( 254631 )  2025/01/24 17:10:22  
00

photo by GettyImages 

 

我が国の財政運営は、このままではこの先、何かのきっかけで、いつ何どき、行き詰まってもおかしくない状態にすでに陥っている。しかも、1,104兆円(2024年度末の普通国債残高の見込み)という天文学的ともいえる借金の大きさと、歴史上かつて体験したことのない厳しい人口減少がもたらす国力の低下を鑑みれば、ついに「行き詰まった」ときに起こる事態は、我が国自身が第二次世界大戦の敗戦直後に経験した苛烈な国内債務調整に匹敵するものにならざるを得ない。 

 

静かに迫り来る財政危機を何とかして未然に回避し乗り切るために、私たちはいま何ができるのか。財政政策と中央銀行の金融政策に精通した日本総合研究所主席研究員の河村小百合氏と前参議院予算員会調査室長の藤井亮二氏が協力して取り組んだ『持続不可能な財政』では、危機的な状況にある日本の財政の現状と再建のための解決策を真っ正面から論じている。 

 

(*本記事は河村小百合+藤井亮二『持続不可能な財政』から抜粋・再編集したものです) 

 

2024年3月、日本銀行は2016年以降続けてきたマイナス金利政策を解除し、我が国においても本格的な金利上昇局面入りが意識されるようになりました。「これから一番大変になるのは、世界最悪の状態にある国の財政運営だ」「利払費が増えれば、他の歳出が圧迫される」──こうした”一般論”としての心配の声はよくきかれるようになった半面、肝心の財政再建に向けた具体的な議論が動き出す気運も気配も全くといってよいほど、ありません。なぜでしょうか。 

 

図表0-1は、我が国の内閣府が公表している国と地方の財政運営の見通しです。”世界最悪の財政”と言われながら、そこで描かれているのは、国と地方の公債等残高(グロス・ベース)が、経済成長率を低めに見積もった「過去投影ケース」(ベースラインケース)でもおおむね横ばいか微増程度にとどまり、「高成長実現ケース」や「成長移行ケース」ではなんと、わずか10年ほどでめざましく減少する、という見通しです。 

 

国民の痛みを伴う増税策や、本腰を入れた歳出の削減策は、何ら具体的に決めることができていないにもかかわらず、劇的と言っても過言ではないほど財政再建が進む、という”バラ色”の見通しが示されているのです。これはまさに、現時点での我が国の政府の”公式見解”にほかなりません。要するに「身を切るようなつらい財政再建などしなくても、経済が高成長を達成すれば財政事情はおのずと改善するので何もしなくてよい」と言いたいのでしょう。 

 

しかしながら、これまでのこの内閣府の試算の結果を実際の経済や財政の推移と対比すると、現実は内閣府の試算結果よりも悪化して推移しており、”バラ色”の財政再建が実現できるどころか、財政事情はさらに悪化する一方なのです。詳しくは、第2部で解説しますが、この内閣府のシミュレーションの前提条件は”バラ色”の未来を見せるための、極めて不自然なもので、恣意的と言っても過言ではないほどなのです。 

 

では、他の主要国ではどうなっているのでしょうか。図表0-2は米国の議会予算局(CBO: Congressional Budget Office)が示した、米連邦政府の債務残高(グロス・ベース)の規模の見通しです。 

 

財政収支の赤字幅は、利払費が膨張することなどから今後10年間にわたり高止まりした状態が続くと見込まれることから、連邦政府の債務残高規模は今後、第二次世界大戦時の水準を超え、米国の歴史上経験のない水準にまで膨張する姿が示されています。 

 

また、図表0-3は英国の予算責任庁(OBR: Office for Budget Responsibility)が示した英政府全体のネット債務残高の見通しです。財政収支の赤字幅は今後、縮小していくものの、ネット債務残高は高止まりした状態が続く、との試算が示されています。 

 

米英とも、コロナ禍で財政は我が国と同様、大幅に悪化しましたが、その後は増税等も行ってコロナ対策費の財源確保に努めるなど、我が国よりもはるかにまともに財政再建に取り組んでいる国です。その両国でも、今のままではこれほど、国が抱える債務残高の規模が膨張してしまう、という警告が国民に対して発されているのです。それなのに、なぜ我が国では、これほど楽観的な見通しが平然と公表されているのでしょうか。 

 

彼我で大きな違いが生じている理由は、米英両国の財政見通しを公表しているのはどちらも政府からは独立した「独立財政機関」であることによります。経済や財政運営の先行きの試算を行ううえでは、どのような前提を置くかによって、結果は大きく違ってくることになります。米CBOや英OBRは独立財政機関であるがゆえ、経済成長率や物価上昇率、金利等の前提を客観的かつ中立的に設定して試算を行っています。 

 

これに対して、我が国にはいまだ独立財政機関が存在しないゆえ、経済・財政見通しを策定し、公表しているのは、政府の一部門である内閣府です。その際の前提条件はといえば、これほど厳しい人口減少傾向にありながら、あり得ないほどの高い経済成長率が設定されたり、物価上昇率が前年比2%程度の状態が継続することを見込みながら、日銀が2024年3月にやめたはずの「イールド・カーブ・コントロール政策」を事実上継続し、10年金利を超低水準で押さえつける金融政策を継続するかのような前提が置かれたりしているのです(第2部で詳述します)。 

 

我が国では、客観的かつ中立的な前提に基づく経済・財政の見通しが存在しない。だから国民のなかで危機意識が高まらない。これが、我が国で財政再建に向けた議論が一向に進まない、議論に手を付けるところにも至っていない1番目の理由であると思います。 

 

そして、財政再建に向けた議論が進まない理由はもう一つ、あると考えます。本腰を入れた財政再建の計画づくりに取り組みたいと思っても、毎年度の財政収支を改善させるうえで、税制面、歳出面で、具体的にどのような方策を採れば、どの程度の財政収支改善につながるのか、といった情報を、ほとんどの国民は持ち合わせていません。それどころか、そもそも、現行の税制や歳出の制度がどのようになっているのか、負担と給付の関係は本当に公平と言えるのか、といった点についても、主権者であるはずの私たちはよくわかっていない、よく知らされていない点が少なくないのが現実です。 

 

これに対して米国ではCBOが2年に1回、『財政赤字削減のための選択肢』(Options for Reducing the Deficit)という冊子を公表しています(図表0-4)。最新版は2024年12月版です。そのなかでは、連邦政府の義務的歳出の分野、裁量的歳出の分野、歳入の分野に分けて、例えば、メディケイド(米国の公的な医療保険制度)に対する連邦政府の歳出に上限を設定したらどうなるか、とか、個人所得税率を引き上げたらどうなるか、といった数多くのオプションに関し、詳細な分析と、2025年から2034年までの10年間にわたる財政収支の改善幅の試算結果が示されています。 

 

2024年の春先に米国に出張し、CBOの関係者と議論する機会がありましたが、その際、「こうした財政赤字削減のオプションの具体策をどうやって見出し、取り上げているのか」と尋ねたところ、「日々の議員らとのやりとりを通じて、またメディア等の報道や研究機関の研究結果等に表れる米国社会の問題意識をCBOの職員がたんねんに集め、すくい取り、また、CBOの職員自身もあり得べき具体策をよく考えて、それぞれがどの程度の財政赤字削減につながるかについて、試算を行っている」というのが彼らの答えでした。 

 

米国は、我が国よりもはるかに、政府の予算編成の在り方に関する議論が活発な国です。米国は大統領制で、予算編成権は議会が握っており、政治的には二大政党制が機能していることはもちろん、その大きな背景です。予算を編成するのは時の政権に与えられた権限である議院内閣制の我が国とは異なり、米国では様々な政策を実行に移す際、野党側もしばしば、自分たちの考え方に基づく予算案を策定します。 

 

例えば2023年4月には下院で、当時、多数を握っていた共和党側が、民主党側とは異なる考え方で増税を行ったり歳出カットを行ったりする予算を可決しています。バイデン大統領は署名せず、その共和党案は最終的に成立しませんでしたが、こうした財政運営をめぐる議論はメディア等でも大きく報じられ、国民はその論議の内容を興味深く見守っています。 

 

また、私たちの記憶に新しい2024年11月の大統領選挙では、トランプ陣営、ハリス陣営の双方が、財政運営プランを、単に歳出メニューを並べてアピールするのみならず、増税等のその財源確保策も併せて、そして歳出、歳入の各項目についての金額も明示する形で立てていました。 

 

米国では、これらを判断材料に、国民一人ひとりが選挙権を行使することを通じて、国の財政運営の方向性が決められていくのです。こうしたことが可能となっている背景には、米国では先述のように、個々の具体的な財政再建策に関する情報が詳細に、かつわかりやすく国民に提供されていることも大きいと考えられます。財政運営に関する細かい情報が、決して時の政権側、政府側、与党側に独占されることにはなっていないからこそ、野党側の立場にあるとしてもこうした具体的な予算編成ができ、国民一人ひとりも、財政運営がどうあるべきかを考えることができるのです。 

 

我が国でも2024年10月に総選挙が、それに先立つ同9月には、自由民主党の総裁選や立憲民主党の代表選が行われましたが、その際に、歳出・歳入の両面について、これだけ具体的な、金額を伴う計画を立てて公表した政党や候補者がいたでしょうか。 

 

本書はこうした問題意識から生まれました。他の主要国で行われているような、客観的、中立的な前提に基づいて試算したとき、我が国の財政運営はこの先、このままではどういう事態に見舞われることになるのか。そうした事態を何とかして回避するためには、どの程度の財政再建、財政収支赤字の改善が必要になるのか。そのためには、主要な歳出の各分野において、また税制の面でどのような改革の選択肢があるのか。こうした点をぜひ、読者のみなさまがたにご覧いただきたいと考えました。 

 

河村小百合による、『日本銀行 我が国に迫る危機』(第45回石橋湛山賞受賞)も好評発売中! 

 

河村 小百合、藤井 亮二 

 

 

 
 

IMAGE