( 252476 )  2025/01/20 17:07:50  
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 新卒の初任給を引き上げる企業が相次いでいる。人口減少社会の到来を背景とする人材獲得競争は熾烈で、大手企業を中心に新卒社員の初任給を30万円台にアップさせる動きが加速しているのだ。近年、高水準にある賃上げも含めれば若者にとっては歓迎すべき流れと言える。一方、「悲劇の世代」といわれる就職氷河期世代は恩恵をなんら得ることなく、2040年代から苦悩の老後を迎える。経済アナリストの佐藤健太氏は「『世代間格差』が激しく、40代後半から50代前半のサラリーマンは『もう、やっていられないよ』というのが本音だろう」と見る。その悲惨すぎるワケとは――。 

 

 オッサンはもう不要なのか。このような嘆きが「就職氷河期世代」からは聞こえてきそうだ。1971~74年生まれの団塊ジュニア世代に続く彼らは、「就職氷河期に遭遇」「給与が上がらない」「退職金も低下」という三重苦を嫌というほど味わってきた。2040年代には第2次ベビーブームに生まれた団塊ジュニアが高齢者となり、就職氷河期世代もシニアの仲間入りをする。 

 

 団塊ジュニア世代の前までは高度経済成長、あるいはバブル経済の恩恵を何らかつかんできた。経済成長とともに月給も上昇し、退職金をガッポリもらいながら年金とともにシニアライフを満喫することが可能だったと言える。だが、団塊ジュニア世代や就職氷河期世代はバブル崩壊に伴い人件費削減の流れが生じた最悪のタイミングで社会人となったのだ。 

 

 1990年代から2000年代は「就職氷河期」といわれ、特に1974~83年生まれの「就職氷河期世代」は新卒就業率(大卒)が69.7%と平年よりも10%ポイント以上も低かった。正規雇用比率を見ても、それ以前の世代に比べて30歳前後(男性)で約10%も低いという“最も悲惨な世代”だ。 

 

 筆者の周りにいる就職氷河期世代は、大学を卒業しても思うように就職先が見つからず、今や死語になったであろう「就職浪人」の末、やむなく非正規雇用の道を歩んだ人も珍しくはない。学歴で区別され、圧迫面接で「キミの代わりはいくらでもいるんだ」などと嫌みをいわれながら、やっとの思いで内定を勝ち取った人々も「給与が上がらない」「バブル入社組が上に詰まっていて出世できない」「退職金制度がまた改悪された」と悲惨な待遇を嘆いてきた。 

 

 

 親ガチャならぬ、世代ガチャという言葉が脳裏に浮かびながらも懸命に日本社会を支えてきたヒーロー、ヒロインと言える。にもかかわらず、最近は「パーカーを着るな」「若い世代を理解しろ」などと突き放されることも少なくない。転職するにしてもシニアの再就職は難度が上がり、流行りのAI(人工知能)などの活用に手を焼くケースもみられている。 

 

 その一方で、厚生労働省と文部科学省がまとめた2024年4月1日現在の大学生の就職率は98.1%(前年同期比0.8ポイント増)と過去最高になった。産労総合研究所が2024年7月に発表した「初任給調査」(2024年度)によると、同年4月入社者の初任給を「引き上げた」企業は、2023年度調査に比べ7.5ポイント増の75.6%に達した。1997年度以降で最も高く、27年ぶりに7割を超えたという。 

 

 2024年度の初任給は、1992年度以来32年ぶりに全学歴で前年度から3%超の増額となり、大卒が22万5457円(前年度比3.85%増)、高卒は18万8168円(同4.58%増)だ。初任給を引き上げた理由(複数回答)は「人材を確保するため」が73.5%で最も多かった。 

 

 深刻化する人口減や若者の定着率をにらめば、企業が人材獲得のため「好待遇」に動き出すのは当然だ。「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは2025年3月入社の初任給を33万円に3万円引き上げると発表。明治安田生命保険も2025年度に29万5000円から33万2000円(固定残業代を含む)に増額する。 

 

 三井住友銀行は2026年4月入行の大卒初任給を月額30万円に4万5000円アップし、東京海上日動火災保険は来年4月入社の大卒初任給(総合職)を最大で13万円引き上げ、41万円にするという。大手総合商社や建設業なども初任給を月額30万円台にアップする計画を立てる。就職氷河期世代の初任給が20万円弱だったことを考えれば、何とも羨ましいものだ。 

 

 ただ、団塊ジュニアや就職氷河期世代には「羨ましい」だけでは済まない事情がある。それは先に触れたように初任給だけではなく、30年近くも給与が思うように上がらず、退職金額も減ってきているからだ。しかも非正規雇用を余儀なくされた世代であり、シニアライフを支える年金受給額への影響も避けられない。 

 

 

 厚生労働省の「賃金事情等総合調査」(2021年)によれば、退職金の額は以前と比べて減少傾向にある。2007年の平均額は2491万円だったが、大企業でも約2230万円にまで減っている。中小企業の場合はそれよりも1000万円ほど低い。退職給付制度がある企業そのものの割合も15年前から1割近く低下した。コツコツと真面目に働き続けてきても、老後資金の大事な収入源すら失いかねない悲惨な世代と言える。 

 

 しかも、団塊ジュニアや就職氷河期世代は一定の年齢になると役職を外される「役職定年制」の対象となっている。部長級や課長級といった管理職から外れて専門職に就いたり、降格になったりする制度だ。入社した際に定着していた年功序列制度に基づけば、本来ならば加齢とともに賃金は上昇していくはずだった。しかし、役職定年制によって賃金は抑えられることになる。公益財団法人「ダイヤ高齢社会研究財団」と明治安田生活福祉研究所の調査(2018年)によれば、役職定年で4割の人の年収が半分未満に減少し、6割がモチベーションを低下している。年齢によって年収が「役職定年前の半分」にまで下がってしまうのだ。 

 

 役職定年ならば、まだ良い方だと指摘する向きもあるだろう。東京商工リサーチによれば、2024年に「早期・希望退職募集」が判明した上場企業は57社に上り、前年から39.0%増加している。募集人員は前年から3倍の計1万人を突破し、黒字企業の募集人数が全体の約8割を占める。2025年も募集が加速する可能性は高いとしている。 

 

 早期・希望退職募集の対象は、団塊ジュニアや就職氷河期世代に限ったことではないだろうが、会社に残ったとしても役職定年制によって所得が減り、転職するにしても「シニアの壁」が立ちはだかる。いつの間にか年功序列型賃金システムは失われ、夢に描いた退職金ガッポリからの老後生活満喫も危ういとなれば、「俺たちが一体、何をしたって言うんだ」とでも言いたくなるのではないか。 

 

 バブル崩壊後の就職難に社会に飛び立った彼らは「ロストジェネレーション(ロスジェネ)世代」とも言われる。デフレ経済下に適切な対応策を打てなかった国に翻弄され、時代の犠牲になった世代だ。見方を変えれば、この「最も悲惨な世代」が本来もらえるはずだった賃金が現在の若者に充てられていると言えるだろう。 

 

 

 石破茂首相は1月6日の年頭記者会見で「『今日より明日は良くなる』と実感し、自分の夢に挑戦し、自己実現を図っていける」という国を目指すと表明した。 

 

 石破氏が目指すという「楽しい日本」とは、「『今日より明日は良くなる』と実感し、自分の夢に挑戦し、自己実現を図っていける。そういう活力ある国家」であるそうだが、その1本目の矢として「令和の日本列島改造」を位置づける意味がわからない。高度経済成長期の長期経済政策と同じことができないように、田中角栄元首相の「日本列島改造」はインフラ整備が進んでいなかった時代のものだ。 

 

 国家として人口減少社会に手を打っていくのは当然だが、首相はもっと「不遇の世代」の声に耳を傾ける必要があるだろう。増税プランや社会保険料アップなどが続いていけば、彼らの嘆きは怒りに変わり、爆発しかねないところまで来ているのは間違いない。 

 

 

 
 

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