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自民党総裁に選ばれ、記者会見をする田中角栄氏=1972(昭和47)年7月5日、自民党本部 - 写真提供=共同通信社 

 

日本の景気が良くならないのはなぜか。解剖学者の養老孟司さんと精神科医の名越康文さんとの対談を収録した『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。 

 

■こんなもん生かしたって無駄だなと思う 

 

 ――「人間ってなんで死ぬんですか?」と問われたら、何と答えますか? 

 

 【養老】まあ、歳とったらわかるよ。こんなもん生かしたって無駄だなと思う。 

 

 ――死ぬことは怖くないですか? 

 

 【名越】30歳の頃は、死ぬのが怖かった。いまは、死ぬ途中が怖いかなと思う。痛い目に遭うのが嫌だから。 

 

 【養老】夜寝るでしょ。そのまま意識が戻らなかったらどうする? 保育園の子が言ってるよ。「死ぬのが怖い」って。僕は目が覚めなかったらどうしようって思わない。 

 

 【名越】僕がずっと16年間通ってたお寺のすごい和尚さんが、この間遷化されたんです。東京から日帰りでお葬式に行って座っていたときに、僕もこのままで一緒に連れてってくれたらどれだけ楽だろうと思ったけどね。 

 

 ――死んだら星になると言うじゃないですか。そういうのを聞いていたらそちら側に行くのか、とか。でも考えていると、わからなくなる。 

 

 【名越】星を見ながらずっと浸っていたら、だんだん慣れてくるかもしれないよ。 

 

 【養老】あれも俺だと思えばいいじゃない。星が言ってるよ。遠くに置かないでくれってさ(笑)。 

 

■死んだら抱えていた問題はきれいに全部消える 

 

 ――自然と一体化する、いいですね。 

 

 【養老】自分の場合はこのままいっても、低め安定で、そのまま低め低めをいくんだろうなと。 

 

 【名越】テンションが高くて判断が早い人は社会的には目立つし重宝もすると思うのですが、そういう人ばかりだと切れ味は良いけれど、単純な価値観が幅を効かせるようになって、より賢い者の知恵に全部持って行かれるような気がして仕方ありません。 

 

 【養老】きょう散歩してても、いろんな雑念が浮かぶんですよ。ほんとうに知り合いが大勢死んだなあと思って。同級生は何人も死んだ。僕の場合は、死がもっと具体的ですよ。医学部の同級生って付き合いが長いから、大学時代も長かったし、学部でも同じ時間を過ごしたし、その後もつきあいがあった。そういう連中がみんないないから、喋る相手がいない。何か言おうと思っても、みんな死んじゃったんだから。 

 

 それとね、あいつは、こういう問題を抱えていたなあということもときに思い出すわけ。でもさ、死んだら、問題も綺麗に全部消えたなと思った。 

 

 

■日本人にとっての「死の理想像」とは 

 

 【名越】その人がいなくなれば問題はなくなるんですよね。本当そう思いますよ。 

 

 【養老】その人の胸にあった問題が、死んでしまえば消えちゃうんですよね。問題自体が根底から消えちゃうから。 

 

 【名越】その問題が普遍的だと思っているでしょう。でもその自我があるわけで、自分が亡くなったらその問題もなくなる。あたかもその問題が確固としてあると思っちゃってるから。 

 

 【養老】日本人の死の理想像ってね、西行と芭蕉に尽きると思って。うろうろして、どこで死んだかわからない。何が孤独死だよって。日本人の男は昔から孤独死に決まってんだって。あとは鴨長明。似たようなもんでしょ。方丈の庵をつくってしまったから。 

 

 【名越】鴨長明は、悲惨なものを見すぎたっていうことがプラスされていそうです。 

 

 【養老】そうですね。酷い時代だったから。 

 

 【名越】ほんとうに酷い。そこが大事。 

 

 【養老】西行は鴨長明よりも少し先輩だけど、いずれにしても大変な時期。でも芭蕉は天下泰平の時期。 

 

 【名越】僕もできるだけ移動していたいです。同じ場所にいるのはイヤ。ずっと移動していたい。 

 

■個体が滅びるだけで、細胞レベルでは滅びない 

 

 ――「生物はなぜ死ぬんですか?」って問われたら、どう答えますか? 

 

 【養老】(しばらく考えて)死んでんのかな、ほんとに。考え方次第でしょう。繋がってるじゃないですか、最後なんかね。 

 

 【名越】あーー、なるほど。 

 

 【養老】たとえば細胞って繋がってるんですよ。最近は情報化社会だから、DNAが繋がっているというんだけど、生物の初めからずっとDNAは変わらない。生物の初めから変わらないものがもう一つあって、それは細胞そのものなんです。 

 

 そうでしょう。細胞が再生して、それが受精卵になってまた細胞をつくって、一度も切れてない。死んだと思ってるのは、その個体をつくる生物ですね。個体が滅びるだけで、細胞レベルでは滅びないんですよ。 

 

 【名越】そこまで広げていったら、「死ぬ」「死なない」の二択でいけば、死なない、ということになる。 

 

 【養老】時代を遡ると、血縁が中心だったので、血縁共同体があった。そうすると、それは結局、共同体全体が血の繋がりになっているので、共同体の人は自分と同じなんです。だから個体の死というのは重要じゃない。天皇家がそうでしょ。ずっと繋がっている。 

 

 【名越】Y染色体がずっと繋がっていると言わずとも。 

 

 【養老】個体になぜ寿命の制限を設けたかっていう疑問があるかもしれないけど、それは別に作ったわけじゃない。自然にそうなったんだよ。 

 

 ――人工的に生命を作ることは可能なんでしょうけれど、どうなると思いますか? 

 

 【養老】いまのところはできてないね。もし作ることが可能になっても、やらない方がいいと思うよ。どうせろくなことにならないから。できることをやるっていうのが人間の悪い癖だと思ってるから。できるようになったら当分考えたらいいんだよ。 

 

 【名越】5世代ぐらい考えたらいい。無理だろうけれど。 

 

 【養老】人間は「できる」ってことをやっちゃうんだよ。なんだか知らないけど、悪い癖だよな。 

 

 

■日本のGDPが上がらなくなった本当の理由 

 

 【養老】でも珍しくやらないこともあったんだよね、日本人。日本のGDPが全然上がらなくなって、ドイツに抜かれて4位(2023年のGDP。IMF発表)になったって大騒ぎしているでしょう。なぜそうなったか。大きな理由は公共事業をやらなかったからですよ。橋本龍太郎内閣以降だったと思うんだけど、公共事業を抑制したんですよ。それが不景気の原因だと思う。 

 

 それは政府が独自に決断したんじゃなく、政治が国民の顔を見て決めたことだと思う。いつまでも田中角栄式で開発を積極的にやって、自然をこれでもかこれでもかといじるのはもう駄目だろうということをみんなが知ったんだよ。それで公共事業を減らしたんじゃないか。そしたら当然GDPは下がりますよ。 

 

 【名越】GDPがその国の幸福度的なものを測るということではないことに気づいて、日本人が最初に“一抜け”したかもしれない。 

 

 【養老】GDPが下がってもいい、損してもいいから、無理な発展はしなくていいという判断を国民がしたのかもしれない。道路を通したり、大きな建物を作ったりするじゃないですか。すると自然を破壊するから、それで本当に良いんだろうかという疑問がわきあがってくる。自然保護のためにやめろって言うと、経済はどうするんだという反論はでてきますよ。でも、そのくらいの工事して一体どれくらい儲かるのか。 

 

■養老先生の本がたくさん出るのは「出版社のせい」 

 

 【名越】多分調べられると思いますよ。実際に経済活動として成立しているものはどれだけあるのか。 

 

 【養老】僕がその分払うからやめとけって。なにもしない方がいいだろうという。そうすると無駄な経済活動なんてしなくてすむ。 

 

 【名越】無駄な経済活動ってどれだけあるんだろうね。 

 

 【養老】中国なんて遥かに遅れて、高度成長した。でも日本だけだろう、エネルギーを使わないで公共工事を抑えて自然破壊も最小限にしているのは。国民の実質賃金が上がらないけど、国民は辛抱している。そのことを国連で日本の大使が演説したらいいんだよ。日本の国民は自然破壊がよくないことをわかってるから、やらないんだよって。 

 

 【名越】養老先生って若いころからそうですよね。論文を量産するのを途中からやめたでしょう。 

 

 【養老】もう初めから嫌だった。 

 

 【名越】養老先生はそこが一貫している。本性の部分でやらないよっていう。 

 

 【養老】僕の本がたくさん出ているって言われているけどさ、それは出版社のせいだよ。やれやれというから。でも付き合いでしょうがないから。 

 

 昨日おとといと和歌山に行っていたから、きょうも(この対談をするために都内に)来たくないけどしようがないから(笑)。 

 

 【名越】ハハハハハ、もうヘトヘトですよね。 

 

 

 

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養老 孟司(ようろう・たけし) 

解剖学者、東京大学名誉教授 

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。 

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名越 康文(なごし・やすふみ) 

精神科医 

1960年生まれ。近畿大学医学部卒業。専門は思春期精神医学、精神療法。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか 晴れやかな日々を送るための仏教心理学講義』など著書多数。 

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解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、精神科医 名越 康文 

 

 

 
 

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