( 251486 ) 2025/01/18 17:54:53 0 00 (c) Adobe Stock
リクルートによると、2013年度の転職者数を1とすると2023年度は3.41倍に伸長した。女性たけにしぼると5.09倍になっている。転職が当たり前の世の中に変わってきた。経済学者の竹中平蔵氏は「雇用の流動性が上がることはいいことだ」と指摘する。またただ社員が辞めるのが当たり前の世の中になると、今度は企業が「いかに社員に会社にのこってもらうか」ということが課題になってくる。竹中平蔵氏が解説するーー。
経済は生産要素を組み合わせることによって付加価値を生み出します。そして主な生産要素は三つあります。「資本」「テクノロジー」「労働力」です。その要素を効率よく使えれば経済全体が発展していきますし、生産性が高まれば労働者の給料も上がっていきます。
抽象的ではありますが、それが経済を回して生活を良くしていく大原則です。その三つの要素の中でも、特に重要なのが「労働力」になります。「資本」も「テクノロジー」もうまく使うのは、人間であり労働力です。
その人間が病気をせずに、楽しく仕事ができれば、企業の生産性もあがっていきます。そして優秀な人材が辞めにくくなります。逆に不健康な社員が多いと、従業員が休みがちになり生産性は下がります。そして優秀な人材から会社を去っていきます。雇用の流動性が高まれば、今度は会社がいかに社員をやめさせないようにするか、努力が求められます。それでは会社は、従業員に健康的に働いてもらうためにはどうするべきでしょうか。
これは私のような高齢者にも言えることですが、まずは良質な睡眠、適度な運動、健康的な食事の摂取は大事です。これは何歳になっても重要なポイントです。しかし経営の観点で一番大切なことはストレス管理だと思っています。
仕事をしていればストレスは嫌でも社員にかかってきます。どこの業種もマーケット環境は厳しいわけですから。だからこそそれ以外の不要なストレス、例えば社内の人間関係によるストレスなどをできるだけ感じさせないようにするのが最高の「健康経営」だと思います。社員のストレスをできるだけリリースする努力を経営者はするべきなのです。
もちろん給料も一つです。生活に困らない給料を従業員に支払うべきですし、人事評価をフェアでオープンなものにすることも大切です。
育児休暇を気兼ねすることなく長くとれることもストレス軽減につながります。
この育児休暇の問題は東京の人口集中問題につながってきます。なぜ地方から東京に流出するのは女性が多いのか。それは地方の中小企業だとなかなか育児休暇などの制度が整っておらず女性が働くということにストレスがあるからです。だからこそ、企業が本質的な健康経営に取り組むということは都市部への人口流出の抑制にもつながるのです。
渡部昇一の『知的生活の方法』(1976年、講談社)にはこう記されています。「カントの生活が示すように、専門的な勉強、あるいは職業的な仕事のみでは知的生活は不十分である。どうしても知的な関心を持つ人との、肩のこらない交流と、特別な目的に束縛されない自由な読書のための時間がなければならない」。
日本のビジネスパーソンはストレスのはけ口をアルコールに求めることが少なくありません。これを渡部昇一に言わせれば「ビールは心を平和にする作用があるので、心を休めたいときは、知的生活者にも多いに有益のようである」といいます。タバコについては「節度をもってすえばカントはじめ、多くの知力のすぐれた人たちの例から見ても、頭の働きには害はないと言ってよいだろう」と述べています。
時代の違いも多少はあるでしょうが、仕事などでため込んだストレスはリリースする必要があります。リリース仕方は人によって異なりますが、お酒を飲んでリリースする人もいれば、友達と話をすることによってリリースする人もいます。
これはつまりどういうことかというと、大切なのは「自由さ」なのです。社員に自由にいろいろなことをできるような環境を提供してあげるべきなのです。例えば危険な作業が伴う高いストレスがかかるような職種には喫煙者が多いといいます。やっぱりタバコを吸う人のために喫煙室は用意するべきですよね。移動に関する自由も重要です。自宅での作業やや通勤にかかる費用をサポートすれば社員がより働きやすくなります。
会社として、家庭と仕事を両立できるようなサポートをしていく、その文化に対して理解していく、トップが日頃からそういうメッセージを発信していく。それが重要です。
私も常にストレスのリリースを意識して生きてきました。私はお酒を飲まないから、私にとってのリリースは全く別のことに夢中になることでした。それは本や文章を書くことでした。
資生堂の元社長、故・福原義春氏は「ハイフニスト」という言葉を使っていました。ハイフニストとは造語で「違った領域を結びつけて活動する人」という意味です。福原氏は本業のほか、ランの栽培と写真撮影の名手として知られていました。
私も若い頃は「銀行員-(ハイフン)エコノミスト」として活動してきましたが、このハイフンがあることがとてもリリースになるのです。片一方が不調のとき、もう片一方が助けてくれるのです。そして様々な道を極めれば極めるほどどの道も似てくるのです。基本を大切にすることや人との関係を重視しなくてはいけないことなど。
日本銀行理事であった故・吉野俊彦氏は森鴎外研究でも有名でした。彼は宴会には出ないで12時までエコノミストとしての勉強をしたあと、12時になったら第二書房に移って森鴎外の研究をしていました。
かつてはそういう人がいたんですね。でもいつからか日本の会社は社員に一つの職業に専念することを求めるようになっていました。私は安倍晋三内閣の最初の産業競争力会議からみてきましたが、当時経団連は副業の解禁に大反対しました。しかしそれは私たちから言ったら憲法違反です。
仕事している時は仕事に専念する義務がありますが、それ以降の時間は映画をみようが酒を飲もうが別の仕事をしようと関係ありません(守秘義務さえ守れば)。
今みたいな雇用の流動化を求められている時代には、副業とはとても意味のあることです。次の仕事にもつながります。
副業はシェアリング・エコノミーの究極です。人生の幅が広がることにもなるので、すごくいいことだと思います。
私も大学を卒業して日本開発銀行に就職したころ、「自分の本を出そう」と決意しました。一冊の本を出すには、400字詰めの原稿用紙で300枚ほど書けば達成できます。そうすると、1日3枚書けば100日で本が書けると逆算しました。それからは、上司から飲み会に誘われても、毎日家に帰ってから1日3枚とにかく書きそうやって当初の予定通りほぼ100日で自著を完成させました。
いずれにせよ、個人事業主として稼ぐ鍵は、生産性を上げるために勉強といった自己投資をすることです。生産性が上がれば得られるリターンも大きくなります。生きている時間が有限であることを踏まえれば、当然取り掛かるべきでしょう。例えばAIの専門家は今後必要となってくる職業です。お金を払ってでもAIの勉強をすれば、将来的には金銭的リターンが大きくなることが予測されます。サイバーセキュリティ、データサイエンス、アートなどの分野も同様です。
さて、チャリー・チャップリンは「人生に必要なのは、夢と勇気とサムマネー」と言いました。重要なのは、一歩踏み出す勇気で、お金は少しあればいい。ちょっとしたことに不満を持つのではなく、自分を変える勇気を持つことが、豊かな人生を送る鍵なのではないでしょうか。
竹中 平蔵
|
![]() |