( 242806 ) 2025/01/01 16:50:52 0 00 テレビ業界の足下に危機が忍び寄っているが…(写真:Leigh Prather/Shutterstock.com)
東京一極集中、地方の衰退を映すように、放送業界では東京キー局の羽振りがよい一方、ローカル局の弱体化は深刻さを増している。そうした事情を背景にして、NHKと民放が中継局を共同利用するための新会社がひっそりと誕生した。そこには、既得権益を死守したいNHKと民放、そして所管官庁である総務省の思惑が透ける。
(岡部 隆明:ジャーナリスト)
■ 石破首相、冬のボーナスは341万円
12月10日、石破茂首相に冬のボーナスが支給されました。首相の支給額は、計算上は579万円ですが、在職日数が短い上に内閣の申し合わせに伴って支給額の30%を自主返納するため341万円の支給となりました(ちなみに国会議員は319万円)。
一国のリーダーに対するボーナスとして、この金額は高いのか安いのか? 意見が分かれるかもしれません。
一方で、一般企業で働くビジネスパーソンの感覚から言って、明らかに手厚いボーナスを支給されているのがテレビのキー局です。
石破首相の支給額を念頭に、私の古巣であるテレビ朝日のある中間管理職A氏に、冬のボーナスについて「300万円以上?」と直撃したところ、次のように答えました。
「はるかに上ですよ」
そして、こう続けました。
「よい話なので記事にして構いません」
一般財団法人・労務行政研究所の調査によると、東証プライム上場企業の冬のボーナスは平均83万5133円(平均年齢39歳、全産業、183社が回答)でした。これと比較すると、高待遇であることがわかります。
キー局5社の2024年9月中間決算は、テレビ東京ホールディングス以外の4社が増収増益でした。営業局のB氏は「広告出稿がインターネットからテレビに回帰している動きもある」と嬉しそうに語っていました。
業績の良い会社が、働く人に多くのボーナスを支給するのは結構なことです。しかし、次のような話を聞かされるとどう思うでしょうか。
■ 新会社の目的「放送ネットワークの効率化」が意味するもの
12月25日、ある会社が設立されました。
NHKが、民放と中継局などの放送設備を共同利用するために立ち上げた「日本ブロードキャストネットワーク」です。
新会社の目的は「放送ネットワークの効率化」。つまり、固定費用を削減することです。今後、民放キー局も出資し、本格的な体制を整えて、2026年度に稼働を予定しています。
背景には、地方の過疎化・高齢化を反映したローカル局の苦境があります。原則として県単位に存在するローカル局は、キー局を軸にしたネットワークを形成し、報道や営業の拠点として重要な意味を持っています。
だから、経営体力や制作能力に乏しい、言わば「お荷物」のようなローカル局だとしても、切り捨てるわけにはいきません。そこで働く若い社員たちが見切りをつけて次々に退職し、先が見えなくても、です。
キー局は「ネットワーク費」などの名目でローカル局に分配金を与え、支援してきました。それでも、ローカル局の多くは赤字体質から脱却できず、キー局にとって大変悩ましい課題になっています。
そんな状況で、民放にとって「渡りに船」とばかりに、NHKを主体にして、放送設備を共同利用する話が着々と進んできたのです。共同利用を広げれば、たしかに「放送ネットワークの効率化」にはつながります。
しかし、それは事実上、体力の弱い民放ローカル局の救済にNHKの受信料を投入するということです。公共放送維持のために国民が負担する「特殊な負担金」という位置づけのNHK受信料を、民間企業の支援に使うことは妥当なのでしょうか? 一方で、先述したようにキー局では高額とも言えるボーナスを支給しているのです。
NHKを含め業界を挙げてローカル局を救おうとする裏には、放送行政の裁量権を握る総務省の思惑も隠されています。放送体制の維持は省益そのものであり、放送業界への天下りという恩恵にもあずかる利権構造があります。そこで2024年5月の放送法改正で、NHKにおける民放との連携・協力について、これまでの「努力義務」から「義務」に変えて、法的根拠を整えてきました。
ローカル局の救済や延命措置は、放送の公共性の役割からしても意義があります。それ自体は否定しません。しかし、NHKの受信料に頼る仕組みであることには疑問を抱きます。
■ 地方の放送体制維持のためにNHK受信料を投入していいのか?
NHKの2024~26年度の「経営計画」では、NHKと民放の二元体制の維持のための予算として、3年間で600億円が計上されています。この600億円は、受信料を溜め込んだ利益剰余金から出されるのです。
NHKの決算発表資料によれば、2023年度の受信料収入は6328億円です。民放キー局でトップに立つ日本テレビのテレビ広告収入は2261億円です。数字の規模感に着目すると、受信料制度が、NHKにとってよくできた仕組みであることがわかります。
テレビを見られる設備が家にあるだけで徴収される受信料制度に対して、多くの国民が強い反感を抱いています。見たい動画をサブスクで視聴するのが当たり前の時代なのに、見る・見ないに関係なく契約義務があります。また、全国で約2割の世帯が受信料を支払っていない不公平さが解消されていません。これらを踏まえると、受信料制度は奇異でしかありません。
そのうえ、民放のローカル局支援に受信料が使われるとすれば、さらなる反発を招くのではないでしょうか。地方の放送体制維持のために受信料を投入するという理屈に納得感が得られるでしょうか。
苦境にあえぐローカル局に対して、民放キー局が高収益を謳歌できるのは、放送局と広告会社とスポンサーの三位一体のビジネス構造によるものです。「テレビ離れ」と言われようが、今でも多くのスポンサーが、地上波テレビに媒体価値を認め、宣伝効果を期待しています。全盛期と比べれば視聴率が低下して、テレビ広告収入も減少していますが、番組制作費など人件費以外の費用を削減することで、社員の給与や賞与は高い水準を保てているということです。
三位一体の構造は、奇跡的なビジネススキームであり、これが維持できているのは岩盤規制に守られていることが大きいと思います。新規参入する企業はなく、地上波の広告収入という「パイ」を在京5社で分け合ってきたからです。
■ もう一つの「三位一体」
この既得権益を守るために、総務省、NHK、民放という、もう一つの三位一体で始めるのが、新会社による中継局の共同利用なのです。
岩盤規制に守られた放送業界は、高収益を享受してきた反面、新陳代謝もなく、画期的な新たなビジネスも生まれにくい体質になりました。また、横並び意識ばかりが先鋭化し、同質であることに安堵する内向き思考回路に陥りがちです。
先の衆議院議員選挙の公示後の報道は、不思議なくらい各局が同じように抑制的でした。政党との無用な対立や政治権力の介入を避けようとする「守り」の姿勢が表れているようであり、国民(有権者)に判断材料を提供する役割を放棄しているかの様相でした。
政治の世界で「壁」を壊そうという動きがあるにもかかわらず、放送業界は「壁」に閉じこもり、むしろ、それを強固にしようとしているかのようです。
そうした守旧的思想は、結局、既得権益を守りたいところに淵源があるのではないでしょうか。その自縛から自由になれるのか、それは放送業界の帰趨を左右する重要なポイントではないかと考えます。
岡部 隆明
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