( 242886 ) 2025/01/01 18:09:41 0 00 総務省が昨年末に解禁した「お試し割引」制度は、新規契約獲得を急速に進める楽天にとって新たな武器になるかもしれない(撮影:尾形文繁)
業界全体を巻き込む渦を起こしかねない「パンドラの箱」は、いつ開かれるのか――。
携帯キャリアが、通信回線の新規契約者に期間限定で料金を値引きする「お試し割引」制度が2024年12月26日、解禁された。端末販売とセットではない新規通信契約を対象に、最長6カ月、上限2万2000円(税込)の値引きが可能になる。ユーザーは1事業者につき1回のみ割引を受けられる。
従来こうしたお試し割引は、利用者の囲い込みにつながるとして総務省が禁じていた。キャリア事業に後発で参入した楽天モバイルが「新規顧客獲得に向けた乗り換えのきっかけを提供したい」と見直しを要望し、電気通信事業法の関連ガイドラインが改正された。
■楽天は「通信サービス半年無料」を例示
解禁後、キャリア4社はまだ具体的な動きを見せていないが、少なくとも制度改正のきっかけを作った楽天は早い段階で、お試し割引導入に踏み切る可能性が高い。
楽天は利用データ量に応じて料金が変動する単一のプランを提供しており、最も高いデータ無制限の料金は月額3278円(税込)だ。半年無料にしても、ちょうど条件に収まる計算になる。
実際に楽天は過去の総務省有識者会議で、「6カ月間の通信サービス無償体験または全額ポイントバック」といった施策を例示しており、「新規契約者は半年無料」などのうたい文句で導入することが想定される。新規獲得を急速に進める楽天にとって、NTTドコモなど競合キャリアからの乗り換えを促す新たな「武器」になりうる。
楽天モバイルの契約数は2023年以降、右肩上がりを続け、とくに2024年は大躍進を遂げた。
2023年末時点での全契約回線数は652万件だったが、2024年11月10日時点のデータでは、812万件まで急拡大している。楽天市場の出店事業者などを対象に訴求を図ってきた法人向けが牽引しているとみられるが、個人向けも年齢層に応じたポイント還元プログラムなどが奏功して好調だ。ただ、国内の個人向け市場は飽和しつつあることから、このペースを維持したままでの契約拡大は険しい道のりでもある。
総務省の調査では、消費者が通信事業者の乗り換えを検討するに当たり、「通信品質に不安がある」といったサービス面の懸念が乗り換えをためらう要因になっている。2020年にキャリア事業に本格参入した楽天は、「安いが、つながりにくい」といったイメージを持たれがちだった。
しかし直近では、通信品質の改善を着実に進めている。品質を評価する第三者機関、Opensignal社が2024年10月に出したレポートでは、通信規格5Gの上り・下りの速度など、全18項目のうち3項目で業界首位を獲得。エリアはまだ局所的だが、つながりやすい電波「プラチナバンド」の展開も開始した。ユーザーが気軽に品質を試せる機会を提供できれば、契約拡大の起爆剤になる可能性がある。
■「お試し割引」を総務省が認めた理由
業界全体でみると、今回の制度改正は、「攻める」立場の楽天にとって、明らかに有利に働く施策といえる。それだけに、競合キャリアなどは総務省に対し、「顧客獲得競争を激化させないか継続検証が必要」「見直しは必要十分な最低限の範囲にとどめることが重要」との要望を出していた。
料金の割引を狙って消費者が次々とキャリアを乗り換える「ホッピング」と呼ばれる行為が起こる懸念もあり、有識者からは「割引期間を最長6カ月とするのは長すぎでは」との指摘が上がったが、ある競合キャリアの関係者は「最終的に、楽天側の意向が押し通される形になった」と振り返る。なぜ、総務省は思い切った制度見直しに踏み切ったのか。
総務省の報告書では、「携帯電話市場の寡占状態は継続し、通信料金の消費者物価指数が1年前と比べ10%以上上昇する状況に鑑みれば、事業者間のさらなる競争促進が重要」と指摘している。楽天の契約が急拡大中とはいえども、通信業界では依然、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社のシェアが圧倒的だ。
総務省によると、携帯電話の契約数シェアは2024年6月時点で「大手3社」が8割超を占め、キャリアから回線を借りて事業運営する格安スマホ業者(MVNO)が計15.2%、楽天は3%にとどまる。
長年、事業者間の競争を促して携帯料金低廉化を図ってきた総務省にとっては、「第4のキャリア」として成長する楽天の存在は重要性を増しているといえる。低価格プランを引っ提げてキャリアに参入した楽天は、その直後の2021年に官製値下げが進み、出鼻をくじかれる形になった。財務危機も続いてきただけに、3社による寡占市場への逆行を回避させたい総務省の思惑も透ける。
もっとも、今後は楽天だけでなく、競合3社の動向も焦点となる。
足元では、シェア低下が続いてきたドコモが反転攻勢に乗り出すなど、通信市場の競争環境は激化しつつある(詳細はこちら)。楽天が先陣を切ってお試し割引を導入した場合、そのインパクトが大きければ、対抗策を打ち出すキャリアが現れそうだ。総務省の会議でも、「楽天がお試しSIMを配り始めたら、どこかが追随して結局全社がやり合うことになると、市場が再び荒れるのでは」(野村総研の北俊一氏)との見方が出ていた。
■“チキンレース”に陥る可能性も
通信回線をワンプランで提供している楽天に対し、競合3社はメイン、サブ、オンライン専用といった分類で、異なる料金プランを展開するのが特徴だ。今回の制度改正では、料金を割引できる期間、そして金額の上限が決められている。どのブランドでどの程度の期間や割引額を設けるか、各社が互いの腹を探り合う「チキンレース」に陥る事態も予想される。
3社がお試し割引を導入する場合、最も想定しやすいのは、ドコモの「ahamo(アハモ)」といったオンライン専用プランでの施策だ。データ量30ギガバイトを月額3000円ほどで各社提供しており、楽天のプランが意識される料金水準にある。
一方、3社の間でも状況は異なる。KDDI、ソフトバンクと違って、ドコモは競争力のあるサブブランドを持たない。お試し割引の考え方をめぐって濃淡が出る可能性もあり、前述のキャリア関係者は「ウチはしばらく他社の様子見だ」と明かす。
総務省も、お試し割引が始まれば、利用者や販売代理店の混乱を招いたり、格安スマホ業者に悪影響をもたらしたりする懸念があるとして、市場の動向を注視する。設定した割引期間を合理的に説明できるようキャリアに求めるなどしているが、「実際に始まらないと影響はわからない。ハレーションが大きければ、すぐ制度を見直すこともありうる」(総務省料金サービス課の担当者)。今後、割引を導入したキャリアから意見聴取を行ったうえで、競争促進効果を検証する方針だ。
新制度の解禁後も市場に与える影響を見通せないまま、いまだ均衡状態が保たれている通信業界。順当に楽天が口火を切ることになるのか。嵐の前の静けさが漂ったまま、新たな年を迎えている。
茶山 瞭 :東洋経済 記者
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