( 244206 ) 2025/01/04 15:40:50 0 00 「ほぼ日本一の全身刺青男」熱海さんとアニーさん(撮影・藤原良)
宮大工の祖父や父親の背中に彫られた刺青を見て育った熱海龍さん(64)は、10代から刺青を入れ始め、現在では耳まで刺青だらけて彫り師も認める「ほぼ日本一の全身刺青男」としてタトゥーイベント等で精力的な活動を展開している。【藤原良/作家・ノンフィクションライター】
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幼少時代の熱海さんは、近所の子供たちのように一般的なおもちゃやテレビヒーローも大好きだったが、祖父の背中に彫られた刺青を見て子供心に「粋だな。カッコいいな」と感じたそうである。
10代になると、普段はヤンチャに振る舞っていても、ここぞという時になると怖じ気づいて躊躇ってしまう自分の心の弱さが悩みのタネとなり、それを克服したい一心で「騎龍観音」の刺青を背中に入れた。「雷をおこす龍の力で慈雨を降らせて人々に大地の恵みをもたらす」という大意が宿っている。
「大人になると『人は誰しも決して強くない』と悟れますけど、子供の頃って自分だけが弱いんじゃないかとか、他人のことがとても羨ましく見えたりするでしょ。そうやって自分が何者なのかを探していく中で、私は騎龍観音に辿り着いた感じでした」(熱海さん)
刺青愛好家は刺青=入れ墨について「縄文時代からの習慣という説もありますが、記録として残っているのは16世紀の頃、戦国時代からになります」と言う。
「古くから刺青には『誓い、信念や宗教的なもの、社会的身分の表れ、女性なら既婚者としての表示、刑罰、個人の趣向等』と様々な意味があります。そのために刺青の模様や文様の種類が増えていったのでしょう」
この解説に沿って分類してみると、熱海さんの場合は「信念と個人の趣向」ということになるようだ。熱海さん自身も「毎回、入れる刺青の意味を考えながら彫り師さんと打ち合わせして彫ってもらってます。自分にとって刺青は『魂』と『愛』です」と言う。
熱海さんの刺青愛はその後も日に日に増大して「好きなことを極めたい」の一心で、刺青の範囲がどんどん広がっていった。
そんな折、新型コロナによる世界的なパンデミックの影響で熱海さん自身も世の中の先行きに大きな不安を感じるようになると「負けるものか!」と奮起して全身隈なく刺青を入れることを決意した。
そして、ふと気が付くと「ほぼ日本一の全身刺青男」になっていた。気合充分で生命力溢れる熱海さんだったが、60歳を過ぎた頃から体調に異変をきたして診察を受けると、肝臓がんに罹患していたことを知って愕然となった。「さすがに落ち込みました。もう死ぬのかなって」(熱海さん)
しかし、ここで熱海さんは信念を貫く。心の叫びに従ったのだ。医者からも周囲の人々からも手術を勧められたが、熱海さんは「刺青にメスをいれるわけにはいかない!」と手術することを断固拒否したのだ。
「刺青がある肌にメスやレーザーを入れれば当然、刺青の形が変わってしまいます。私にとって刺青は『魂』と『愛』ですからそれを変えるわけにはいきませんでした。むしろ手術をしないで『がんと勝負しよう!』と思いました。『闘うぞ!』ってね。これまで刺青のお陰で頑張ってこられたんで、これからはこの刺青を守って刺青に恩返しするつもりで、もっと頑張っていこう、って思ったんです。だから私の闘病は魂と愛を守り抜く信念の闘いなんです!」(熱海さん)
今でも友人たちから手術を勧められるが、熱海さんは己の「魂」と「愛」を貫き続けている。そして、医者も驚くほど熱海さんは元気溌剌としている。
「あくまでも手術をしない自分に、友人たちは『意固地になってるだけだ』って言ったりもするんですけど、もし私が死んだら、どこかの研究機関や医療機関で、私の皮膚を剥ぎ取ってもらって『全身刺青の皮膚の剥製』として研究などに役立ててもらえたらいいなって思っています」(熱海さん)
熱海さんは「剥製という新しい目標も生まれたので、絶対にメスは入れません」と笑顔で話す。まさに不退転の決意をもって闘病生活を送っている。そして、背中に彫られた騎龍観音のように人々に恵みをもたらしたい思いで、自分と同じように闘病している人々を励ましたいとも言う。
「世の中には、闘病中の人が沢山いて、それぞれが抱えている病気の種類は違うでしょうけど、闘病していることに変わりはないと思います。私のやり方が正しいかどうかは分かりませんけど、私は刺青で頑張ります。闘病中の方々も、あなたなりの『魂』と『愛』を以って信念を貫いてほしい。みんなで頑張って行きましょう!」
そうエールを送る熱海さんの口元や唇にもしっかりと刺青が彫られていた。元気いっぱいの熱海さんの刺青仲間に、シカゴ在住のアニーさん(30)というアメリカ人女性がいる。彼女の背中には和彫りの「虎」が彫られてある。
彼女が18歳の時に、人種差別に苦しんだ親友の在米日本人が自殺したのがきっかけとなってアニーさんは「自分にとって大切なものを残す」という想いで最初の刺青を彫った。それから刺青そのものにもっと興味を持つようになったそうである。
アメリカでは、タトゥーを入れる際は、電動のタトゥーマシンを使用するのが一般的で、日本の様に彫り師が刺し棒や針を使って手彫りで入れることはない。
手彫りによる日本の刺青の資料を見漁っているうちに「日本の刺青は美しい」と感銘を受けたアニーさんは、東京にある某大学院に進学するのに合わせて日本での生活をスタートさせて、念願だった手彫りによる刺青を背中に彫ることにした。
「勇敢でありたい」との願いを込めて、アニーさんは虎の刺青を背中一面に入れた。アメリカと違って、日本では刺青に対する大衆の評価が芳しくないこともあって、彼女は隠せるところにだけ刺青を入れることにしていた。東京の大学院で学位取得後に仕事の関係で、韓国で生活するようになると、日本との刺青文化の違いに触れるようになる。
「昔は日本みたいに刺青に偏見を持つ人もいたそうですけど、今の韓国では若者世代を中心にファッションの一部として刺青は人気があり、首とか顔とか、わざと見える部分に刺青を入れる人も多いですよ。刺青が見えたままプールで泳ぐことも普通にできます。誰からも白い目で見られることはありません」(アニーさん)
また日本ではまさに伝統的な刺青の雰囲気が漂う柄や模様が主流だが、韓国では限りなく実写や実物に近づけた柄や模様が人気とのこと。やがて東京に戻ったアニーさんは、韓国の頃と同じようにジムのプールに行くことにしたが、日本では「刺青お断り」のルールによって拒否されてしまう。
交渉の末、全身を隠せるスイミングスーツを着用してならプールへの立ち入りを許可するという条件付きでの入会状況となった。アニーさんは、ジム側からの条件をすべてクリアしたが、ジムのスタッフたちはアニーさんに対して、まるで「来るなよ」と言わんばかりの冷ややかな対応をとり続けたせいで、アニーさんはプールに行けなくなってしまった。
「日本では、刺青=反社というイメージが強すぎると思います。日本人はこうやって一方的な偏見でお互いを縛り合うことで自由や人生の楽しさを狭めてしまっているような気がします。刺青を入れてる人って、刺青という趣味に没頭してるって言うか、信念的に生きてるって言うか、とにかく結構気さくでスローライフ志向の人も多いんですけどね」(アニーさん)
アニーさんは「私の周りで言うと、刺青をしていない人は人のことを見た目だけですぐに判断して、プライベートでも仕事でもたくさんの出会いや様々なチャンスを失っています」と指摘する。
「日本の職場でコミュニケーション不足が原因のミスが多発していることなどは、見た目ですぐに判断する文化も影響を与えているのではないでしょうか。刺青をしている人だと、相手の刺青を見た時に『この刺青の意味は何だろう?』とか、お互いに反社の人たちと区別するためにも『人は話してみないと分からない』って考えています。偏見なく一歩ずつ歩み寄って確認することに慣れています。たとえ相手の全てを理解することはできなくても、ちょっとでも互いのことを理解しようとしていれば、お互いの良さを導き合うこともできます。その結果、お互いのミスをカバーし合うこともできるのです」
熱海さんは“アンチ刺青”の人々がSNSに誹謗中傷を投稿することが残念だと言う。
「闇バイトで逮捕された容疑者がテレビニュースで放送され、その容疑者が刺青しているところが映し出されると、その日のうちに私のSNSアカウントに『刺青は反社の証』とか『刺青なんかろくなもんじゃない』なんてメッセージが投稿されるんですよ。見た目の共通点だけで私まで反社扱いですからね。だったら黒縁メガネをしてる人が逮捕されたら日本全国で黒縁メガネをしている人は全員犯罪者なんでしょうか? 逮捕された人と同じ髪型をしていたら全員逮捕されなきゃならないんでしょうか? 反社の人と同じタイプの車に乗ってたらみんな反社の人になるんでしょうか? これってどんな社会なんでしょうか? 情報だけをかき集めて頭でっかちになっていないで、もっと人間同士の対話をしたほうが絶対にいいよ」(熱海さん)
まったくその通りだろう。ちなみにアニーさんは、母国語の英語の他に、日本語、韓国語、フランス語を流暢に話す。「色んな言葉が話せれば国や人種を飛び越えてたくさんの人たちと会話ができるので一生懸命、勉強しました」とのこと。アニーさんは熱海さんの紹介で、刺青愛好家たちが集う「刺青同心會」の会員との交流を通して、「人生ですばらしい時間を過ごせています」と言う。
「A.I.などの発達で今後も多数のコミュニケーションツールが開発され、世の中はもっと便利になり、便利であることが当たり前の社会で人間は感謝の気持ちを忘れてしまうかもしれません。実際、パソコンやスマホに『便利だな』という気持ちを持つ人も、自分のパソコンやスマホに感謝する人は少ないはずです。しかし結局のところ、最も重要なのは人と人のコミュニケーションであり、『人は人と接することで学び、人と触れ合うことで大切なものを覚えていることができる』のだと思います。人と人のコミュニケーションの重要性を再認識させてくれた刺青同心會の方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです」(アニーさん)
「ほぼ日本一の全身刺青男」の熱海さんや金髪刺青女性のアニーさんは、一見すると、近寄りがたい雰囲気もある。だが実際は“人の心”を大切にして、前向きで真摯に生きている。そんな彼らの原動力が刺青だというところに人間の奥深さを再認識させられた。
藤原良(ふじわら・りょう) 作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。著書に『山口組対山口組』、『M資金 欲望の地下資産』、『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』(以上、太田出版)など。
デイリー新潮編集部
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