( 246811 )  2025/01/09 17:17:01  
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昨年12月30日に自宅マンションの隣家に侵入した俳優・吉沢亮さん Photo:JIJI 

 

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● 吉沢亮が浮き彫りにした ビール産業の“不都合な真実” 

 

 新年早々、アサヒビールの迅速な「火消し」が注目を集めている。 

 

 そもそもの発端は1月6日午後、人気俳優・吉沢亮さんが泥酔して自宅マンションの隣室に無断侵入したという速報が流れたことだった。警察の調べに対して吉沢さんは、「記憶を飛ばしました。トイレをしたくて、勝手に入ってしまったと思います」と述べていたという。 

 

 吉沢さんといえば、「アサヒスーパードライ ドライクリスタル」の広告キャラクターに起用されており、この年末年始にもCMが多く流れていたのでご覧になった方も多いだろう。当然、アサヒビールにはこの広告をどうするのかと取材が殺到。当初は「事実確認中」と対応をしていたが、同日21時ごろには、公式サイトから吉沢さんの画像を削除。翌7日には「アルコール飲料会社として事実を容認できるものではございません」としてCM契約を途中解除すると表明したのである。 

 

 実はアサヒビールは昨年9月、「責任ある飲酒」を推進する専門組織「Responsible Drinking部(レスドリ部)」を新設している。「飲酒に対する正しい知識を持った人を増やしていくこと」を主眼に置いた活動は、わずか3カ月で、自社の看板ブランドのイメージを担う人気俳優に「無責任な飲酒」という形で顔に泥を塗られてしまう。 

 

 アサヒビール側の怒りは容易に想像できる。“秒”で契約解除をして火消しに動くのも当然だ。ただ、そんなアサヒビールには大変気の毒な話なのだが、この騒動による「受難」はこれからが本番だと思っている。 

 

 オールドメディアは契約解除で一件落着という感じだが、ネットやSNSはそうならない。「人気イケメン俳優の酒癖の悪さ」が注目を集めたことをきっかけに、国内ビール業界がこれまでウヤムヤにしてきた「不都合な真実」に目を向ける人が増えているからだ。 

 

 まず多いのは、「なぜ日本は人気俳優をCMに起用するのか」ということだ。ご存じの方も多いだろうが、世界では酒の広告は何かしら規制されることが多い。日本のように人気のある俳優やタレントが、ビールを飲み干して「やっぱ最高!」なんてCMを流すことができる国は少ない。 

 

 そのため今回の騒動をきっかけに、「海外みたいに有名人CMをやめればこんなトラブル起きないでしょ」「そもそも日本ってビールCM多すぎじゃない?」なんてやぶ蛇な話になっているのだ。 

 

 これはビール業界にとって避けたい話題であることは言うまでもないが、オールドメディアにとっても都合の悪い話だ。人気タレントを起用する広告は、巨額マネーが動くのでマスコミにとっても大事な収入源。中でも大手ビール企業は「大のお得意様」なのだ。 

 

 ただ、実はこのような話題よりアサヒビールが恐れていることがある。それは吉沢さんが「酒に酔って警察沙汰になった」という点に注目が集まり、「飲酒と犯罪行為の関係性」が論じられるようになることだ。 

 

 こういうムードが盛り上がると、ビールをはじめとした日本の酒は、「タバコ」と同じ運命、いやそれ以上に厳しく規制されてしまう恐れもある。 

 

 昨年2月の『ストロング系酎ハイの次は「居酒屋の飲み放題」が絶滅する!“タバコの次は酒”に現実味』という記事で詳しく解説をしたが今、WHO(世界保健機関)が各国政府にプレッシャーをかけてアルコールの規制強化を求めている。 

 

 例えば、アメリカでは1月3日、保健福祉省(HHS)のマーシー医務総監が、アルコール飲料のラベルに、がんリスクへの警告を含めるよう勧告した。「タバコ並」にすべきだというのだ。もし実現すれば、同国でアルコールに警告が表示されるのは1988年以来のことだという。 

 

 

 そんな世界的なアルコール規制強化のトレンドで、「健康への害」とツートップで根拠とされているのが「社会への悪影響」――。つまりは、過剰な飲酒が暴力などの違法行為を誘発しているというのだ。 

 

 それを裏付ける「エビデンスづくり」も着々と進んでいる。昨年5月、世界的医学誌「Lancet」の東南アジア地域版に、日本とほぼ同じ人口1億3000万人を擁するインドのビハール州で行われた研究結果が発表された。 

 

 「米国International Food Policy Research InstituteのSuman Chakrabarti氏らは、2016年4月からインドのビハール州で施行された厳格な禁酒法が住民の健康に与えた影響を調べる研究を行い、導入後は男性の過体重/肥満と女性の暴力経験が減少していたと報告した」(日経メディカル24年6月20日) 

 

 男性の飲酒がDVの呼び水になるというのは、実は日本国内でもかねてから研究が進んでいる。 

 

 「飲酒とDVとの関連性には諸説ありますが、刑事処分を受けるほどのDV事件例では犯行時の飲酒は67.2%に達していたという報告があり、激しい暴力においては飲酒との相関がより強いようです」(厚労省e-ヘルスネット) 

 

 また、琉球新報によると、沖縄県警が2020年1月~11月末に摘発した全刑法犯2402人を調べると、なんと25%に当たる600人が事件当時に飲酒していた。さらに、凶悪犯48人のなかで20人(約42%)が飲酒状態。DV関連で摘発された126人の中では80人(約63%)が酒を飲んで犯行に及んでいた。 

 

 …という話をすると「酒が悪いのではなく、酒で己を見失う者が悪いのだ」と、とにかくこのような「社会への悪影響」を全力で否定したくなる人も多いだろう。ごもっともだ。しかし、一方で世間的には「真面目な社会人」とされている人が、酒を飲んだ途端に「自制心」がスコーンとどこかへ飛んでしまい、「犯罪者」へ堕ちるということが、我々のまわりでは当たり前のように起きている。 

 

 

 わかりやすいのは、吉沢さんが不法侵入する2週間ほど前、12月13日深夜、愛知県津島市で起きた暴行事件だ。日本共産党の松井由美子市議会議員(当時)が泥酔して市民病院に搬送されたのだが、そこで大暴れをして、看護師、医師や消防職員に対し蹴るなどした。3人は警察に被害届を出した。自民党の不正を厳しく追及する共産党の皆さんだって、この有り様なのだ。 

 

 それは「公僕」も同様だ。昨年6月には、警視庁公安総務課の32歳の男性巡査部長が飲酒をしてマンションの一室に不法侵入した。「スリル感を味わいたかった。飲酒して気が大きくなりやってしまった」という。昨年4月には、静岡県警の警部が知人らと酒を飲んた後、ショッピングモールを歩いていた女子高校生の胸を触って、やはり辞職をしている。 

 

 犯罪を取り締まる警察官ですらこうなのだ。一般人はさらに酷い。日本民営鉄道協会によれば、全国の私鉄16社で2024年4月~9月の半年間で、駅員が受けた暴力行為は78件だったという。そのほとんどは酒で気が大きくなった酔客によるものだ。 

 

 「社会への悪影響」では済まないような犯罪もたくさん起きている。例えば、昨年9月には、山形県三川町で28歳のアルバイト店員が酒を飲んで、住居に侵入して90歳の女性を何度も殴るなどして殺した。 

 

 昨年1月には、宮崎県都城市の27歳の男性は飲酒をして近隣の住宅に侵入、就寝中の女子高校生の背中などを刺して重傷を負わせた。犯行前に飲酒をしていた。弁護側の主張では、「犯行当時、被告は泥酔して記憶がほとんどない状態だった」(NHK 宮崎NEWS WEB 11月19日)という。 

 

 マスコミは「高齢者ドライバーがコンビニに突っ込みました!」みたいなニュースは、怪我人がいなくても大ハシャギで報じるのに、「飲酒関連の犯罪」は申し訳程度にしか報じない。先ほども申し上げた「オトナの事情」から手を抜いているのでは、と勘繰ってしまうほど「やる気」を感じない。 

 

 「ははあん、こいつはこうやってとにかく酒が悪いとふれまわって、飲酒規制を進めたい輩なのだな」と勘違いされるかもしれないが、そういうつもりはまったくない。むしろ、酒を飲むくらいしか楽しみがないので規制をされたら困る。 

 

 

● タバコ規制はWHOの圧勝 アルコール規制の現実味は? 

 

 では、なぜこんな話をしているのかというと、マスコミが報じないだけで、実態として日本は「飲酒による犯罪天国」なので、これからWHOが仕掛けるアルコール規制の動きが本格上陸したら、「タバコ」と同じくひとたまりもない、と警鐘を鳴らしたいからだ。 

 

 筆者は2000年代後半からタバコの問題を取材してきた。当時はタバコ会社や政治家に禁煙規制の可能性を聞いても、「はあ? タバコが体に悪いなんて嘘っぱちだよ」「もし飲食店を禁煙にしたら日本中の店が倒産して大パニックだよ」なんてバカにされた。 

 

 しかし、WHOが「受動喫煙防止」という世界戦略を定めて、IOC(オリンピック)のパートナーとなってから、あれよあれよという間に、オリンピック開催地を起点に禁煙規制が広がっていく。 

 

 この世界的なタバコ規制の流れに対して、日本のJTは「吸う人も吸わない人もここちよい世の中へ」という多様性路線で対抗。日本独自の「分煙」というソリューションを打ち出したが、結局は惨敗だった。 

 

 これは当然だ。「喫煙者だけではなく周囲の人間も健康被害を受ける」という受動喫煙は、「吸わない人」はちっとも心地よくない。「社会への悪影響」にフォーカスを当てたWHOの作戦勝ちだ。 

 

 そういう戦いを長年見てきた経験から、今回のアルコール規制も全く同じことが繰り返される可能性は高いと思っている。 

 

 アルコールは体に悪い、しかし社会全体への影響はもっと悪い――。そんなメッセージで各国政府にプレッシャーをかけていくのだ。そうなったとき、先ほど紹介したような「飲酒関連の犯罪」が日常茶飯事となっている日本は反論のしようがない。 

 

 タバコのときも「日本には日本のマナーがある!」「タバコも立派な文化だ!」と抵抗をしたが結局、WHOの軍門に下ったように一度、「社会への悪影響」が指摘されるとそれを跳ね返すのは不可能だ。しかも、そんな逆風の中で、「大きな悲劇」が起きてしまうと、飲酒運転厳罰化のときのように一気に規制が強化されるかもしれない。 

 

 

 
 

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