ、と強調する。
「法務省の目的は、被害者のためである面もあるけれど、実際は加害者の矯正です。それ自体は別に隠されておらず、法務省自身もそう言っていますが、報道される方も含めて、そのようには伝わっていない。法務省が責任を持って、制度を利用する被害者に、事前に説明をすることが大切です。『被害感情が和らぐ』などという一刀両断の誤ったイメージを、社会に伝えられるのは困る。松永さんにはその懸念は伝えたし、松永さんもそういうことになったらまずいと、最初からわかっていました」 ◇ 第2回の記事では、「生命事犯」と呼ばれる事件の遺族の思いや刑務官に事件を伝える意味、制度を所管する法務省矯正局にその目的などを聞く。
--------- 藤井誠二(ふじい・せいじ) ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。著書に『「少年A」被害者遺族の慟哭』『殺された側の論理』『黙秘の壁』『沖縄アンダーグラウンド』『路上の熱量』など多数。近著に『贖罪 殺人は償えるのか』
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」はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。日常生活におけるさまざまな場面で、人権に関するこれまでの「当たり前」が変化しつつあります。新時代にフィットする考え方・意識とは。体験談や解説を通じ、ユーザーとともに考えます。
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