( 256166 )  2025/01/27 18:00:07  
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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

浅田俊彦さん(60歳、会社員)が亡き父の遺品整理をする中で見つけた、見覚えのない通帳。そこには亡き父が俊彦さんのために15年間、110万円ずつ預け入れをしていた記録が残っていました。父の思いやりに感激していましたが、ある日、税務調査官が来訪。こんな言葉を告げられたのです。「これは贈与になりません。相続財産としての申告漏れとなります」……。今回は、多くの人が見過ごしがちな「贈与税と相続税」の盲点について、ファイナンシャル・プランナーの青山創星氏が詳しくお伝えします。 

 

「まさか、こんな目に遭うなんて……」 

 

浅田俊彦さん(仮名、60歳)は、自宅のリビングで頭を抱えていました。その日、相続税の調査で訪れていた税務調査官の一言で、父の思いやりの形が法的には認められないと知り、俊彦さんの心は大きく揺さぶられることになったのです。 

 

俊彦さんの父・浅田正雄さん(享年85歳)は、昨年他界していました。長年町工場を経営し、技術者として地域産業を支えてきた父は、几帳面な性格の人でした。 

 

父の相続手続きも終わって、遺品を整理していた時のことです。仕事場として使っていた書斎の奥深くから、見覚えのない通帳が見つかりました。表紙には確かに「浅田俊彦」の名前が。しかし、これらの通帳の存在を、それまで俊彦さんはまったく知りませんでした。 

 

通帳の記帳内容を見ると、毎年110万円ずつ、定期的に預け入れられていました。15年に渡って続けられていたその預け入れは、利息も含めると総額で1,650万円以上になっていました。昔、銀行員から、年間110万円までの贈与なら非課税と聞いていた俊彦さん。父は私の老後を考えて計画的に貯めてくれていたのだと悟り、感謝の気持ちでいっぱいになりました。 

 

このお金で温泉旅行やガーデニングを楽しもう――そんな楽しみを夫婦で思い描いていた矢先、税務署の調査官がやってきたのです。 

 

税務調査の日、俊彦さんの自宅にやってきた50代半ばの女性調査官は、「ご自身とお父様の通帳と印鑑を見せてください」と言い、一通り目を通すと柔らかな口調でこう切り出しました。 

 

「年間110万を超える贈与を受けたら、贈与税の申告をしなければいけないことを知っていますか?」 

 

「はい」 

 

銀行員から年間110万円以内の贈与なら非課税だと聞いていた俊彦さんは、自信をもって答えました。調査官は、提出された通帳を示しながら続けます。 

 

「毎年12月に110万が振り込まれています。でも、この年だけは振り込みがなく、翌月1月と同じ年の12月にも振り込まれていますね」 

 

「あれっ!?……父が時期を勘違いしたのかな。通帳の存在自体、父の遺品整理の時に初めて知りました。相続の時には知りませんでした」 

 

俊彦さんは、そのことが何を意味するのかにも気づかず、ありのまま答えました。 

 

「同じ年の1月と12月に220万円もらっているので、贈与だったとするとこの年は申告が必要でしたね。さらに、暦年贈与だった場合でも、亡くなる直前3年以内の贈与については、相続財産に含めて相続税を計算する必要がありました」 

 

最初は穏やかだった調査官の説明でしたが、続く言葉に俊彦さんの胸に不安が押し寄せます。 

 

「でも」調査官は、意味ありげに強めの口調で続けました。 

 

「でも、もらっていたことを知らなかったのですね。これらの通帳は、確かに浅田様のお名前になっていますが、実際の管理はすべてお父様がなさっていたのではありませんか? 入出金の記録を見ると、15年前からほぼ毎年12月に110万円ずつ預け入れられ、その後は利息が付く以外に動きがありません。印鑑もお父様の通帳と同じもの。これは贈与になりません。いわゆる『名義預金』です」 

 

「名義預金……?」 

 

「名義預金とは、実質的な所有者と預金通帳の名義人が異なるケースを指します。この場合、通帳は浅田様の名義ですが、実質的な管理支配はお父様にあったと考えられます」 

 

いきなり飛び出した「名義預金」の指摘。俊彦さんは状況を理解できぬまま正直に事実を認めます。 

 

「つまり、毎年の贈与が確実に成立しているとは言えないのです。実質的にお父様の財産なので相続税の対象になります。贈与の基礎控除内に収めるためには、贈与の意思表示と、財産の管理権が受贈者に移転している必要があるのです」 

 

「でも、父は私のために……」 

 

これだけの言葉を絞り出すのが精一杯でした。 

 

「お気持ちはよく分かります。しかし、贈与が成立するためには、贈与する側の『贈与する意思』と、受け取る側の『受け取る意思』が必要です。さらに、実際に財産の管理権が移転していることが重要なのです」 

 

 

「これらの預金については、相続財産としての申告漏れとなります。当然、修正申告が必要になりますし、加算税と延滞税も発生いたしますので……」 

 

税務調査官の言葉に、俊彦さんの頭は真っ白になりました。父の相続税は、父名義の預金・不動産をもとにきちんと申告したはずでしたが、新たに1,650万円もの預金が相続財産として加算されると分かり、父の思いやりの形が法的に否定されることに大きな衝撃を受けたのです。 

 

「実は……父の遺品整理の時に、父の手帳を見つけました」 

 

俊彦さんは、本棚から一冊の手帳を取り出しました。 

 

「『俊彦の老後資金』というメモと共に、毎年の預け入れ記録が細かく書かれていて……父なりに私のことを考えてくれていたんです」 

 

税務調査官は手帳に目を通しながら、静かに頷きました。「お父様の息子を思う気持ちは、この手帳からよく伝わってきます。しかし、残念ながら実質的な管理支配が移転していない以上、贈与とは認められないのです」 

 

この出来事から1週間後、俊彦さんは税理士の山田事務所(仮称)を訪れていました。相続税の修正申告について相談するためです。 

 

「浅田さんのケースは、実は珍しくないんですよ」 

 

ベテラン税理士の山田先生は、穏やかな表情で話し始めました。 

 

「特に年配の方は、『毎年110万円なら贈与税はかからない』という表面的な知識だけが独り歩きし、実際の贈与の要件を満たしていないケースが多いんです。銀行員から聞いたということですが、細かい説明まではしていなかったのではないでしょうか」 

 

山田先生は、正しい生前贈与の方法について説明してくれました。 

 

「民法上、贈与が成立するためには、贈与者と受贈者、双方の意思が求められます。また、税務署に正しく認めてもらうには、贈与契約をはじめとする客観的証拠の準備が重要なんです」 

 

続けて、税務のルール変更にも触れます。 

 

「『暦年課税』では、令和5年までは相続開始前3年以内の贈与が相続財産に加算されていましたが、令和6年以降は加算対象期間が延長され、最終的には7年以内に行われた贈与が相続財産に加算されることになりました」 

 

「浅田さんの場合は、そもそも名義預金と認定されてしまったわけですから、毎年の110万円は贈与として認められず最初からお父様の遺産とみなされます。そのため1,650万円全額が相続財産になり、申告期限から1年以上経過しているので加算税や延滞税もかかります」 

 

山田先生はさらに続けます。 

 

「実は、贈与税の課税方法には、お父様がされようとしていた『暦年課税』の他に『相続時精算課税』があります。両者にはそれぞれメリット・デメリットがあります。また、これら以外にも一定の条件を満たしたときに贈与税が非課税になったりする制度もあります」 

 

俊彦さんは、知らないことがたくさんあると感じました。 

 

「私の財産の承継についても、いずれ相談させてください」 

 

俊彦さんは思わず口にしました。 

 

 

税理士との相談を終えて帰宅した俊彦さんは、妻の和子さんと話し合いました。 

 

後日、税務署から修正申告の勧奨が届き、山田先生と再度相談のうえ手続きを進めた結果、最終的に約100万円の追徴税額を納めることになりました。山田先生からおよその金額は聞いていたとはいえ、自らの知識不足が原因で思わぬ事態を引き起こしてしまったことが俊彦さんには何よりも大きなショックでした。 

 

「この経験から学べることも多かったわね」和子さんの言葉に、俊彦さんは静かにうなずきます。 

 

 

 

学んだ教訓 

 

 

1.贈与の基本的な要件 

 ・贈与は「気持ち」だけでは成立しない 

 ・受贈者本人の口座で自ら管理していること 

 ・贈与の意思表示と受贈の意思表示が必要 

 

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2.名義預金の危険性 

 ・税務調査で発覚するリスク 

 ・相続税の申告漏れとみなされるリスク 

 ・加算税・延滞税の発生につながる可能性 

 

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3.名義預金にみなされないためのポイント 

 ・贈与者から受贈者の口座へ直接振込 

 ・毎年しっかりと署名捺印した贈与契約書を作成(「10年間110万円を贈与する」などの定期贈与は要注意) 

 ・受贈者本人が預金を活用する 

 ・贈与の事実を証明するために、110万円超を贈与して、受贈者が贈与税を申告・納税することも 

 

「お金の贈り方は、愛情の伝え方でもあります。正しい方法で行えば、想いも確実に届くのです」 

 

俊彦さんは、父が注いだ愛情を深く感じながらも、方法を誤ると大きな代償を払うことを学びました。 

 

 

 

専門家からのアドバイス 

 

生前贈与を考える際は、事前に専門家に相談する税制は毎年のように変更があるため、最新情報の確認が重要感情的な判断ではなく、法律に則った適切な方法を選択することが大切思いがあっても、正しく行動しなければトラブルになりかねない――俊彦さんの経験は、大切な家族への想いをきちんと「形」にするための心構えを私たちに教えてくれています。 

 

青山創星 

ファイナンシャルプランナー 

 

 

 
 

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