( 243956 )  2025/01/04 03:24:14  
00

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imamember 

 

女性客に借金などを背負わせる悪質なホストクラブが問題視されている。中には、借金返済のために売春せざるを得ない女性もいるという。週刊SPA!編集部 国際犯罪取材班『海外売春――女たちの選択――』(扶桑社新書)より、東海地方で看護師をしているサクラ(29歳)のエピソードを紹介する――。(第2回/全3回) 

 

■ホストクラブに着く前に東京に呑まれる 

 

 2023年の5月半ば。サクラは久々におしゃれをし、コロナ禍では通う頻度も落ちていた馴染みの美容室に寄ってから新幹線に飛び乗った。デートに行く前のような高揚感。久しく忘れていた感覚だった。しかし、サクラは新幹線の車内で、何度も自分に言い聞かせていた。 

 

 「ホストクラブは最初で最後にしよう。今日、聖夜に会えたらそれでおしまい」 

 

 新宿の喧騒はサクラにとって刺激的だった。歩き疲れた足を休めようとチェーンのコーヒー店から見た靖国通り。多くの人が行き交っているだけなのに、自分が過ごした地元での「陰鬱な3年間」とのギャップになぜか胸の苦しみを覚えた。 

 

 ホストクラブに着く前にすでに東京に呑み込まれてしまっていた。そんな自分を振り払うようにトイレに入り、身支度を整えた。そして、スマホの地図アプリを立ち上げると、歌舞伎町の最深部にある聖夜の店に向かった。 

 

■12万円のシャンパンを半額で注文 

 

 「インスタで見ていた聖夜とぜんぜん変わらない」 

 

 店に入ると聖夜(仮名)がいた。他の女の接客をしていたが、見ているだけで癒やされた。年下なのに落ち着きがあり、そして何より童顔で微笑んでいる。いざ自分のテーブルに来ても紳士的な振る舞いに別世界の男を見た。 

 

 「シャンパン入れて」などおねだりもない。カネを使わない自分は分不相応なのではないかと恐縮するほどだった。内勤のボーイが「初回ですのでシャンパンはすべて半額です」と囁くので「じゃぁ、一本ぐらい」と思ってしまった。 

 

 ボーイが勧めたのは12万円のシャンパンだった。財布と相談し、半額になるならと、それでも精いっぱい背伸びをした。跳び上がるほど喜んだ聖夜の笑顔がサクラにはこのうえない幸福に感じられた。 

 

 

■現金10万円を持って行った最初の夜の会計 

 

 その日の会計は9万8000円だった。それ以上使わないようと、10万円を現金で持ってきていたのだ。自分の財布の範疇で十分に楽しめた。10万円の価値がある時間だと思った。日常に戻っても頑張ろう、そう思える時間だった。 

 

 いい思い出と聖夜との時間を大切に胸にしまおうとしたとき、聖夜から思いがけない言葉を投げかけられた。 

 

 「また会いたいから、明日も来てよ」 

 

 東海地方から新幹線で来たこと。この日はビジネスホテルに泊まり、翌日は東京観光して帰ることを聖夜に包み隠さず話していたサクラは、戸惑いを隠せなかった。ただ、それ以上に胸の高鳴りを感じていた。 

 

■2日目にいきなり「付き合おうよ」 

 

 翌日。ホストクラブの開店前、サクラと聖夜はカラオケ店の個室にいた。これが同伴出勤だという。同伴というシステムがどういうものか、サクラはわかっていなかったが、聖夜がとにかく喜んでいるから、お互いにとっていいものなのだろうと思った。 

 

 しかし、サクラにとってここでの体験はショッキングなものだった。 

 

 「急に迫られたんです。個室に入ってしばらくしてキスをされて。びっくりしてカラダをよじったんですけど、力ずくで……。えっえって抵抗したんですけど」 

 

 さっきまでのどこかうれしい気持ちは吹き飛び、幻滅した。 

 

 「そんな簡単に手を出すんだ、って。やっぱり自分が生きてきた世界とは違うし、なんか不純なところだな、と」 

 

 聖夜は悪びれずに言い放った。 

 

 「好きだからキスしたかっただけだよ。付き合おうよ」 

 

 そんな甘言をすぐに信じるほど、経験がなかったわけではなかったが、サクラはなぜか嬉しかった。 

 

 それから連休のたびに歌舞伎町に通うことになった。回を重ねるごとに会計の額も増えていく。聖夜に言われるがままに100万円もの支払いをすることも珍しくなくなっていた。 

 

 ただ、聖夜はそのたびにやさしかった。一緒に食事に行けば、支払いをしてくれるし、「記念日」と言い、出会ってから1カ月後には聖夜が愛用するハイブランドの香水をプレゼントされた。ホストクラブが閉店すると、聖夜はサクラの泊まるビジネスホテルにやってきて、そして一緒に朝を迎えた。 

 

 

■お姫様扱いしてくれるホストにどっぷりハマる 

 

 この年、東京は梅雨入りしたというのに、ジトッとした不快な蒸し暑さに覆われる日が少なかった。看護師として10年近く働いているサクラは、ニュースにはさほど関心を持たないタイプだったが、朝晩の天気予報には注意を払っていた。それが、病院を訪れる高齢者との共通の話題になることが少なくないからだ。 

 

 しかし、ここ最近はそんなことすらおざなりになっていた。梅雨明けのニュースも看護師の同僚から話題を振られて知ったくらいだった。 

 

 聖夜に入れあげたサクラは、ホストクラブに入り浸っていた。きらびやかな、それでいてどこか重厚な空間、そして若くイケメンのホストたち。自分を「姫」と呼んで、文字通り“お姫様扱い”してくれる。 

 

 「地元に帰った平日は彼からのLINEがすさまじかったですね。一日に何十通もきて。ただの“お客さん”ならここまでしないだろうと、のぼせ上がっていました」 

 

■預金がどんどん減る中、「300でいいよ」 

 

 ただサクラは普通の看護師だ。1000万円あった預金は何回かのホストクラブ通いで、たちまち10分の1に減っていた。 

 

 そんな懐具合などお構いなく、聖夜はこんなことを言ってきた。 

 

 「今月もナンバーワンになりたいからお願い! シャンパンタワーしてくれない?」 

「いくら?」 

「サクラも大変だろうから、最低の額でいいよ。300」 

「そんなお金、もうないよ……」 

「だって俺たち結婚するじゃん? これは結局ふたりのお金だから。俺の給料で返すよ」 

 

 聖夜は結婚をほのめかし、頭を床に擦りつけんばかりに下げた。このときサクラが席を立てば“かりそめの関係”はそこで終わったはずだ。ただ、これまで900万円以上を使ったサクラの金銭感覚は麻痺していた。聖夜が言う300万円という金額は大した額ではないと思えてきた。 

 

 サクラは明確な返事をせず、その日を曖昧にやり過ごした。 

 

 翌週、サクラは何の結論も出さずにいつものように新幹線に乗り、聖夜のホストクラブを訪れた。シャンパンタワーの話はあの日以降LINEでも一度も話題になっていなかった。 

 

 

■勝手にシャンパンタワーが準備されていた 

 

 1週間ぶりの聖夜との再会。聖夜と過ごす時間だけは変わらず楽しかった。 

 

 しかし、この日は店内の様子がいつもと違った。シャンパンタワーが準備されていたのだ。隣に座った聖夜にサクラは聞いた。 

 

 「きれいなタワーだね。誰が入れたの?」 

「あれ、サクラのだよ」 

 

 サクラは心底驚いた。 

 

 「勝手なことしないで……」 

「なんと超超! 可愛い! 素敵な! 姫から! 愛情! いただきます!」 

 

 聖夜に抗議する声はシャンパンコールにかき消されてしまう。聖夜はサクラに流し目で礼を述べた。 

 

 「ありがとう! おかげで今月もナンバーワンでいられそうだ」 

 

 この日、サクラは初めてクレジットカードで支払いをした。1枚目のカードは限度額を超え、もう1枚を使った。2枚のカードで分けて支払いをした。飲み干したシャンパンの味はしなかった。 

 

■「サクラも海外に行ってみない?」 

 

 「これで終わる」 

 

 ホストクラブの闇を十分に感じさせる話ではあるが、当事者のサクラは違うことを考えていたという。 

 

 「これでやっと終わると思いました。もうお金が無いんだから、ホストとしては私には用済みだろうけど。このあと連絡はくれないだろうと思っていた。しかし、それ以降も変わらずに連絡をくれていたから……将来は一緒になれるのかなって」 

 

 聖夜はサクラの預金をすべて搾り取った後も、変わらずに接していた。 

 

 しかし、それはサクラを“彼女”として見ているわけではなかった。「将来も支えてほしい」などと甘言をささやきながら大事な“金づる”としか見ていなかった。物心両面で支えようとしたサクラの気も知らず。 

 

 ある日、聖夜はサクラにLINEでこんな話をもちかけた。 

 

 「この前、店で800万円のタワーがあったんだけど。それは姫が海外に1カ月行って稼いできたんだって。サクラも海外に行ってみない?」 

「海外でどうやって稼いだの?」 

「海外のソープランドみたいなところだって」 

「絶対イヤだしムリだよ」 

「お願い! もう一回ナンバーワンになったらホストを辞めてサクラと一緒になるから。もう一度だけタワーやってほしいんだ」 

 

 聖夜はサクラに海外での売春を持ちかけたのだった。 

 

 

 
 

IMAGE