( 249786 )  2025/01/15 15:35:30  
00

就職について話す卒業生=米倉昭仁撮影 

 

 高校生の就職が空前の売り手市場だ。今春卒の求人倍率は大学・大学院生の1.75倍(リクルートワークス研究所調べ、2024年)を大きく超える3.91倍(厚生労働省調べ、24年9月末時点)、「令和の金の卵」ともてはやされている。ところが、その就職を支援する体制が、いま、ピンチだという。 

 

*   *   * 

 

「お給料はいくらもらっていますか?」 

 

 高校1、2年の在校生から、3年前に就職した先輩たちに率直な質問が飛んだ。昨年12月中旬、東京都立町田工科高校で開かれた「卒業生の進路活動を聞く会」でのひとコマだ。 

 

「月給は手取りで約26万円。ボーナスは業績がいいと前期と後期でそれぞれ85万円くらいです」 

 

 大手精密機器メーカーに就職した男性が答えると、「おー、すげえ」と、生徒たちにどよめきが広がった。初任給や職能等級に大卒者との違いがあると答えた卒業生がいる一方、「学歴による差は全くありません」と話す食品企業に勤める女性もいた。 

 

 同校は都立高校としては唯一の総合情報科が設けられ、IT企業に就職する卒業生も増えている。相原那智さん(21)もその一人だ。 

 

「就職に際して、学校からは十分なサポートが受けられたと感じています。7月に求人票が届いてから、志望する企業を決めるまで2週間ほどしかなかったことを除けば、不満はありません」 

 

■卒業生の多くは有名企業に 

 

 同校の生徒数は男子370人、女子91人。1学年のほぼ半数、75人ほどが就職を志望する。「ここ最近は1300件前後の求人票が届きます」と、昨年度まで進路主任を務めてきた教員・提箸学(さげはし・がく)さん(51)は話す。 

 

 求人倍率は約17倍だ。全国の工業高校の求人倍率はさらに高く、20.6倍(23年卒、全国工業高等学校長協会調べ)になるなど、引く手あまたの状態だ。 

 

「卒業生の多くは有名企業や上場企業に入ります」と、提箸さんは生徒や保護者に「就職」を積極的にアピールしてきた。大学で研究者を目指すのであれば別だが、就職するのであれば、「高卒で就職したほうが志望企業に入れる可能性が高い」という。 

 

 高校生の就職には「学校推薦」という仕組みがある。企業が選定した特定の高校に求人票が届き、そのなかから生徒が就職先を選び、高校の推薦をもらったうえで就職試験を受ける。 

 

「生徒の約8割は第1志望の会社に就職しています」(提箸さん) 

 

 同校では、1年次で生徒に「営業」「製造」といった大まかな方向性を描いてもらい、2年次には「就職フェア」を開催する。 

 

「校内に企業のブースを設けてもらい、生徒が会社の人から直接話を聞けるようにします」(同) 

 

 インターンシップの受け入れ企業も募り、生徒を送り出す。 

 

 

■最後は「出陣式」で送り出す 

 

 就職活動が本格化するのは3年次だ。前年度の求人票を生徒に開示して6月中に志望企業を3、4社に絞り込んでもらう。 

 

 高校生への求人申し込みの解禁日、7月1日以降、求人票が届いたら、第1志望の企業を7月中旬までに決定してもらい、成績順に学内で選考を行う。「最終的に校長が学校推薦を出します」(同) 

 

 選考結果を各企業にも伝え、夏休み中に生徒に会社を見学してもらう。同時に履歴書の書き方を指導する。 

 

「夏休みの前半は履歴書指導で終わる、というくらい練習してもらいます。後半からは教員全員で模擬面接です」(同) 

 

 9月上旬、「出陣式」に生徒が集まり、気持ちを高めてから企業を訪れる。応募書類(調査書、履歴書)を生徒が直接届け、受験する旨を伝える。就職試験が始まるのは同月16日だ。 

 

■普通科は進学指導で手いっぱい 

 

 提箸さんの目下の悩みは、培ったノウハウをいかに若手の教員に伝えていくかだという。 

 

「特に普通科から転任してきた先生は高校生の就職の仕組みについて、知らない人が多いと感じます」(同) 

 

 今春卒業予定の高校生は全国約94万人。このうち就職希望者は12万8349人で、全体の約13.7%。学科別では普通科4万1632人、工業科4万343人、商業科1万7234人(文部科学省調べ、24年10月末時点)。 

 

「普通科の高校生の就職が最も多いわけですが、工業高校の手厚い就職支援とは大きく異なり、事実上、彼らは放置されている状態です」と、高校生の就職事情に詳しいリクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員は話す。 

 

 就職者全体を見れば、普通科高校の出身者が多いが、学校単位で見ると就職者は非常に少ないことが背景にある。たとえば、都立高校の場合、全日制の普通科は124校にあるが、昨年度、そのすべてで就職者は1桁台だった。 

 

 普通科高校では、ほとんどの生徒が進学を希望するため、教員は進路指導の大半を「進学指導」に割かざるを得ない。特にこの10年は「大学入試の総合型選抜の浸透」によって、その傾向がますます顕著になっているという。進路指導の教員は初夏から秋にかけて、総合型選抜の対策に追われるが、その時期は高校生の就職活動と重なる。 

 

「普通科高校の先生方が『就職指導』に割くエネルギーはなくなってしまうんです」(古屋さん、以下同) 

 

 

■土日返上で深夜まで 

 

 工業高校の就職支援も先細りが進んでいるという。 

 

「どの工業高校でも経験豊富な就職指導の教員は年配者が多い。1970年代前半生まれの第2次ベビーブームへの対応で大量に採用された世代で、退職が一気に進んでいます」 

 

 これまで工業高校の就職指導教員は、生徒の性格や資質を見極めながら就職の相談に乗ってきた。教員は各企業の雰囲気なども考慮しながら生徒とのマッチングを行ってきた。 

 

 マッチング機能が低下すれば、離職率が上がる。企業の信頼も揺らぐだろう。だが、従来の就職ノウハウを次の世代に伝えるのは困難だという。 

 

 工業高校の生徒の就職は、「土日返上で深夜まで働くといった、先生の熱量に支えられてきた」からだ。 

 

 不況で求人が減れば、教員は早朝から地元企業の門に立つ。経営者が出社すると、「社長、うちの生徒をどうぞよろしくお願いします」と、深々と頭を下げる。そんなことが、普通に行われてきた。だが、令和のいまだ。 

 

「そうした慣習を、若手の就職指導の先生が受け継ぐのは難しいと思います」 

 

■行政やマスコミの関心は薄い 

 

 古屋さんは高校生への就職支援は、学校単位ではなく、地域ごとに「就職センター」を設けるべきだと提唱してきた。 

 

「たとえば、埼玉県では学校を横断した就職の合同説明会が開かれています」 

 

 ただし、こうした取り組みは、まだごく一部の自治体に限られる。空前の求人倍率の陰で高校生への就職支援は崩壊しつつあるが、行政やマスコミの関心は薄いという。 

 

「みなさん大卒ばかりですから、高卒の就職に目が向かないのかもしれません」 

 

 冒頭で紹介した町田工科高校の卒業生たちの言葉からは、まぶしいくらい働くことへの情熱が伝わってきた。そんな若い世代と企業を結ぶ仕組みは、いつの時代も必要であるのは間違いない。 

 

「高校を卒業して就職するというのは価値ある選択だと思うんです。特に、人生の選択肢が多様化した現代社会においては。働くと、『なぜ勉強が必要か』が身に染みてわかる。若ければ、やり直すこともできるのですから」 

 

(AERA dot.編集部・米倉昭仁) 

 

米倉昭仁 

 

 

 
 

IMAGE