( 243379 )  2025/01/02 18:47:11  
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新幹線は日本の交通インフラの象徴で、高速性やサービスの向上により評価されている。

しかし、新幹線に1日乗り放題券が存在しない理由について考察した記事が紹介されている。

新幹線の運行コストやビジネス利用の特性、消費者心理、経済合理性などが背景にあり、現在の収益モデルや運行モデルを考慮して導入されていない。

将来的には地域限定や閑散期の1日乗り放題券の導入も検討される可能性が示唆されている。

(要約)

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新幹線(画像:写真AC) 

 

 新幹線は、日本を代表する交通インフラの象徴で、国内外で高く評価されている。1964(昭和39)年に開業して以来、革新的な技術とサービスで単なる移動手段を超えた存在となった。 

 

 その高速性は世界の鉄道史に名を刻み、正確な運行時間は「日本の時間厳守文化」を象徴するものとして知られている。さらに、快適な車内環境や充実したサービスのおかげで、長時間の移動でも疲れにくく、多くの旅行者やビジネス利用者に支持されている。 

 

 特に、インバウンド(訪日外国人)にとって新幹線は日本旅行の大切な体験のひとつだ。多言語対応の案内システムや、車窓からの美しい日本の風景は観光の目玉となり、多くの外国人旅行者に感動を与えている。また、東京や大阪など主要都市を短時間で結ぶ利便性は、観光だけでなく国際的なビジネス交流の促進にも大きく貢献している。 

 

 そんな便利な新幹線だが、急なビジネスや予定変更にも対応できる 

 

「1日乗り放題券」 

 

のようなチケットは存在しない。期間限定や地域限定、購入日時限定、会員限定といったフリーパス型のチケットを除けば、事実上ほとんどないのが実情だ。 

 

 以前は、元日限定で東海道新幹線のこだま号自由席(名古屋から新大阪間ではひかり号も利用可能)やJR東海管内在来線の特急列車自由席が何度でも使える「新春こだま&ワイドビューフリーきっぷ」といったチケットが販売されていた。しかし、これらは期限付きで、いつでも誰でも購入してすぐに利用できる1日乗り放題券とは異なる。 

 

 本稿では、なぜ他の公共交通では見られるような1日乗り放題券が新幹線にはないのか、その理由を掘り下げていく。 

 

新幹線(画像:写真AC) 

 

 新幹線の設計思想は、 

 

・高速性 

・正確性 

・高頻度運行 

 

を重視している。そのため、車両のイニシャルコストやランニングコストが常にかかるだけでなく、線路や電気設備などのメンテナンス費用も人件費込みで必要になる。 

 

 さらに、運転士や車掌、パーサーといった乗務スタッフの人件費や車両清掃員の人件費、車内トラブル防止のための警備員委託費など、さまざまな費用が発生する。これらの人件費は、安全運行のためにスタッフ数を維持する必要があるため、簡単に削減できない。結果的に、高コスト構造になるのは避けられない。また、鉄道はもともと 

 

「距離に応じた運賃制度」 

 

が基本設計になっている。長距離移動をすれば運賃や特急料金も高くなり、それによって前述のコストを負担する仕組みが公平だという考え方で成り立っている。加えて、新幹線は観光用途にも使われるが、主にビジネス利用が多い移動手段だ。 

 

 ここで個人消費の現状を考えてみる。賃金が上がらず物価だけが上昇している昨今、贅沢な旅行は控えざるを得ない。しかし、ビジネス利用の場合、必要な出張は職場が負担せざるを得ないため、特別に割引を提供する必要はない。職場が法人として費用を負担すれば利益を得られるので、鉄道事業者としてはその機会を逃さないように動く。 

 

 さらに、新幹線の収益は赤字ローカル線の維持といった地域公共交通事業者としての役割を支える重要な資金源にもなっている。このため、利益を生む新幹線で安易に割引を提供することは控えたいというのが本音だ。加えて、 

 

・新型新幹線の研究 

・JR東海によるリニア新幹線建設 

・JR西日本による北陸新幹線の延伸 

 

といった大型プロジェクトが控えている状況では、長期的にできるだけ利益を確保したいという判断になるのは当然だろう。 

 

 

新幹線(画像:写真AC) 

 

 新幹線の収益モデルを次の三つの視点から分析する。 

 

・固定費と変動費のバランス 

・ピークタイムの最適化 

・既存割引制度の役割 

 

 新幹線の運行には、非常に高い固定費がかかる。インフラ整備や車両のメンテナンス、スタッフの配置などは常に一定の費用が必要だ。例えば、1日乗り放題券があると、これらの固定費をカバーするための運賃収入が減少するリスクが生じる。東京と新大阪の間での片道の電気料金は26万~27万円だが、意外にも安く見える。しかし、新幹線は電動であり、環境負荷が小さくなっている。 

 

 東海道新幹線を例に挙げると、乗務員は東京、名古屋、新大阪に勤務地があり、約1400人の運転士や車掌が勤務している。また、車内販売や巡回を行うパーサーは東京と大阪で約800人、車両の清掃は東京駅と車両基地で合わせて約1400人が担当している。東京駅では、折り返し時間が限られているため、1班36人体制で清掃が行われている。さらに、終列車から始発電車までの間に、線路付近の異常を確認する作業も行われている。東海道新幹線だけで、1日1000人以上が保守作業に携わっている。 

 

 また、新幹線の16両編成(N700S)の導入費は約60億円で、補修部品費用や各種工事費、新路線開業費用、研究費用、赤字ローカル線維持費用などを含めると、相当な額が必要だということがわかる。特に、新型コロナウイルス感染症による3年間の新幹線の利用減少は、JR各社にとって大きな打撃であり、新幹線からの利益がいかに重要であったかが明らかになった。 

 

 次に、ピークタイムの最適化について。新幹線に需要が集中する時間帯に多くの利用者が殺到すると、混雑によってサービス品質が損なわれる恐れがある。1日乗り放題券のようなチケットがあれば、特定の列車を選ばずに自由に乗れるため、かなりの混雑が予想される。特に東海道新幹線ののぞみ号のように頻繁に運行される新幹線と異なり、他の路線では本数が少ない。東海道新幹線でも、ひかり号やこだま号は本数が限られている。昼間に仕事で利用すると、自由席が常に混んでいることが多い。新幹線は“多少の高級な移動手段”としてブランディングされているため、在来線との間での混雑分散を図りたいという意図がある。 

 

 最後に、既存割引制度の役割について。JR各社は期間限定や地域限定、購入日時限定、会員限定などのフリーパスを提供している。最近気になるのは、乗車日当日に購入できないフリーパスが増えてきたことだ。結局、ビジネス層を中心に、直前に手配せざるを得ない場合が多く、割引を享受できないように購入時限を設けることで、防いでいると考えられる。利益を確保するため、こうした購入時限が設けられているのは避けられないことだ。 

 

 

新幹線(画像:写真AC) 

 

 また、消費者心理と行動経済学の観点から考えると、 

 

・価格設定が与える心理的影響 

・新幹線の稀少性と特別感の喪失 

 

がある。なお、行動経済学は、経済学と心理学を組み合わせた学問で、人々が感情や認知バイアス、社会的影響などで非合理的な判断をしがちだと指摘する。 

 

 価格設定が与える心理的影響について考えると、もし常に1日乗り放題券が手に入ると、一定の金額で無制限に乗れるため、利用者が必要以上に移動する可能性が出てくる。 

 

 例えば、「せっかくなのでここまで行こう」と思って遠くまで足を延ばすこともあるだろう。筆者(高山麻里、鉄道政策リサーチャー)も同じように感じることがある。食べ放題に行くと、つい色々な料理を食べ過ぎてしまうことと同じだ。無制限だと、お得感を感じてしまい、行動に出てしまうのが人間の心理である。 

 

 これは鉄道事業者にとっては、予想外の損失につながることになる。消費者は「利用価値を最大化したい」という心理が働き、それが収益に影響を与えるため、鉄道事業者はその行動を抑制したいと考える。 

 

 また、新幹線の稀少性と特別感の喪失についても考えるべきだ。無制限の利用が可能になると、新幹線のプレミアム感が薄れてしまい、ブランド価値に悪影響を与えるリスクがある。鉄道事業者としては、新幹線をある程度高級な商品として維持したいという気持ちがある。 

 

 グリーン車を利用するVIP層や、ビジネス利用者が多く、そのために静かで治安の良い環境を保ちたいと考えている。お金を出さないなら在来線を使い、払うなら新幹線を使ってもらいたいというのが、鉄道事業者の心理だと理解できる。稀少性や特別感が失われることは、ブランディングを損ねることにつながり、現在の状況に影響を与えている。 

 

 欧州の鉄道事例を見てみると、1日乗り放題券が存在するものの、新幹線に匹敵する高速鉄道で同様の事例は少ない。長距離移動を快適に提供するため、欧州では乗客の増加を抑えたいという意図があるのだろう。 

 

 

新幹線(画像:写真AC) 

 

 今後、人口は徐々に減少し、2050年には総人口が約1億人にまで減少し、その後は1億人を下回ると予測されている。 

 

 このような状況を見据え、地域限定や閑散期に1日乗り放題券を試験的に導入することは十分に考えられる。筆者は、そうした試みが今後の可能性を探る上で重要だと考えている。また、 

 

「動的価格設定(ダイナミックプライシング)」 

 

との併用も有効な方法であり、特に閑散期にはこの実験が最適なタイミングとなるだろう。ダイナミックプライシングとは、需要と供給の状況に応じて、商品やサービスの価格をリアルタイムで調整する手法だ。これにより、企業は迅速に最適な価格を決定し、収益を最大化できる。例えば、航空券やホテルの宿泊料金、映画のチケットなどでは、ピーク時に価格が上がり、閑散時には価格が下がることがある。この価格の変動は、企業が需要の変動に柔軟に対応できるようにし、消費者にも価格のメリットを提供する。 

 

 さらに、環境負荷の軽減や地域活性化を目的として、新幹線の1日乗り放題券を導入することもひとつの選択肢となる。自動車からの転換を促すためのプロモーションも重要な施策となるだろう。新幹線が都市間移動の競争力を維持するためには、 

 

「特定の区間に特化した乗り放題券」 

 

の導入も検討できる。将来的な安定した経営戦略を構築するために、新幹線の1日乗り放題券の導入可能性を検証し、評価することが求められる。 

 

新幹線(画像:写真AC) 

 

 新幹線の1日乗り放題券が存在しない理由は、 

 

・経済的な合理性 

・運行モデルの特性 

 

にあると考えられる。鉄道事業者は、できるだけ多くの収益を上げることを目指しているため、その機会を失いたくないというのが本音だろう。 

 

 2025年3月の改正では、お得な乗り方がどんどん減っていくことが予想される。新型コロナウイルス感染症で失われた3年間を取り戻すため、また人件費の高騰や人手不足を見据えた自動運転技術の研究投資など、多額の資金を必要としている鉄道事業者の立場も理解できる。 

 

 しかし、固定観念にとらわれず、まずは実験的なアプローチで消費者の新たなニーズを満たせるかを評価する可能性はまだ残されている。もし1日乗り放題券が存在したら、皆さんはどのように利用するだろうか。 

 

高山麻里(鉄道政策リサーチャー) 

 

 

 
 

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