( 241316 )  2024/12/29 16:54:30  
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ビジネスホテルの宿泊費高騰が止まらない昨今。従業員の給与をアップさせる企業も増加しているが、一方で「初任給ばかりを増やす」企業もあるようだ(写真:hamahiro/PIXTA) 

 

 「出張で予約したいホテルの料金が、わずか1年前の1.5倍──。」 

 

 このような経験をした経営者や管理職の方も多いのではないだろうか。 

 

 今、ビジネスホテルの宿泊費高騰が止まらない。総務省の消費者物価指数(2024年11月22日に発表)によると、宿泊料は2024年9月の前年同月比から6.8%増加、10月で7.7%増を記録している。  

 

■客室単価1.8倍、稼働率80%超も  

 

一方、東京商工リサーチが2024年12月13日に発表した調査結果では、国内の上場ビジネス・シティホテル運営会社13社の2024年7-9月期の客室単価は、コロナ禍前と比較可能な12ブランド(11社)で平均1万5537円に達した。 

 

 これはコロナ禍で最も価格が下落した2021年の平均8320円と比較すると、実に1.8倍(86.7%増)にまで跳ね上がった数字だ。 

 

 12ブランドのうち11ブランドは、2023年の客室単価も上回っている。注目すべきは、この価格高騰下でも客室稼働率は12ブランド全てが70%を超え、7ブランドが80%を超えているという事実だ。  

 

 こうした需要の高まりを牽引しているのが、インバウンドの復活である。2024年7月19日に政府が開催した「第24回観光立国推進閣僚会議」では、2024年の訪日外国人旅行者数が過去最多の3500万人になる見通しが示されている。これは2019年の実績約3188万人を上回る数字だ。 

 

 2025年には大阪・関西万博の開催も追い風に、さらなる増加が見込まれており、直近の伸び率で推移すれば2030年には、政府目標である6000万人も視野に入る。 

 

 そうなるとホテルの客室はますます、国内客とインバウンドの争奪戦に。来年以降、さらなる値上げは避けられない状況と言えそうだ。  

 

■大手では進む賃上げ、働く人に還元の姿勢が 

 

 ビジネスホテル代が高くなるのは消費者にとっては痛手だが、働く人にとっては、待遇改善につながるなど、ポジティブな面もあるかもしれない。 

 

 

 業界では長年、「他業界に比べて給与が低い」と言われており、それに伴う人手不足も深刻な問題になっている。 

 

 実際、厚生労働省が2024年3月に発表した「令和5年賃金構造基本統計調査」によると、「宿泊業、飲食サービス業」の平均賃金は25万9500円と、全産業の中で最も低い水準にとどまっている。 

 

 ただ、これはあくまで宿泊業、飲食サービス業全体の平均値で、独自に調査したところ、変化し始めているビジネスホテルもあった。 

 

 全国に展開する「ドーミーイン」「共立リゾート」をはじめ、学生寮・社員寮「ドーミー」、高齢者向け住宅「ドーミーシニア」なども運営する共立メンテナンスは、2024年5月から、総合職・事務職・ホテリエ・ウェルフェア・スペシャリストの正社員2132名を対象に、昇給率6%(定期昇給を含む)のベースアップを実施している。  

 

 業界最大手であり、全国に745ホテルを展開するアパグループからは、賃金に関するアンケート調査への協力を得られた。同社は、2023年6月に1万1000円、2024年6月に2万2000円のベースアップを実施している。 

 

 昇給の理由はもちろんインバウンド需要の高まりなどによる好業績だ。2023年11月期の連結決算での経常利益は、約552億円と過去最高を更新。そこで、人材の獲得とつなぎ止めのために昇給を行った形だ。  

 

関連記事:圧倒的王者のアパホテル、4つの「ありえぬ数値」  「2000万人」「108%」「600人」「52期連続」 

 

 初任給についても、2023卒の初任給で1万円、2024卒の初任給で2万円引き上げ。こちらは採用競争力の強化が目的で、金額は、異業種を含めた他社の初任給の傾向から判断したという。さらに、2025卒の初任給は、2024年の昇給結果を踏まえて、プラス2万8500円が決定している。 

 

 アパは、業界内でも突出して堅調な業績を維持しているグループだ。 

 

 そんな同社に、ホテル業界が他業界に比べて給与が低い傾向と、人手不足についても尋ねたところ、「賃上げ原資を確保して給与水準を高めていくことで、結果として、さらなる業績の向上を実現し、経営の善循環を図っていきたい」と回答した。 

 

 実際、社員からは昇給に限らず、福利厚生の拡充など、さまざまな施策による社員への還元に対し、喜びの声が上がっているという。また離職率も改善しているそうだ。 

 

 

■コアグローバルマネジメントは基本給最低額を26万円に  

 

 一方、宿泊特化型ブランドの「クインテッサ」「ザエディスター」をはじめ、ラグジュアリーブランドの「ヒューイット」なども手がけるコアグローバルマネジメントからもアンケート調査の協力を得た。 

 

 同社は、2023年1月、新入社員の初任給を26万円に引き上げ。その金額に満たなかった社員の基本給の最低額も、一律26万円とした。 

 

 引き上げの理由は、優秀な人材確保の機会損失を減少させるためと、サービスクオリティを維持すること。さらに、積極的なパフォーマンスをしてもらうための、若手人材への投資にあるという。 

 

 ホテル業界全体の給与水準についての質問には、「水準は低いと認識している。2023年1月の初任給の変更では、ホテル業界の水準のなかで高い初任給を設定しても優秀な人材は確保できないと考え、2023年当時の日本企業のトップクラスの初任給を参考に設定した」と回答した。  

 

 最低額引き上げ後の社内の反応については、「退職者数が減少し、退職理由を給与としたものも見当たらないことから、一定の好感と理解は得ていると考えている」とのこと。 

 

 一部、下位の者に給与が追いつかれそうな従業員からは不満も上がったそうだが、対策として、「もともと26万円という基本給は主任クラスのものであり、入社当初から投資として支給している意味を伝えている」と回答した。 

 

 今後の給与増については、待遇という経済条件だけではなく、「夢と希望を『ショーケース』に見せることが重要」と考えるという同社。夢とは、ホテルの最高ポストである総支配人になることができるというストーリーだ。 

 

 そして希望とは、そういったポストをなくさないため、企業が成長し、新規ホテルの開業が続くことを示し続けること。この2つへの努力を並行して実施していくという。  

 

 今後、運営ホテル数の増加によって全体収益は増加するため、必要な原資は確保できると考えている。  

 

■初任給アップの一方で、中堅社員が稼げないホテルも 

 

 このように、高い収益力とブランド力を持つ一部のホテルでは、賃上げの動きが出てきている。しかし、すべてのホテルに当てはまる話ではない。調査を進めるなかでは、中堅社員が抱える課題も見えてきた。 

 

 

 月刊ホテレスが2024年7月に発表した「ホテリエの賃金実態調査」によると、部長職以上の役職者の残業が月45時間以上、年360時間以上との回答が多く、ストレスを抱えている状況がある。  

 

 また同調査によると一般社員の場合、30代、40代であっても、年収は400万円が水準だ。人材獲得のために初任給が上がる傾向がある一方で、働きざかりの中堅世代が厳しい状況に立たされているのだ。  

 

 この点について、アパグループは「初任給を含め若手により厚く昇給した部分はありますが、管理職を中心に中堅社員にも手厚くしました」と回答。一方、コアグローバルマネジメントは「昇給は毎年個別評価にて行っているため、年齢層による特徴はない」としている。 

 

■人材に投資できる企業が生き残っていく?  

 

 インバウンドは今や、日本経済を支える重要な存在となっている。前述した「第24回観光立国推進閣僚会議」によると、2024年1-3月期の国内旅行消費額は約4.8兆円と、第1四半期の消費額として過去最高を記録した。  

 

 宿泊料の上昇は、単なるコストアップではなく、持続可能な観光立国を実現するための投資原資と捉えるべきなのかもしれない。ただしその原資を、いかに人材育成と待遇改善に振り向けていくかが重要なのだろう。 

 

 管理職の長時間労働の是正や、中堅社員のキャリアパス整備など、より包括的な人材戦略が求められている。 

 

 今回、アンケート調査を得た2社は、業界内でも働く人への還元が大きいことで知られる会社であり、また中堅社員への配慮も見られたが、人材への投資に消極的な企業も存在する。 

 

 ホテル業界を支えるホテルマン、そして、その中枢である中堅世代が報われる業界でなければ、この好況も長くは続かないだろう。  

 

 宿泊する側としては、決して嬉しいことではない宿泊料の高騰だが、ホテル産業にとってはポジティブな変化も生まれつつあるのも事実だ。引き続きその動向を注視していきたい。 

 

笹間 聖子 :フリーライター・編集者 

 

 

 
 

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