( 242129 ) 2024/12/31 05:55:05 1 00 1990年代初頭に日本経済が停滞し、経済成長が遅れた「失われた30年」について、経済学者のジョセフ・シュンペーターの理論が重要であると指摘されている。 |
( 242131 ) 2024/12/31 05:55:05 0 00 宇宙関連の巨額投資が米国のイノベーションを支えた(写真:Alones/shutterstock)
1990年代初頭にバブルが崩壊し、日本経済は長い冬の時代に突入した。いわゆる「失われた30年」である。デフレが続き、賃金の上昇はぴたりと止まった。
なぜ日本経済は停滞しているのか。その答えは、経済学者ジョセフ・シュンペーターの理論の中にあると語るのは、『入門シュンペーター 資本主義の未来を予見した天才』(PHP研究所)を上梓した中野剛志氏(評論家)である。中野氏に、日本経済の成長を阻む要因とシュンペーターの理論との関係について、話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
■ シュンペーターの教えに逆らって経済停滞
──今回のテーマであるジョセフ・シュンペーターは20世紀前半から半ばにかけて活躍した経済学者です。なぜ今、シュンペーターに着目する必要があるのでしょうか。
中野剛志氏(以下、中野):昨今の世界情勢の複雑化に伴い、政府による産業政策やイノベーション政策が重要視されるようになってきました。
そのような政策の必要性を主張している人たちの多くが、シュンペーター派の経済学者です。そういった流れから、今一度、シュンペーターについて学びなおす必要があるのではないか、と感じた次第です。
もう一つは、日本が抱える特殊な事情です。日本ではこの30年、経済の停滞が続いています。イノベーションもほとんど起きていません。
その一方で、日本は戦後25年、30年の期間で経済が急成長し、経済大国になったという過去もあります。
あるシュンペーター派の経済学者によると、急成長を遂げていた頃の日本の経済システムは、非常に「シュンペーター的」だったそうです。
戦前、日本からも何人かの経済学者がシュンペーターのもとに教えを請いに、はるばる海を渡りました。彼らが戦後日本で活躍したのです。
これに対して、この「失われた30年」の間、シュンペーターであれば経済発展のために「やってはいけない」と考えたであろう経済政策を、日本政府は片っ端からやってきました。
日本はシュンペーターの教えに従って経済発展を果たし、シュンペーターの教えに逆らって経済停滞をしている、というのが私の見立てです。
■ シュンペーターの教えとは?
中野:シュンペーターの著書は、非常に難解で、十分に内容を理解している人はそう多くはないと思います。そこで、この失われた30年を打ち止めにするため、シュンペーターが言わんとしていたことをみなさんに知ってもらいたいと思っています。
──「シュンペーター的な経済システム」とはどのようなものですか。
中野:シュンペーターは1912年に『経済発展の理論』を発表しました。その中で、シュンペーターは現在の主流派経済学の基礎である市場均衡理論と真っ向から対立するような主張をしました。
市場均衡理論は、個人が自己利益を最大化するために自由に経済活動を行うと、市場原理が働いて需要と供給が一致する、というものです。
シュンペーターは市場均衡理論では、イノベーションや経済発展が説明できないことを指摘しました。そして、経済の中でどのようなダイナミズムが起きて発展を遂げていくのかを突き詰めて考えた結果が『経済発展の理論』です。
また、シュンペーターは1942年に発表した『資本主義・社会主義・民主主義』の中ではさらに踏み込んで「市場で完全競争をするとイノベーションは起きない」と断言しました。
ところが、日本はこの30年間、バブル崩壊後の日本経済の停滞を打破するためには、市場原理に任せて自由競争を促進すればいいという方向で規制緩和や民営化を推し進めてきました。
当時の日本の経済政策を担当した政治家や官僚、あるいは経済学者は市場で自由な競争が起こればイノベーションが起き、経済は発展すると思い込んでいました。しかも、それがシュンペーターの教えであると勘違いしていたのです。
シュンペーターの主張は全く逆です。
戦後、日本はシュンペーターの教えの通り、過度な競争ではなく適度な競争制限をすることで経済を発展させてきました。けれども、ここ30年は「市場原理で自由競争を」という政策ばかりしてきた。その結果、イノベーションも経済成長も起こらなくなったのです。
──なぜ競争を制限するとイノベーションが起こり、経済が発展するのでしょうか。
■ イノベーションを起こせるのは誰なのか?
中野:例えば、馬車しかなかった世界で、私が自動車を発明したとしましょう。私は膨大な利益を得るでしょう。その利益を投資して、もっと速く走れる自動車や環境に配慮した自動車を開発すれば、次のイノベーションを起こすことができます。
これは、最初にイノベーションを起こしたものが他の追随を許さずにイノベーションを起こし続け、利益を得られるという例です。
ここで、自由競争の世界で私が自動車を発明したと想定してみましょう。この世界では競争は自由なので、次から次へと私の発明をまねて自動車を製造する企業がたくさん現れるはずです。最初にイノベーションを起こした私の懐に入ってくるはずだった利益は、多くの自動車会社にもっていかれてしまうでしょう。
これでは、どの企業も次のイノベーションを起こすに十分な利益を得られません。自由な経済競争では、いつ潰れてもおかしくないような中小零細企業が乱立するようになります。そんな状態で、誰がイノベーションを起こせるのでしょうか。
『資本主義・社会主義・民主主義』の中でシュンペーターは、イノベーションを起こすのは大企業であると述べています。第一に、大企業は内部資金が豊富なため、多少の不況でも倒産することはありません。
また、企業が将来的に利益を得ていくためには、投資をして次のイノベーションに備える必要があります。そして、自社を少しでも有利にするために、他の企業が入ってこられないよう自分たちのマーケットを囲い込むようになります。
他の企業の参入を阻止することは、まさに「競争の制限」と言えるでしょう。
つまり、競争を制限するような企業こそが、イノベーションを起こせるのです。そのような強大な力を持つのは、大企業にほかなりません。
複数の企業が自由に競争をすれば、どの企業も利益がほとんどない零細企業になってしまいます。イノベーションが起こらないので市場は均衡しているかもしれませんが、経済発展を望めるような状態ではありません。
現在の日本では、スタートアップ企業がイノベーションを起こすのだから、スタートアップ企業をサポートすることが大事だともてはやしている風潮がありますが、シュンペーターはそんなことを一切言っていません。
■ シュンペーター派が訴える株主資本主義の危険性
──利潤を確保して次のイノベーションに向けて再投資をする米国のやり方が、株主資本主義によって崩れてしまったという話が書籍に書かれていました。これは、具体的にどのような現象だったのでしょうか。
中野:株主資本主義は、教科書的な市場原理主義に従って出てきた考え方です。株価は各企業の価値を正確に反映するので、自由な株式市場での株の取引に任せておけば、効率的な企業の株価がより高くなる。その結果、効率的な企業が株式市場から選ばれるから経済全体が効率的になる──というロジックです。
したがって、株式市場を活性化するためにさまざまな制限を取っ払うべきである。企業は株価を上げることを目指して活動すべきだ。そういうイデオロギーが1980年代以降、米国で蔓延しました。
シュンペーターは1950年に亡くなりましたので、彼自身が直接、株主資本主義に異を唱えたというわけではありません。株主資本主義に対して、その危険性を指摘したのは、シュンペーターの流れを汲む経済学者たちです。
イノベーションは企業が起こすものです。しかしそれは、株主だけの手柄ではなく、経営者の手腕、さらには従業員・労働者の能力のたまものです。
本来であれば、イノベーションによって得られた利益は、労働者、経営者などいろいろなステークホルダーに分配されてしかるべきです。ところが、株主資本主義においては、利益はすべて株主のものであり、株価として反映させるべきだという議論になってしまいます。株主が、利益を独り占めしてしまうのです。
利益をステークホルダーに分配することはおろか、次のイノベーションのための研究開発投資や設備投資に回せなくなります。株主が強くなると、研究開発投資や設備投資よりも株主への利益還元が優先されてしまうのです。
そんな企業がイノベーションを起こせるわけがありません。これが、1980年代のシュンペーター派の経済学者たちの主張です。
──米国では、1980年代以降の株主資本主義の流行により、設備投資も研究開発投資もやりにくくなりました。にもかかわらず、なぜ米国にはいまだにイノベーションを起こす会社が複数存在しているのでしょうか。
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