( 248276 ) 2025/01/12 16:42:09 0 00 日本製鉄
「日本製鉄によるUSスチール買収計画を阻止する」――。今月3日のバイデン米大統領の声明を受け、日鉄は記者会見を開き、“徹底抗戦”の構えだ。仮に破談となれば、900億円近くの違約金を払う可能性が浮上しているためだが、実はその“代償”として得られるものもあるという。
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バイデン大統領が下した買収計画中止命令を受け、日鉄とUSスチールは「失望している。決定は明らかに法令に違反している」とそろって批判した。
退任間際のタイミングで突然、横ヤリを入れた行動の背景には何があるのか。米国政治外交が専門の同志社大学大学院准教授・三牧聖子氏がこう話す。
「バイデン大統領は阻止理由として“国家安全保障上の懸念”を挙げましたが、念頭には来年の中間選挙があると指摘されています。民主党は今回、大統領職に加え、上下両院の多数派も共和党に奪われました。接戦州の労働者票は死活的に重要で、買収に強く反対してきた全米鉄鋼労働組合(USW)の組織票は無視できない。買収阻止の実績をトランプ氏に渡さず、自らが主導することでUSWに恩を売り、労組票を民主党に取り込む狙いです」
要は、日鉄は体よく党利党略の具にされたということだが、同盟国である日本企業による米企業買収が大統領令によって阻まれるのは今回が初めてのこと。
「米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルはバイデン氏の決定を“経済的な自虐行為”と非難し、米メディアの多くも批判的です。当のUSスチールのCEOも“バイデン氏の行動は恥ずべきもので腐敗している”と痛罵しました」(全国紙経済部デスク)
日鉄側はいまも買収を諦めておらず、「あらゆる措置を講じていく」として、大統領令の無効を求め、米政府を提訴した。しかし「裁判の長期化は必至で、買収中止の判断を覆すのは困難」(三牧氏)だという。
そんな中、注目を集めるのが、頓挫した際に日鉄がUSスチールに払う5億6500万ドル(約887億円)に上る違約金の存在だ。
「インフィニティ」チーフエコノミストの田代秀敏氏が解説する。
「違約金は、正確にはリバース・ブレークアップ・フィー(RBF)といい、米企業を対象としたM&Aでは当たり前に盛り込まれる契約条項の一つです。買い手側に非のない、政治判断による未履行でも支払い義務が生じるケースは珍しくなく、通常、買収金額の1~5%程度に設定されます」
日鉄とUSスチールが買収に合意したのは2023年12月。買収額は約141億ドル(約2兆円)と発表されたが、同額のTOBとなった日本産業パートナーズと東芝のケースでは「RBFは約20億円」(前出デスク)だったとされる。
経済ジャーナリストの町田徹氏によると、
「日鉄側はUSスチール株の取得価格を〈1株当たり55ドル〉としましたが、これは合意発表前の同社株に40%ものプレミアムを上乗せした価格でした。アメリカ側への配慮が買収額だけでなく、RBFにも反映された可能性はあります」
さらに日鉄は昨年、追加の設備投資(4200億円相当)や、従業員1人につき5000ドル(約78万円)の一時金を支払う約束など、大盤振る舞いを連発。
「雇用削減や施設閉鎖も行わないなどの譲歩も重ねたため、買収メリットそのものが大きく減じていました。仮に買収が実現しても、期待通りの効果が得られるかは不透明な状況に陥りつつあったのです。900億円を払ってでも手を引いた方が、結果的に“傷口を最小限に抑えられる”と、思考を切り替える良い機会ではないか」(町田氏)
救いの手を差し伸べたつもりが、まさかのシッペ返し。とんだ横暴に、日本政府はなぜもっと怒らない。
「週刊新潮」2025年1月16日号 掲載
新潮社
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