( 242276 )  2024/12/31 15:36:42  
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池袋暴走事故の被害者遺族、松永拓也さん(38歳) 

 

2019年4月、東京池袋で乗用車が赤信号を無視し暴走。横断歩道で歩行者らを次々とはね、9人が重軽傷を負い、松永真菜さん(当時31歳)と長女の莉子ちゃん(同3歳)が死亡した。 

 

メディアでたびたび報じられた痛ましい事故は、高齢ドライバー対策を強化した2020年の道路交通法改正のきっかけにもなり、世間の関心を強く集めたといっていい。 

 

事故から5年。最愛の妻と娘を失った松永拓也さん(38歳)は、会社員として働きながら、「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」の副代表理事を務め、交通事故の防止や犯罪被害者支援の講演などに尽力している。 

 

そんな彼は、「被害者遺族が笑ったっていいじゃないですか」と語る。 

 

悲劇に遭遇した自身の辛い体験を世間に伝える松永さんに対して、同情に近い感情を抱く人もきっと少なくないだろう。しかし、彼は「被害者遺族を色眼鏡で見ないでほしい」と話す。 

 

松永さんが考える、被害者遺族の幸せとは――。 

 

前編『「再婚は、してもしなくても…」【池袋暴走事故】の被害者遺族、松永拓也さんが語る「これまでの5年間」と「今後の生き方」』に引き続き、彼の声をお届けする。 

 

プライベートでWBC2023を観戦したという(画像:松永さん提供※一部編集部にて加工) 

 

「最近、また草野球を始めたんですよ」 

 

「松永さんって、普段は何をされているんですか?」という記者の質問に対し、彼は笑顔でこう答えた。 

 

「6歳から野球をやっていて、大人になってからも草野球をしていたんです。事故が起きてからは一度やめてしまって。でも、1年くらい前からまた再開しました」 

 

ポジションは昔から外野一筋。本人は「内野ゴロは取れないんです」と笑う。 

 

「小、中学の時に少年野球チームに入っていて、そこのOBが作ったチームに所属しています。チームメイトは20代から30代前半が中心で、もうぶっちぎりのおっさんです(笑)。野球は他のスポーツと違って若くなくてもできますけど、やっぱり最近は少ししんどくなってきました(笑)。もちろん、それでも楽しいですけどね」 

 

普段、メディア越しに見る松永さんの表情は硬いことが多い。交通事故の再発防止を訴える活動や被害者遺族としての意見を求められる機会が多いのだから当然といえば当然なのだが、どうしても「つらい出来事を経験した人」といったイメージが先行し、素の顔が想像しづらいと感じる人もいるはずだ。 

 

「講演やあいの会での活動以外では至って普通の生活をしていますよ。Netflixで『地面師たち』も全話観ましたし、お風呂が好きなので銭湯にも行きます。友人と外で食事もします。 

 

後は、お笑いが好きなんですよ。ハリウッドザコシショウさんやなかやまきんに君さんみたいな、勢いで笑わせてくれる方が好みです(笑)。ラップとかの音楽も好きでよく聴いています」 

 

 

最近は小さな幸せを感じることができるようになったという(画像:松永さん提供) 

 

「もちろん、事故の後しばらくはつらい日々を送っていました。僕はもともと、月に缶1本くらいしかお酒を飲まない人間だったのですが、つらさを紛らすため、酒量は増えました。そのように、事故によって受けた良くない影響も確かにあります。それでも、最近は日常の小さな幸せもちゃんと感じられるようになってきたんです」 

 

松永さんの言う「小さな幸せ」は、彼の普段の生活スタイル同様に、我々が感じるそれと全く変わらないものだった。 

 

「先ほどお風呂が好きと言いましたが、僕は平気で湯船に1時間くらい浸かっちゃう人間なんです。家でボーっとお風呂に入っている時とかに『あ、なんか今幸せだな』と感じることが多いです。だから、被害者遺族の部分以外は、普通の人と何も変わらないんですよ」 

 

写真:現代ビジネス 

 

「でも、僕に対して幸せのイメージを持たない人はやはり多いです。以前、『一生笑うことないですよね』と言われたことがあります。その人に悪意はなかったようですが、その言葉に動揺したのを覚えています」 

 

「遺族は不幸」という世間一般の遺族像自体が、遺族を苦しめてしまう場合もあるということだ。 

 

「あとは、僕が笑うと怒る人もいます。所属している『あいの会』のホームページに、僕が笑っている写真が掲載された時に『なんで笑ってるんですか?』という意見が来たことがあるんです。『あんなに悲しい経験をされたのに、笑えるのはおかしいと思います』といった理屈だったようです。悲しいけど、これが現実なんです」 

 

クレームに近い意見としか思えないが、驚くことにこうした内容の言葉が松永さんのもとに届く機会は決して少なくないという。 

 

講演で奈良を訪れた際の写真(松永さん提供) 

 

不幸なイメージを持たれ、笑うと批判が届く。それでも、松永さんはここ1年ほど「あえて笑う姿」を見せるようにしていると話す。そこには、世間とのギャップを埋めたいとの強い思いがあった。 

 

「僕の活動の根源は、真菜と莉子と約束した、2人の死を無駄にしないとの思いです。だから、事故後に記者会見をして、世間に対して、泣き、そして悲しんでいる姿を見てもらいました。それは、交通事故で遺族はこれだけ悲しい思いをするということをみなさまに知っていただくためでした。 

 

でも、最近はそこに矛盾を感じる機会も増えてきていて。なぜなら、僕は自分を不幸な人間だとは思っていないからです。確かに、不幸な出来事には遭遇しました。でも、決して不幸な人生ではない。 

 

まず、事故で苦しい時に『あいの会』というかけがえのない存在と出会うことができ、僕や妻の親族も今の活動を本当に応援してくれている。また、多くの犯罪被害者支援に繋がることもできました。僕は本当に恵まれているんです」 

 

「決して不幸ではない」。しかし、事故の再発防止活動で見せた涙により、自ら不幸な遺族像を作ってしまったのではないか。その矛盾を払拭すべく、松永さんは批判されるのを覚悟で「笑っている」のだ。 

 

「今回、僕が『自分は不幸じゃない』と発言し、それが世に出るのはすごくリスクでもあります。 

 

この発言が世に出ることによって、『本当はあまり悲しくなかったんじゃないの?』とか『2人を愛していなかったんだろ』みたいな言葉が出てくるからです。それは経験上分かります。そうした声を聞くのははっきり言ってとてもつらいです。 

 

でも、遺族が笑ってもいいじゃないですか。幸せな姿を見せてもいいじゃないですか。僕はそう考えています。“被害者遺族のかたち”にも不幸以外の多様性があってもいい。それを伝える発信も今後はしていきたいです」 

 

被害者遺族として、1人の人間してこれからも生きていく(画像:松永さん提供) 

 

「この前、歯医者に行ったら莉子と同い年くらいの子どもがいて。久しぶりにグッときちゃいましたね」 

 

取材の最後、松永さんはそんなエピソードを話してくれた。 

 

いくら月日が経とうが、最愛の家族を失った事実と悲しみが消滅する日はない。それでも、被害者遺族として、そして1人の人間として、松永さんは日々を力強く生きている。 

 

表現が適切かは分からない。ただ、彼が今後どのような生き方をしていくのかがとても楽しみだ。取材後、記者はそう思った。 

 

【さらに読む】『「再婚は、してもしなくても…」【池袋暴走事故】の被害者遺族、松永拓也さんが語る「これまでの5年間」と「今後の生き方」』 

 

週刊現代(講談社・月曜・金曜発売) 

 

 

 
 

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