( 254521 )  2025/01/24 15:04:39  
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タレントの中居正広さんが芸能活動を引退することを伝える街頭モニター=23日午後、東京・秋葉原(写真:共同通信社) 

 

 (西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者) 

 

■ 中居氏引退、窮地のフジテレビ 

 

 外観から華やかなテレビ局だが、一歩その中に足を踏み入れると、総じて雑然としている。スタジオだけではなく、デスクもである。その雑然さは一般企業のそれとは比較にならないものである。一昔前と比べればだいぶ変わったが、24時間365日、昼夜問わず稼働しているので、生活感も強く滲み出ている。 

 

 だがよく見てみれば、大阪の読売テレビや東京のテレビ東京のように新しいモダンなものもあるが、外観の意匠もバブル期以前のもので奇妙な印象を与えるものが大半だ。 

 

 湾岸のお台場にそびえ立つフジテレビ本社ビルはその代表といえる。 

 

 現在の技術革新は凄まじい。スタジオも自動化が進み必要な人手は減り、バーチャル合成、カメラのクオリティも日進月歩だ。多くの人が馴染んでいるネット動画は、スマホ一つ、手持ちの小型カメラの機材などで撮影されていたりする。 

 

 実際、巨大スタジオの必要性はバラエティ番組などに限られている(地方局のスタジオは総じて小さいが、それでもかたちになっている)。放送業界もデジタル化されたバーチャルスタジオの必要性などを主張しつつ、高額であることから総務省に対して補助を要望してきた経緯もある。 

 

 すでに放送の世界でもアナログの大艦巨砲主義の時代は終わりつつあるのは明らかだが、かつての投資の名残でもある箱物にとらわれて身動きできなくなってしまっているかのようだ。 

 

 本稿を書いている途中で、中居正広氏の芸能界引退の報が飛び込んできた。 

 

 ◎中居正広さん芸能界引退 ファンクラブ向けサイトで発表 - 日本経済新聞 

 

 一連の疑惑とその後のスポンサー企業のCM出稿停止などにフジテレビが大きく揺れている。かつて、全日、ゴールデン、プライムのすべての時間帯を抑え、三冠王の常連だった同社だが、見る影もないほどに、放送事業者としての窮地に立たされている。 

 

 事態は深刻だ。 

 

 

■ 総務省が「放送免許の取り消し処分」を下す可能性は?  

 

 スポンサーの広告出稿停止、見直しが続いている。すでに50社を超えているという。 

 

 ◎フジテレビCM差し止め50社超 スポンサー離れ一気に加速…新たに40社以上「総合的に判断」|日刊スポーツ 

 

 在京キー局にとどまらず、系列局にも及んでいる。 

 

 ◎関西テレビ、フジテレビの騒動の影響 30数社からCM差し替えなど依頼 大多亮社長「しっかりと調査進めてほしい」と憂慮示す | ORICON NEWS 

 

 ◎フジテレビCM差し替えは全国に波及「顧客から見れば系列局もフジ」 スポンサーを呼び戻すために必要なことは:東京新聞デジタル 

 

 フジテレビ(HD)それ自体は事業のポートフォリオが多様であることから、直ちに経営危機に至るとまではいえないだろうが、経営基盤が脆弱な地方系列局における影響の方が深刻に思われる。 

 

 フジテレビにおけるスキャンダル疑惑が本来は別企業である系列局にも及ぶ時代になった。フジテレビ系列以外の放送事業者においても、不適切な性的接触の有無などを調査する動きが急拡大している 

 

 フジテレビのスキャンダルは幾つもの「不適切さ」が重なっている。 

 

 関西テレビ社長で当時フジテレビ専務だった大多社長の会見によれば、23年6月に問題を把握し社長とも共有したとされる。 

 

 でありながら、会見や問題対応までに1年半以上の時間がかかっていること、週刊誌報道による公表がきっかけであってフジテレビの自主的対応ではないこと、番組中止等の動きが遅かったこと、またフジテレビの会見がまったくクローズドで不十分なものであったこと、放送事業者でありながらテレビカメラを入れた会見を拒否したことなどにも強い非難が集まった。 

 

 ◎テレビカメラ不可のフジ社長会見、社内外から批判「何のための会見か」…他局でも芸能関係者との関係調査始まる : 読売新聞オンライン 

 

 こうした一連の疑惑に対してネットでは、放送政策を所掌する総務省に対して放送免許の取り消しや電波停止など、厳しい処分を求める声がすでに多数見受けられる。 

 

 気持ちはわからなくはないが、そこは一呼吸おいて、総務省が放送事業者を処分することの意味を冷静に想起したい。 

 

 総務省による放送事業者に対する行政処分とは、行政による権力の行使であり、いわゆる権力の介入にあたる可能性も懸念されることから極めて慎重でなければならない。放送事業者と、表現の自由の萎縮に繋がりかねないからだ。 

 

 そのことから、放送行政は全般に内容規制に留意した規制になっており、事業者とBPO等の業界団体による自主規制を尊重する経緯がある(それでも日本の放送行政においては様々な課題が指摘されている)。 

 

 直近では、総務省が東北新社メディアサービスが外資規制(外資出資比率違反)に抵触したとして、2021年に衛星放送事業の認定を取り消す行政処分を行っている。だが、特に2000年代以降、多くのやらせ、虚偽報道、番組基準違反が社会問題化したものの、いずれも行政処分ではなく行政指導にとどまってきた。 

 

 そして総務省の行政処分、行政指導を遡ってみても、今回の事例のようなケースでの処分事例はあまり見当たらない。 

 

 とはいえ、これまで放送事業者による自主的規律が十分だったかといえばそうも思われない。いよいよそのツケが回っているようにも思われる。 

 

 

■ 時代遅れになりつつあるマスメディアの透明度 

 

 例えば番組審議会などにしても、熱意や公開の程度は事業者によって相当のギャップがある。メンバーの年齢、男女比など、NHKのように明確な配慮が認められる事業者もあれば、番組編成や制作における利益相反性に対する疑義すらわいてくる「著名人」をずらりと並べているような事業者もある。 

 

 これでは到底、「自主規制」の説得力を感じられないし、社会的信頼を得られないのではないか。 

 

 電波の独占や、新聞社でいえば軽減税率が適用されているような状況だけに、その地位に甘んじているようでは困る。早急の改善が求められる。 

 

 最近では、偽情報、誤情報のネット上での大量流通、拡散の現実を前にして、プラットフォーム事業者に対する透明性向上や説明責任を求める風潮が強まっている。それでは伝統的なマスメディアの透明性や説明責任はといえば、十分に果たされてきたと視聴者が納得できる状況だろうか。 

 

 例えば、一見、似ている情報番組でも、社によって「作り方」や位置づけ、ガバナンスは相当に異なっている。報道基準でガバナンスしている社もあれば、そうではない社もあるし、制作する放送事業者の役割が大きい社もあれば、制作会社への依存度が高い社もある。曜日ごとに、制作会社が異なる情報番組もある。 

 

 これは番組を見ているだけではほとんど理解、識別できないし、一般の視聴者がそのような問題意識を持つことすら難しいと思われる。製造物責任や、他業種を念頭におくと、日本のマスメディアの透明化の程度は時代遅れになりつつある。 

 

■ メディアは信頼が最後の砦 

 

 ネットメディア企業も、近年透明性改善に注力する社が出てきた。LINEヤフー社は合併前のヤフー時代に「メディア透明性レポート」を開始し、ヤフーニュースやコメントにおける削除ポリシーや削除件数などを公開している。一読すると、かなりの情報量があることがわかる。 

 

 スポンサーの日本企業の成熟も認められる。ジャニーズ問題等を経て、スポンサー企業も単にスポンサーを降りたり、CM差し替えを行うだけでなく、注文をつける時代になっている。 

 

 グローバルに事業を展開するような事業者に顕著だ。人権指針等を定め、それに基づいて、フジテレビに対して説明や調査を求めている。 

 

 ◎当社広告の一部出稿停止について:キリンホールディングス株式会社 

 

 メディアの最後の砦は信頼である。 

 

 すでに広告費でみると、マスコミ4媒体の広告費の合計がインターネットに抜き去られて、近年は差が開くばかりである。ある意味では、信頼回復の最後のチャンスともいえる。フジテレビも再度の会見の開催、第三者委員会の設置を決めた。 

 

 ◎フジテレビ 第三者委員会設置へ 3月末めど提言 信頼回復なるか | NHK 

 

 フジテレビのみならず、業界全体で今回の問題に限らず、改善すべきガバナンスがないか総点検する時期だ。放送のみならずメディア、そして社会を取り巻く環境、規範が激変するなかでは、「昔と同じ」「変わらない」だけでもあっという間に時代遅れになり、命取りになってしまう。 

 

 そのあまりに大きな負のインパクトをフジテレビの一連の問題は示唆するが、放置の代償の大きさはまだ計り知れない。 

 

西田 亮介 

 

 

 
 

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