( 255126 )  2025/01/25 16:19:59  
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Photo:PIXTA, JIJI 

 

 タレントの中居正広さんと女性とのトラブルに、フジテレビが関与していたとの報道を巡り、スポンサー企業がフジテレビへのCM出稿を差し止める動きが拡大している。こうした対応は、自社を中心として捉えた危機管理としては正しいだろう。だが、それだけでは十分な対応とは言えない。フジテレビだけの問題ではないだろうし、テレビ局と芸能界、スポンサーの間の「無法地帯」に厳しく切り込んでいくことが必要だ。(エス・ピー・ネットワーク 取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人) 

 

● フジテレビに「被害者を慮る優しい眼差し」はない 誰に向けた、何のための会見だったのか 

 

 1月17日に開かれたフジテレビの記者会見は、記者会に加盟する新聞・通信社やスポーツ紙に限られ、生中継も動画撮影も禁止された。これでは、「隠ぺい体質」「内輪の論理」「株主や視聴者らの感覚とかけ離れている」「人権擁護の姿勢が極めて脆弱だ」「事の重大さや世の中からどう見られているかの感度が鈍い」などと厳しく批判されても仕方ない(企業統治に詳しい青山学院大学の八田進二名誉教授の発言)。筆者も全く同感だ。 

 

 オンライン署名サイト「Change.org」では、会見のやり直しを求める署名活動が始まっている。発起人は、「このような不公正な記者会見をメディアが自ら行っていたら、政治家や大企業などが記者会見を制限したり、説明を拒んだりしたときに、異議を唱え、是正させていくことができなくなります」などと指摘する。こちらも、そのとおりだ。誰に何を伝えようとしたのか分からない会見、「とりあえずやってみた」だけの会見など、マスコミとして失格だ。 

 

 一方、生中継で女性の特定につながっていたら、取り返しのつかない事態を招いた可能性は確かに否定できない。とはいえ、被害者に対する港浩一・フジテレビ社長の「活躍を祈ります」発言はどうなのか。そこには、「被害者を慮る優しい眼差し」はない。真相を明らかにできない事情と、それとは別だ。同社がマスコミとして報じる側だったら、容赦なく糾弾していただろう。 

 

 フジテレビの徹底的な内向きの姿勢が明らかとなった会見。そこには「負の影響」を断ち切り、「正の影響」を社会にもたらしていこうとする意志もなければ、他者に対する優しさも感じられない。危機管理とはそういうものではない。危機管理の本質から外れた対応が、さらに自らを追い込んでいる。信頼回復に向けて正しいことを、正しいやり方で、正しく行ってほしい。 

 

 

● スポンサー離れが加速するも… CM放映を見合わせる対応は正しいのか 

 

 会見後、スポンサーがフジテレビへのCM出稿を差し止める動きが拡大し、1月20日時点で75社(フジテレビ自身の報道)に上るという。 

 

 報道によれば、CM放映を見合わせる理由として、「疑問を払拭できる内容ではなかった。すぐにCMを止めた方が良いという判断になった」「ガバナンス(企業統治)に欠けた企業に広告は出せない」「最近はSNSですぐ批判されるので、素早く対応しないといけない」「お客様センターに消費者からの問い合わせが多数入っている」といった声が大勢を占める。さらには、「他社が取りやめたのも大きな理由。積極的に取りやめたいわけではないが、『最後の会社』になりたくない」といった本音も聞こえる。 

 

 こうした対応は自社を中心として捉えた危機管理、とりわけレピュテーションリスクマネジメントの対応としては正しいだろう。だが、視点を変えると、それだけでは十分な対応とは言えないと指摘できそうだ。 

 

 スポンサー企業がCM放映を見合わせる理由として、花王は、「花王人権方針」などにのっとり「総合的に判断した」としている。サントリーは、「フジテレビに対してより透明性の高い調査と事実関係の確認を求める」などとしている。その背景にあるのが、「ビジネスと人権」の考え方だ。2023年に旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害問題が大きく取り上げられたが、企業の危機管理において、ビジネスと人権が対応すべき重大なテーマとして改めて認識された。 

 

 11年に国連にて全会一致で支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」によれば、「企業は、企業活動を通じて人権に悪影響を引き起こすこと、及びこれを助長することを回避し、影響が生じた場合は対処する」(指導原則13)、「企業がその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の活動、商品又はサービスと直接関連する人権への悪影響を予防又は軽減するように努める」(指導原則13)といったことが求められる。 

 

 また、22年9月に国から出された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」では、「企業は、自社が人権への負の影響を引き起こし、又は、助長していることが明らかになった場合、救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきである」と指摘する。 

 

 「救済」という考え方は、ビジネスと人権に特有の要請と言える。そこでは、いわば取引先という立場であっても、「負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきである」とされる。 

 

 

● テレビ局と芸能界、スポンサーの間の 「無法地帯」に切り込んでいくことが必要 

 

 さて、今回の中居さんと女性、そしてフジテレビの問題は、判明している状況からみて被害女性に対する深刻な人権侵害である。さらに、それが芸能界とテレビ局との関係性において、組織的な背景を有する可能性も指摘されている。取引先であるスポンサー各社はフジテレビに対して、救済として働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべくアクションを起こすべきということになる。 

 

 実際にフジテレビに働きかけた企業もあるかもしれないが、花王の対応でさえ十分とは言えないし、それ以外の多くの企業は、自らに火の粉が降りかかることを避けるための限定的な対応であり、ビジネスと人権の観点が欠落しているように見える。 

 

 我先にとCM放映を見合わせる行動は、「社会も広告主も怒っている。本気だ」との姿勢を示し、フジテレビを追い込み、圧力をかけることにはなる。ただし、負の影響を取り除くための行動を同社に確実に取らせることにはならず、被害を受けた方の救済にもつながらないし、被害を生じさせる構図を改めさせることにもならないだろう。 

 

 もっと言えば、問題となる構図はフジテレビだけの問題ではないだろうし、テレビ局と芸能界、スポンサーの間の「無法地帯」(不適切な関係性)をビジネスと人権の観点から厳しく切り込んでいくことが必要だ。筆者が先に「十分な対応とは言えない」と述べたのはそういうことだ。 

 

 一方、サントリーが「透明性の高い調査と事実関係の確認を求める」としたことは、救済の観点をもう少し明確にすればなおよいが、現時点で取りうるアクションとして評価できる。こうした姿勢を多くの企業が取ることこそ、本当の救済につながり、人権侵害という負の連鎖を断ち切ることにつながる。 

 

 残念ながら、多くの日本の企業にとってビジネスと人権はいまだ「お題目」らしい。負の影響の防止・軽減に真摯に向き合っているのか、甚だ心許ない。自社で起きているはずのパワハラ、セクハラ、カスハラといった被害もまた深刻な人権侵害だが、そうした状況が改善されないのも同じ理由だと言える。 

 

 危機管理は、優しさでできている。自社さえよければ、ではなく、自らがどれだけ社会に正の影響を与えられるかの観点が重要だ。他者を慮る優しい眼差しを欠いた危機管理は、やはりどこか足りない。 

 

芳賀恒人 

 

 

 
 

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