( 247296 )  2025/01/10 16:32:15  
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JR串本駅に到着した特急「くろしお」(画像:高田泰) 

 

 和歌山県を走る鉄道の利用者が急激な人口減少と車社会の進行で“危険水域”に陥っている。特に、利用促進の協議が始まっているJRきのくに線白浜以南の将来は不安でいっぱいだ――。暮れも押し詰まった2024年12月中旬、JR和歌山駅(和歌山県和歌山市)にパンダのラッピングを施した特急「くろしお」がやってきた。夏の観光シーズンと違い、車内は閑散としている。和歌山駅を出たくろしおは、温泉やパンダで有名な観光地を抱えるJR白浜駅(白浜町)で大半の乗客を降ろし、さらに南のJR新宮駅(新宮市)へ向かう。 

 

 運行している路線は紀勢本線。JR亀山駅(三重県亀山市)から紀伊半島を海沿いに回り、JR和歌山市駅(和歌山市)へ至る384.2kmの路線だ。亀山駅から新宮駅までをJR東海、新宮駅からJR和歌山市駅までをJR西日本が運行し、新宮~和歌山間にきのくに線の愛称がつけられている。 

 

 沿線のうち、新宮~白浜間95.2kmは、1987(昭和62)年度に4123人あった輸送密度(1km当たりの1日平均輸送人員)が、2023年度で935人に落ち込んだ。国土交通省の有識者会議が路線のあり方を見直す基準として示した輸送密度1000人を下回る。しかも、2023年度の赤字額は約29億円。運行本数も減る一方で、おおむね1時間に1本程度しかない。 

 

串本駅の位置(画像:OpenStreetMap) 

 

 沿線は急激な人口減少が続き、最も人口が多い新宮市で約2万6000人。あとは人口2万人に満たない小規模自治体ばかりだ。串本町やすさみ町、古座川町、太地町、那智勝浦町は2050年に2020年比で人口が半減すると推計されている。普段使いで利用を増やすには限界が見える。 

 

 期待されるのは観光利用だが、高速道路は徐々に紀伊半島南部まで進み、大阪市から所要時間約3時間で最南端の串本町に到達する。料金はETC利用で4000円足らず。これに対し、特急列車はJR大阪駅(大阪市北区)からJR串本駅(串本町)まで約7400円の運賃で3時間半近くかかる。所要時間、交通費とも競争力がない。 

 

 和歌山県と白浜町以南の沿線8自治体、JR西日本、和歌山大学は2022年、紀勢本線活性化促進協議会内に新宮白浜区間部会を設置し、利用促進策の検討に入った。 

 

・サイクルトレイン(自転車をそのまま持ち込める鉄道サービス) 

・観光列車の運行 

・団体利用への運賃補助 

 

などの対策を打ち出してきたが、まだ効果は見えない。 

 

 沿線の一部自治体から「この人口減少下で利用増は困難」と厳しい見方が出るなか、部会の事務局を務める新宮市企画調整課は 

 

「沿線で実施したアンケート調査を分析し、新しい施策を検討したい」 

 

とあきらめていない。 

 

 

紀伊勝浦駅の位置(画像:OpenStreetMap) 

 

 JR西日本は新宮~白浜間の輸送密度や営業収支を毎年公表しているが、直ちに路線廃止を視野に入れた協議を求めているわけではない。ただ、部会の初会合で 

 

「大量輸送という鉄道の特性が十分に発揮できていない」 

 

と述べ、将来のあり方について検討が必要との考えを示唆した。 

 

 JR西日本が2024年4月に提示した輸送密度2000人達成に向けた特急利用者の目標値も議論が沸騰した。提示内容は「あくまで一例」として示したものだが、 

 

・新宮駅(和歌山駅方面):84人(2022年) → 240人(2026年、186%増) 

・紀伊勝浦駅:137人 → 450人(228%増) 

・串本駅:58人 → 210人(262%増) 

・白浜駅(新宮駅方面):14人 → 40人(186%増) 

 

という現実離れした高い数字が並んでいた。 

 

 沿線自治体のうち、串本町は地域公共交通計画で駅乗降客に現状維持、新宮市、那智勝浦町、白浜町は微増の目標値を掲げている。多くの自治体がJR西日本の数字を 

 

「廃止に向けた議論と誤解される」 

 

などと反発し、8月の会合で 

 

・新宮駅:105人(25%増) 

・紀伊勝浦駅:185人(35%増) 

・串本駅:66人(14%増) 

・白浜駅:16人(14%増) 

 

と修正された。自治体の主張が通った形だが、この数字で経営改善は望めない。 

 

 串本町の民間ロケット発射場から12月中旬に打ち上げられた小型ロケットのカイロス2号は、紀伊田辺駅(田辺市)~新宮駅間を走った臨時列車に多くの乗客を集めた。那智勝浦町観光企画課は 

 

「利用促進に役立ちそう」 

 

と期待するが、打ち上げ回数が大幅に増えなければ波及効果は小さい。 

 

和歌山市内を走る和歌山電鐵の列車(画像:高田泰) 

 

 和歌山県内で経営が厳しい路線はきのくに線の新宮~白浜間だけでない。南海電鉄高野線の紀伊清水駅(橋本市)以南や和歌山市を走る加太線、和歌山港線、御坊市の紀州鉄道、和歌山市と紀の川市を結ぶ和歌山電鐵の貴志川線も苦しい状況に追い込まれている。 

 

 南海加太線の駅別1日平均の乗降客数は2023年度で127~1293人。1日1万人以上の乗降客を持つ駅が並ぶ南海本線に比べ、1~2けた少ない。和歌山港線や高野線の紀伊清水駅以南も同様だ。 

 

 紀州鉄道は年間数千万円程度の赤字を計上している。運営する東京都の不動産開発会社は赤字を 

 

「企業イメージ向上の宣伝費」 

 

と割り切っているが、踏切など安全施設の更新も苦しいという。ネコの駅長で注目を集めている和歌山電鐵は、2023年度決算の純損失が約1400万円。決して安心できる経営状態ではない。 

 

 

御坊駅で出発を待つ紀州鉄道の気動車(画像:高田泰) 

 

 このため、和歌山県は国の2025年度予算に対する重要要望で黒字路線の利益を赤字路線に配分するルール作りや赤字路線の設備維持、修繕に対する支援拡充を求めた。和歌山県総合交通政策課は 

 

「地方の鉄道路線は地域経済や住民の暮らしを支える重要なインフラ」 

 

と訴える。しかし、沿線は人口維持さえ難しい。コンパクトシティ(公共施設や商業施設、住居などを短時間でアクセスできるように配置された都市)の推進は目に見える形になっておらず、車社会の進行がとどまる気配もない。 

 

 それでも自治体が鉄道を残したいと考えるのであれば、やるべきことは利用促進や国への支援要請だけなのだろうか。限られた予算のなかで実行可能な方策があるのか、あらためて考える時期に来ているようだ。 

 

高田泰(フリージャーナリスト) 

 

 

 
 

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