( 254636 )  2025/01/24 17:17:17  
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池袋西武でいったい何が起きているのか(写真:Ryuji/PIXTA) 

 

2024年9月12日、東京都港区の綱町三井倶楽部には700人もの人々が集まり、盛大なパーティーが開かれていた。壇上には、西武ホールディングスの会長兼最高経営責任者(CEO)を務める後藤高志氏や、慶応大学名誉教授の竹中平蔵氏、そしてラグジュアリーブランドのLVMHモエ ヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン社長のノルベール・ルレ氏らが立ってスピーチしたほか、東京都知事である小池百合子氏のビデオメッセージも紹介された。 

 

パーティーの主催者は、2023年9月にアメリカの投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに買収されて傘下入りした百貨店のそごう・西武だ。 

ただ、こうした華やかな演出とは裏腹に、実際の改装工事はかなり遅れているという――。 

昨年12月に刊行した『セブン&アイ 解体へのカウントダウン』から一部抜粋しつつ、池袋西武の今後を占う。 

 

■ラグジュアリー百貨店への転換を狙うが… 

 

 このパーティーは、2025年夏に全館リニューアルオープンを予定している西武池袋本店(池袋西武)について、取引先などを集めて説明するために開催したものだった。傘下に入って以来、そごう・西武の首脳が公の場で顔を揃えるのは初めてのことで、代表取締役の劉勁氏、社長の田口広人氏、副社長のダヴィデ・セシア氏や久保田俊樹氏らが出席した。 

 

 池袋西武にはヨドバシカメラが出店予定で、百貨店の売り場面積は55%程度に縮小される。そのためフルラインナップは諦めて、ラグジュアリーにビューティ、フード、アートの4領域に絞り込み、高級ブランドの世界観を表現したようなラグジュアリーな百貨店にする計画だ。 

 

 商品戦略でも消化仕入れとテナント契約の割合を7対3から3対7に逆転させるという。 

 

 ところがだ。事情に詳しいそごう・西武関係者によれば、「実際の改装工事はかなり遅れており、2025年夏のオープンは到底無理だろう。2025年中に完成すればいいくらい」という。 

 

 

 この幹部は、「長期間、売場が工事で閉鎖するような事態となれば、ラグジュアリーブランドは離れていくし売り上げも大幅ダウンとなる可能性がある。親会社がセブン&アイからフォートレスに変わっても、結局赤字のままで再建できないのではないか」と懸念を示す。 

 

 池袋西武でいったい何が起きているのか――。 

 

 「ラグジュアリーブランドや食料品など領域ごとに、売り上げと利益貢献度の大きい順に上から並べて提出してほしい」 

 

 2023年9月中旬、そごう・西武の商品担当者ら幹部は、新たに就任した経営陣たちから呼び出され、こう切り出された。経営陣は着任からまもなく、幹部たちはてっきり池袋西武の現状の説明から始めるのだろうと考えていた。ところが、新経営陣の口から出たのは想像もつかない言葉だった。 

 

■厳しいテナント選別 

 

 「新たな池袋西武では、ラグジュアリーブランドについては上位10社程度、食料品については上位20社程度に絞って、そのテナントだけを入れる」 

 

 2024年9月1日、フォートレスに売却されたそごう・西武は経営陣を刷新、代表取締役社長を務めていた田口広人氏は代表権のない取締役社長に降格、新たにフォートレス日本法人の劉勁氏が代表取締役に就任していた。あわせてそれまで取締役を務めていたそごう・西武出身者は軒並み降格、代わってフォートレス日本法人のメンバーが乗り込んできた形となっていた。一言で言えば、フォートレスが経営サイドに陣取って再建を主導、降格されたそごう・西武の幹部たちは執行サイドで実働を担う体制になったわけだ。 

 

 新経営陣は早速そごう・西武の再建に向け、売り場や運営方法に関する計画策定に着手した。なかでも旗艦店である池袋西武にはヨドバシカメラの出店が決まっており、百貨店はこれまでの半分程度の面積で運営しなければならない。そこで飛び出したのが“テナント選別”だった。 

 

 事情に詳しい関係者によれば、新経営陣はここのところ売り上げが芳しくない紳士服や婦人服といったアパレル売り場にメスを入れ、売り場面積の大幅縮小を指示。百貨店のメイン商材であるアパレルを、容赦なく切り捨てる方針を示したという。 

 

 

 そのうえで高級ブランドや食料品売り場については、出店しているテナントを売り上げや利益貢献度の大きい順に機械的に並べ、高級ブランドについては上位10社程度、食料品については上位20社程度に絞り込む。そして、それ以下は事情にかかわらずすべて撤退させろとの指示が飛んだというのだ。 

 

 百貨店は専門店などと違って独自の世界観がある。また「百貨」の名のとおり、売り場に並んでいるさまざまな商品を比較して買い回りをしたり、ついで買いを楽しんだりする業態である。「それができるのは比較対象となるテナントがあってこそ。“上位”の会社だけの商品を並べるなど、百貨店の常識からしてあり得ない」「百貨店の常識を知らない投資ファンドが机上だけで考えそうなこと」「これではフォートレスが買収時に掲げた“百貨店の再成長”は達成できない」。そごう・西武関係者からはこんな戸惑いの声が上がった。 

 

■そごう・西武の苦い過去 

 

 実はテナント選別について、そごう・西武には苦い過去がある。不振に陥っていた西武の静岡店や船橋店において、光熱費などが高止まりして利益率の低かったレストランを閉鎖し、当時、最も利益率が高かった婦人服フロアを増やしたのだ。 

 

 ところがレストランがなくなってしまったことで来店客数が減少。その結果、婦人服も売れなくなり店舗全体の売り上げも激減してしまったのだ。こうした経験から、数字だけを見てテナント数を変えると失敗するというのが社内の“常識”になっていた。今回も、もし機械的なテナント選別方針を実行に移すなら、すでに出店しているブランドやテナントの反発は避けられないだろうと思われた。 

 

 実際、そごう・西武の売却が山場に差し掛かった際には、改装を終えたばかりのルイ・ヴィトンが「並行輸入品を扱うヨドバシカメラに隣接する場所に出店などできない」「ラグジュアリービジネスは雰囲気と環境が重要。今までどおりの営業を続けたい」などと猛反発。慌てたフォートレスが、ヨドバシカメラ店舗との境界にスペースを設けることや、テナント移設に伴う経費を負担すること、そしてヨドバシカメラで並行輸入品を取り扱わないことなどを提示して、どうにか残留することで合意したという一幕もあった。 

 

 

 そもそもそごう・西武、とりわけ西武百貨店は、「ブランドは切るに切れない関係」(そごう・西武幹部)と言われるほどブランドとの関係が濃密だ。そのため「さまざまなシミュレーションを行って、どうにかして残せないかと新経営陣を説得した」とそごう・西武幹部は明かす。これにはさすがに新経営陣も納得し、50あるブランドすべてを残すことになったという。 

 

■数字で管理する体制に 

 

 ラグジュアリーブランドの一件では譲歩する形になったが、投資ファンド出身者で固められた新経営陣から見れば、百貨店は非効率の固まりのように映る。そのため新経営陣は、従業員たちの不安をよそに池袋西武に入居していた750のブランドを徹底分析。その結果、ほぼ全ての利益を高級ブランドと化粧品、そして食品が稼ぎ出していたとして、ラグジュアリー、ビューティ、フード、アートの4領域に絞り込み、上位380ブランド(ショップ)を残すという決断に至る。 

 

 このようなデータ分析は池袋西武だけでなく、横浜そごうなど残りの店舗でも実施してモニタリングするなど、数字で管理する体制に切り替えるという。 

 

 事実、冒頭で紹介した池袋西武に関する説明会でも、劉氏は「(これまでの池袋西武は)すべてのお客さまをハッピーにしようと全領域の売り場を構えて、膨大なコストをかけて百貨店を維持してきた」とし、「今後はデータドリブンで営業投資を決める」と述べている。 

 

 また社長の田口氏も、「百貨店のフルターゲット、インキュベーションの理念は通用しないのに、そこにこだわり続けてしまった」「2度も失敗はしたくない」と語った。 

 

 これまでにない百貨店経営への挑戦という意味で、その成否は今後に委ねられることになる。だがそれ以前に、こうした挑戦の舞台となる池袋西武の改装工事自体が遅れに遅れている。前述したように、2025年夏どころか2025年いっぱいに完成すればいいほうだというのだ。 

 

 じつは池袋西武は、1940年(昭和15年)に前身となる武蔵野デパートが開業して以来、増床に増床を重ねて今の形となっており、全面改装は初めてのことだ。そのため、そごう・西武の関係者によれば「内部はまるで香港の九龍城砦のような複雑怪奇な作りになっている」といい、「これまでの増床や改装は、そうした建物の構造が理解できる業者が工事を担ってきた」という。 

 

 

 
 

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