( 254016 )  2025/01/23 15:41:26  
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USスティールの買収を計画している日本製鉄 

 

 日本製鉄がUSスチールの買収を計画しているが、アメリカ鉄鋼大手のクリーブランド・クリフスが異議を申し立てた。同社もUSスチールの買収を目論んでいたが、その額は日本製鉄による金額よりも安い。そんな中、クリフスのゴンカルベスCEOの会見があまりにも差別的だと話題になった。まぁ、1987年から1992年までアメリカで中高生時代を過ごした筆者の感想は、「保守的なアメリカ人はそんなもんだろう」である。 

 

 結局、心の奥底では日本、そしてアジアに対する差別意識が根強いのだ。それは過去に多くのアメリカ人と接してきたからよく分かる。アジア人を表現する時、何かと目を吊り上げるゼスチャーをしたりするのはその典型である。特に、アメリカ本土を攻撃した国として、そして1980年代に経済戦争でアメリカに勝利した国として、日本への恨みと差別はきわめて根強い。 

 

 安易に「オオタニさんを全米が絶賛」「『SHOGUN将軍』がゴールデングローブ賞を受賞、全米が称賛」「河村勇輝がアメリカのファンの心を鷲掴み」といった呑気な報道を信じてはいけないのである。TBSの報道では、USスチールの買収を目指していたクリフスのゴンカルベスCEOが以下のように発言したことが紹介された。 

 

「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い。日本は中国にダンピング(不当廉売)や過剰生産の方法を教えた」 

 

 さらに、第二次世界大戦を念頭にこうも述べた 

 

「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年から何も学んでいない。私たちがいかに良心的で寛容かを学んでいない。我々の血を吸うのはやめろ、我々はアメリカ人だ。我々はアメリカ人を愛し、アメリカを愛している」 

 

 ゴンカルベスCEOの「1945年から何も学んでいない」発言は、「アメリカ様には敵わないのはあの時に分かっただろう。それなのにお前らはなぜアメリカ様に楯突くのだ!」という意図を感じられる。ブラジル系の同氏だが、アメリカの保守派の支持を集め、あわよくば、自社によるUSスチールの買収条件よりも高い金額を出した日本製鉄が買収から撤退することを目論んでいるのかもしれない。 

 

 実際、この手の発言をするアメリカの保守系のオッサンにはこれまで何度も会ってきた。私は日本がイケイケだった時期にアメリカの中西部・イリノイ州で中高生時代を過ごしたのだが、ショッピングモールを歩いていたら、突然、でっぷりと太った白人のオッサンから「Remember Pearl Harbor」と言われたことがある。「So what, remember Hiroshima and Nagasaki」と言い返したが、「お前らが先にアメリカ様に戦争を吹っ掛けたのだから当然の報いだ」と言われた。これをショッピングモールで高校生に言うか?  

 

 

 当然、日本に好意的なアメリカ人も大勢いるものの、それはあくまでも東海岸と西海岸のリベラルな土地の話である。鉄鋼が盛んなクリーブランドやピッツバーグといった保守的な地域では、アメリカ第一主義が当然の選択となる。それはデトロイトのような自動車の街でも同様だ。1980年代、デトロイトの米自動車メーカーの労働者が、ハンマーで日本車を破壊するパフォーマンスを見せたが、これこそ彼らの本音である。 

 

 GM、フォード、クライスラーというアメリカの誇りをトヨタ、ホンダ、日産に“完膚なきまでに叩き潰された”と考えた保守派は、当時、日本への強い怒りを抱いていた。当然、その思いは自身の子や孫に受け継がれ、そうした思想は今でも間違いなく残っているのである。その頃、アメリカの消費者から日本車が選ばれた理由は、燃費が良く、価格もそこまで高くなく、アメ車と比べて故障しなかったからである。消費者が重視する項目で優れていたわけで、日本車が売れるのは自然な流れだ。 

 

 だが、未だにパールハーバーや太平洋戦争を持ち出すアメリカ人は、日本人を卑怯で小ズルい悪党扱いをしている。不当に安く輸出をするなどして、アメ車を潰したと考えていたのだ。とにかくアメリカは正義で日本は悪者――。それがまさにゴンカルベスCEOの発言に表れている。トランプ氏はアメリカの産業を守るべく、関税を高める方針を明言している。 

 

 正直、世界にとっては厄介な存在ではあるのだが、お人好しな日本の保守派は、安倍晋三氏とトランプ氏の「蜜月」こそが素晴らしかったという甘美なる記憶に浸っており、トランプ政権になれば日米関係が良好になると考えている。 

 

 ンなわけない。トランプ氏も基本はアメリカファーストの保守派で、ゴンカルベスCEO的な人からの支持を得て、アメリカファーストに邁進することであろう。その時、「反日」「反アジア」は重要なカードだ。 

 

 一般のアメリカ人は日本を同盟国とは思っていない。アメリカ政府も本心では「中国とロシアを牽制するための地政学的に価値ある属国」と思っているだろう。だから、利用できる時は利用することしか考えていない。政治家・企業家は中国や日本を批判することで、保守派の支持は得られる。 

 

 MLBについても、日本人差別は存在する。大谷翔平はどう考えてもMVPだろう、といった年でも「ゲレーロJr.の方がすごい」「ジャッジの方がすごい」「DHの選手にMVPはあげられない」などと、メジャーのレジェンド解説者がスポーツ番組で大谷のMVP獲得に異議を呈する。 

 

 これはよく理解できる。とにかくアメリカの保守派はプライドが高すぎるのだ。ベースボール発祥の地で日本人に何度もMVPを取らせるわけにはいかないと考え、屁理屈をひねくりだしては大谷のMVPはおかしい、と主張するのだ。 

 

 トランプ政権になれば、この傾向はより強くなるかもしれない。なぜなら保守的なアメリカ人は日本のことが嫌いだからだ。彼の国をあまり友好国と捉えない方がいいかもしれない。適度に距離を置き、日本はコウモリのように、ミーハー的に東南アジアやオセアニア各国と仲良くすればいい。アメリカに忠義を尽くす必要はない。 

 

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 

1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。 

 

デイリー新潮編集部 

 

新潮社 

 

 

 
 

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