( 245366 )  2025/01/06 18:37:24  
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今年の金融政策の行方は(植田総裁) 

 

 2025年の日本の経済環境に多大な影響を与えかねないのが、日銀による政策金利の引き上げである。政策金利が上がれば、住宅ローン金利も上昇し、借入れ世帯の家計を直撃する。今年の金利はどこまで上昇するのか。それを左右するのが、「トランプ新大統領」の“公約”だ。【西岡慎一/日本総合研究所調査部・マクロ経済研究センター所長】 

 

 今年も日本銀行は利上げを続け、「金利ある世界」の復活にまた一歩近づくことが予想される。昨春、日銀は「マイナス金利」を解除し、夏場には政策金利を0.25%に引き上げた。政策金利とは、日銀が設定する基準となる短期金利のことで、国債金利や預金金利など幅広い金利に影響を及ぼす。住宅ローンの変動金利も政策金利の引き上げに連動するかたちで、昨年、多くの銀行で0.15%ほど引き上げられた。中長期の国債利回りに連動する住宅ローンの固定金利もここ数年上昇傾向をたどっている。 

 

 日銀が金利を引き上げる背景には、わが国の賃金と物価が上がっていることが挙げられる。バブル崩壊後、経済の停滞で物価が上がらなくなったことから、日銀は30年にわたって金利をほぼ0%に抑えるという異例の政策を続けてきた。ところがコロナ禍を契機に潮目が変わり、わが国でも物価が上がり始めた。これに合わせて、日銀は金融政策の正常化に着手し、金利の引き上げを開始している。日銀は2%の物価上昇を目標に定め、金利を段階的に引き上げる方針を示している。 

 

 金利がどこまで上がるかは明らかではなく、識者の予想にも幅があるが、仮に日銀の目標どおり2%の物価上昇が定着すれば、金利も2%前後に引き上げられるとの見方が一般的である。ただし、本格的な利上げはバブル期から例がないため、日銀は経済が混乱しないよう、できる限りゆっくりと金利を引き上げていく可能性が高い。今年の景気が順調に回復すれば、日銀は半年に1回のペースで利上げを実施し、本年末の政策金利は0.75%と現在の0.25%から0.5%引き上げられると予想する。 

 

 

 利上げが実施された場合、変動金利型の住宅ローンを組んでいる世帯では返済負担が増大する。先の予想通りに政策金利が0.5% 引き上げられる場合、住宅ローン金利も同じ幅で上昇する可能性が高い。その場合、返済負担の増加額は平均的な借り入れ世帯で年6万円、このうち20~30歳代の若年世帯では年9万円と計算される。これまでの低金利環境で世帯あたりの住宅ローン借入額は増える傾向にあり、若年世帯の平均借入残高は全世帯平均よりも高い3,000万円ほどに達している。さらに変動金利を選択している世帯が全体の7割近くにのぼり、日銀の利上げが返済負担に及ぼす影響はかつてよりも大きくなっている。 

 

 若年世帯の増加額が平均よりも高いのはそうした理由からだ。 

 

 多くの住宅ローン契約では、金利が5年間据え置かれる「5年ルール」が設定されているため、金利が上がったからといってすぐに返済額が増えるわけではないが、わが国が「金利ある世界」へ戻るならば、中長期的に返済額が増えることに間違いはない。 

 

 もちろん、返済額が増えたとしても、賃金が十分に上がれば、返済の負担感はその分軽くなる。昨年の春闘では、定期昇給込みで5%ほどの賃上げが実現した。住宅ローン借入世帯の平均的な可処分所得は600万円弱であることを踏まえると、仮に賃金が5%上がれば、単純計算で所得は年30万円弱増加することになる。物価高で日々の生活費がかさんでいることを考慮しても、世帯平均でみれば、金利上昇による返済負担の増大は所得の増分でカバーできる計算になる。 

 

 今年の春闘では、連合(日本労働組合総連合会)が大手を含む全体で5%以上、中小の労働組合で6%以上の賃上げを求める方針を示している。経営サイドでも、経団連(日本経済団体連合会)が賃上げの勢いを社会全体に波及させるとの方針を掲げている。賃上げ機運は相応に強いと考えられ、仮に今年も前年並みの賃上げが実現すれば、日銀の利上げによる家計の負担増はある程度軽減されよう。 

 

 一方で、今年 は米国でトランプ政権が誕生するなど不透明な要素も大きい。変動金利型で住宅ローンを組んでいる世帯にとっての重大なリスクは、所得が伸びないにもかかわらず、日銀が予想以上に金利を引き上げることである。トランプ次期大統領が公約に掲げる政策には、そのような事態を招きかねない政策が含まれている。とくに、米国の物価が上がると、わが国の金利上昇につながる可能性がある点には注意が必要である。 

 

 たとえば、トランプ氏は海外からの輸入品に関税を課す政策を提示しており、「就任初日に中国に10%、カナダとメキシコに25%の追加関税を課す大統領令に署名する」旨の意向を明らかにしている。輸入品への関税引き上げは、消費税引き上げと同じ効果を持ち、物価が上がりやすくなる。米国では、中国、カナダ、メキシコからの輸入額が約200兆円と巨額にのぼっており、公約どおりに関税が引き上げられると、米国の物価が大きく上昇する可能性が高い。さらに、トランプ氏は不法移民の排斥も強く主張しており、これも米国の労働力が削減されることで人手不足を招き、米国の賃金や物価を押し上げる。 

 

 

 米国の物価が上がると、中央銀行にあたるFRB(米国連邦準備制度理事会)は利上げを強いられる。米国では、今年に入ってから物価高がようやく収まりつつあり、利下げ局面に入ったところである。仮に、トランプ政策で物価高が再燃すると、利上げ局面に逆戻りする。米国の金利が上がると、ドル運用ニーズが強まることでドルが買われ、ドル高・円安が進みやすくなる。 

 

 円安が進みすぎると、日銀は利上げを検討せざるを得なくなる。日銀の黒田前総裁は、円安が進んでもデフレへの逆戻りを警戒して積極的な利上げを控える傾向にあった。しかし、植田総裁は、円安が進むことで物価が上がりやすくなっている点に強い関心を抱いている。実際、昨夏に実施された利上げには、過度な円安を是正する面もあったとの見方が有力である。 

 

 トランプ政権が掲げる政策の中でも、関税の引き上げはわが国を含めて世界景気にとって強いマイナス効果を持つ。トランプ氏が関税引き上げに強くこだわると、わが国では景気が悪化するなかで、日銀が予想以上の利上げを強いられかねない。住宅ローンの借り手にとっては、トランプ氏が繰り出す経済政策から目が離せない状況が当分続きそうである。 

 

西岡慎一 

大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1999年日本銀行入行後、国内外の経済調査などに従事。2021年、日本総合研究所入社し、マクロ経済研究センター副所長などを歴任。22年4月より現職。 

 

デイリー新潮編集部 

 

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