( 245241 )  2025/01/06 16:14:14  
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店で使っているボード。「I am Deaf わたしは耳がきこえません」と書かれている 

 

 「I am Deaf わたしは耳がきこえません」。長野県長野市のスターバックスコーヒー長野川中島店のレジに立つ内田恵菜さん(36)=長野市=は、来店客に手書きのメッセージボードを見せる。ドリンクなどの注文は、レジに置いた指さし用のメニューで確認する。働き始めて3年。「ありがとうございます」を意味する手話と笑顔で、訪れた客に心温まる一杯を届けている。 

 

 2歳で両耳が聞こえないことが分かった。普段は補聴器をして過ごすが、笛やタイマーなどの高い音や話し声は聞き取ることができない。 

 

 高校生まで県長野ろう学校(長野市三輪)で学び、その後、日本福祉大(愛知県)に進学。大学では、耳が聞こえる「聴者」が教授の話を手書きで伝える「ノートテイク」の支援を受けたが、設備の関係で、いつも前方に座る必要があった。聴者の友人の隣に座れない。腱鞘(けんしょう)炎になったノートテイクの学生ボランティアの姿にも心を痛めた。 

 

 「これほどのデメリットの中、講義を受け続けなくてはいけないのか」。支援を受ける必要がある自分自身にも落ち込み、葛藤の末、3年生で退学を決めた。 

 

 長野県内外で転職を繰り返す中、高校時代に毎週通っていたスターバックスが浮かんだ。耳が聞こえない自分に向け、ゆっくりと話してくれたパートナー(店員)の姿。学生時代、嫌なことも忘れられる居場所の一つだった。10年前に県内の店舗で面接を受けた時は採用を見送られたが、「好きなことを仕事にしたい」と再挑戦を決意。2021年12月、4店舗目の面接だった長野川中島店で、ついに採用が決まった。 

 

 1年目は裏で仕込みなどの業務に励んだ。氷の減りにいち早く気付いて補充したり、夕方店内に陽が差せばブラインドを下げたり。耳が聞こえないからこそ磨かれた観察力を生かし、2年目はレジでの接客に挑んだ。最初は他の店員に代わるよう言われ、指さしでの注文に応じてもらえなかったことも。筆談も使い、積極的にコミュニケーションする姿勢を大切にしてきた。 

 

 

 「顔つきが明るくなったね」。久しぶりに会った友人の言葉に、自分の中で変化を感じた。来店客から手渡されたレシートに書かれた「応援しています」「頑張ってください」のメッセージが、日々の励みになっている。 

 

 店には、内田さんが働きだしてから手話を勉強し始めた店員もいる。ストアマネージャー(店長)を務める伊沢志歩美さん(31)は「内田さんがいない時も、店員同士が簡単な手話でコミュニケーションを取ることがある。内田さんの存在は店舗全体の雰囲気を明るくしている」と話す。 

 

 「耳が聞こえないことを恨んだことは一度もありません」。内田さんはこれまでを振り返り、筆談ノートにそう記した。今は店舗の中で、手話と筆談で接客する「手話カフェ」ができないかと考えている。「手話に興味はあるが、どう学べばいいか分からない人に、できることをしたい」。新たな目標に、胸をわくわくさせている。 

 

 

 
 

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