( 244191 )  2025/01/04 15:23:11  
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警察庁の発表によれば、全国の警備員の数は過去最高の58万4868人(2023年12月末時点)。このうち、70歳以上の働き手は最多の20.1%(11万7411人)を占めている。 

 

高齢化が進む警備業のなかで主流をなしているのが、工事現場などで誘導灯を振り、歩行者やクルマを案内する交通誘導警備員(以下、交通誘導員)だ。 

 

そんな交通誘導員の実情を赤裸々に語った『交通誘導員ヨレヨレ日記』は、2019年に発売されるとたちまち話題になった。78歳を迎えたいまでも交通誘導員として働く著者の柏耕一さんに、シニアが支える交通誘導の現場について話を聞いた。 

 

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「今日は病院に行っていたんです」 

 

取材当日、待ち合わせ場所の喫茶店に現れた柏さんは、そう言うとゆっくり腰を下ろした。なんだか歩くのもしんどそうだ。 

 

「このくらいの歳になったら、みんな病院にお世話になりますから(笑)。歩き方、気になりました?3年ぐらい前に脳梗塞をやってしまいましてね。夏にビールを飲んでいたら、やたらと口からこぼれるからおかしいなと思って。 

 

そしたら今度は散歩中になんでもないところで転んじゃったんです。すぐに病院に行ったら脳梗塞と診断されました。早期発見だったので血液がサラサラになる薬を3年くらい飲み続けて、最近ようやく治療が終わりました。 

 

でも、足はだいぶ言うことを効かなくなりましたよ。同じ距離でも前より2倍の時間がかかるようになりました」(以下、「」内は柏さん) 

 

それだけではない。70代に突入してからは高血圧、糖尿病との付き合いも始まった。この日はかかりつけの内科に薬をもらいに行っていたのだという。1年前には白内障の手術も行い、「最近は耳も遠くなってきた」と柏さんは苦笑する。 

 

70代後半といえば、それなりの年金をもらいながらの悠々自適な生活をイメージするかもしれない。しかし、柏さんはいまも週5日間、交通誘導員としてきっちり働く。 

 

 

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「64歳まで編集プロダクションの経営者だったんですけど、資金繰りがうまくいかなくなって会社を清算したんです。滞納していた税金や取引先への支払いで資産もほとんど残りませんでした。 

 

いまの自宅は賃貸なので家賃を払わなければいけないですし、病院代や食費だってかかります。女房と娘と3人で暮らしているので、年金だけではとてもじゃないけど生きていけない。働くしかないんです」 

 

同僚のなかには70代でも夜勤を入れて30万円以上稼ぐ強者もいるというが、柏さんは「無理をしたら必ずツケが回ってくる」という考えから、日勤メインで月に18~20万円をもらっているという。 

 

セーブしているとはいえ、交通誘導員は外で立ち続けなければならない仕事だ。冬は凍えるような寒さ、夏はうだるような暑さに耐えなければならない。年齢を考えると柏さんの体調が心配になる。 

 

「冬は暖かいインナーを着たり、カイロを体に貼り付けたりすればまだ我慢できます。問題は夏ですね。すこし前に私も熱中症にやられました。 

 

9月の曇っていた日だったかな。現場に停まっているトラックのナンバーが急に読み取れなくなったんですよ。10mほどの距離しか離れていないのにどうしてだろうと思っていたら、なんだか気持ち悪くなってそのまま道で吐いてしまいました。30分ぐらい休憩したら回復しましたけどね」 

 

交通誘導員は60代以上のシニアの割合が高い。業務開始前に体調チェックを実施する現場もあるというが、それでもシニア誘導員たちの体調急変は起こってしまう。 

 

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「一緒に片側交互通行の誘導をしていた70代の同僚が、いきなり腰から崩れ落ちるところを見たことがあります。これも熱中症でした。 

 

ほとんど動けない状態だったので、現場の作業員におんぶしてもらって涼しい場所に避難させました。あと、ひと夏に3回熱中症になった60代の同僚もいました。どちらも持病持ちだったので、それも関係しているのかな……」 

 

救急車を呼ぶ騒ぎになったり、勤務中に突然死してしまったりするケースは「聞いたことがない」というが、道路上で突然倒れるだけでもリスクは大きい。場所やタイミングが悪ければ、クルマにひかれてしまう可能性もあるだろう。 

 

さらに、シニアにとって悩ましいのが尿意のコントロールだ。 

 

一般的に、高齢者は加齢による様々な要因から、トイレに行く回数が増えるとされている。もちろん、交通誘導員が配置される現場には、簡易式のトイレが設置されていたり、近くにトイレ利用が可能なコンビニや公園があったりすることが大半だ。 

 

しかし、なかには最寄りのトイレまで歩いて30分もかかるような現場もあるという。 

 

「休憩時間は基本的に1時間です。現場までクルマで来ている交通誘導員なら遠い場所のトイレでも難なくたどり着けるでしょうけど、電車で来ている私のような人間は時間内に戻って来られないかもしれない。一切の水を絶って我慢するしかありません。 

 

これまでそういった経験が3回ほどありますが、この年齢の人間にはかなりきついです。実際、我慢できずに漏らしてしまった70代の同僚もいますからね。『このあいだの現場で垂れ流しちゃったよ』と本人は笑っていましたが、心のうちでは相当恥ずかしかったと思いますよ」 

 

つづく記事〈「ビルのオーナーなのになぜ交通誘導員の仕事を…」78歳シニア誘導員が驚いた、工事現場で懸命に働く「謎のお金持ち」〉では、交通誘導員にまぎれている金持ちシニアの存在について柏さんが明かす。 

 

週刊現代(講談社・月曜・金曜発売) 

 

 

 
 

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