( 256526 )  2025/01/28 14:46:22  
00

奥ノ木信夫市長 

 

【全2回(前編/後編)の前編】 

 

 クルド人が増え続ける埼玉県川口市。彼らによる騒動や暴行など、トラブルの数々も報道される。実際、そこに住んでみると不安を募らせる住民も少なくないように思われた。果たして市は現状にどう対応しているのか。文化も風習も違う彼らとの共生は可能なのか。 

 

 *** 

 

 100人規模の暴動、無免許運転でのひき逃げ、女子中学生への性的暴行……。 

 

 埼玉県川口市ではクルド人による事件やトラブルが続いている。そこで、現地で暮らし市民に近い感覚でレポートしてほしい、というミッションを編集部から与えられた。2024年9月には西川口のウイークリーマンションに入り、トラブルの現場を訪れ、クルド人のヤード(解体業者の資材置き場)で一緒に朝ご飯を食べて交流し、取材を続けた。 

 

 そして2カ月――。さまざまな立場の人に話を聞き、問題の所在が見えてきた。 

 

 クルド人が増え続ける実情、ヤードのフェンスと隣り合わせで暮らす市民の苦悩、脅迫される恐怖……など、問題と常に向き合う自治体の長の話を聞かなくてはいけないのではないか――という思いに至った。 

 

 クルド人問題では、不確実でネガティブな発信をすると、差別ではないか、と批判を浴びることが多い。しかし市民の身からすれば、治安への不安や不満はあるだろう。その矛先は川口市長にも向けられる。 

 

 なかには過激な手段を選ぶ者もいた。 

 

「殺人が裁かれないなら、明日お前を殺してやる。お前の命は、明日までだ」 

 

 24年6月11日、X(旧Twitter)で、奥ノ木信夫市長は殺害を予告された。埼玉県警は市長の警護を強化。脅迫者の特定を急いだ。 

 

 X上で脅迫者が“裁かれない”と指摘しているのは、同1月に市内のコンビニ駐車場の車の中で20歳解体業のクルド人の男が、女子中学生に性的暴行をした事件。5月に執行猶予付きの判決を受けて釈放されていた。 

 

 市長は国に対し、不法行為に及んだ外国人の強制送還といった厳格な対処や、仮放免者(入管施設に収容されることを一時的に免除されている者)が就労できる制度づくりなどを求めている。 

 

 後者について、在留資格を持たない外国人にずっと働く場を提供すると解釈した者もいた。脅迫者は、市長が仮放免のクルド人を受け入れようとしていると誤解したのだろう。 

 

 断られることを覚悟の上で取材を申し込むと、市長は快く応じてくれた。 

 

 

 市の庁舎は市内の青木にある。JR川口駅から約15分、てくてく歩いて行った。 

 

 市民をどう守るべきか、国に何を求めているのか、自治体の長としての苦悩……などを市長は率直に語った。 

 

「私はクルド人をウェルカムしているわけではありません。誤った解釈がSNSで拡散され、殺すと脅されて、大変迷惑しています」 

 

 きっぱりと言った。 

 

「市民の不安を少しでも和らげるため、埼玉県警には市内の警備の強化を求めています。それと同時に、市では公用車として108台の青パト(青色回転灯を点灯させて警備する自主防犯パトロールカー)を常備しています。この台数は、埼玉県全域の総数の約15%です」 

 

 誤解を招いた国の制度への要望については、次のように念を押した。 

 

「在留資格のないクルド人は自国に帰るべきです。それなのに、多くは仮放免扱いで川口市にいます。その間彼らも食べなくては生きられません。仮放免期間限定で、あくまでも国の厳重な管理のもと、働く場が必要と判断したわけです。入管庁が仮放免した外国人に仕事がなくお金もないと、かえってトラブルの原因となります。しかも問題が起きれば後始末は地方自治体任せ。市の財源は圧迫されています。もっと国に責任を持ってほしいということです」 

 

 ちなみに、市長のインタビューを行った昨年11月18日、Xで脅迫した投稿者が書類送検された。川口市民ではなく、岩手県在住の日本人だという。どんな政治的主張があったとしても、脅迫は犯罪だ。 

 

 川口市の人口は60万7838人で、うち4万7954人が外国人。人口比率は約7.9%(24年12月、川口市調査)。日本人との共生が注目される中、クルド人による事件が続くのも冒頭で述べたとおり。刑事事件以外にも、子どもも遊ぶ公園のトイレでの“行為”、ヤードでの大音量のレイブ(音楽パーティー)、分別ルールを無視したゴミ捨て、“クルドカー”と呼ばれる過積載と思われるトラックの爆走……などが日常的に起きている。 

 

 法務省は昨年6月に改正入管法を施行。以前は外国人は難民申請中であれば日本にいられたので、申請を繰り返し送還を逃れるケースがあった。しかし現在は、2度承認されなかったら強制送還できるようになった。 

 

 それでも街を歩く市民に聞くと、肌感覚では、クルドカーとの遭遇は増え、市内のヤードが広がっているとも言う。 

 

 ある高齢の女性は、自宅の隣の空き地が数日でヤードになった。高い塀が建てられ陽が当たらない。中にいるクルド人に塀を低くしてほしいとうったえると、片言の日本語で怒鳴られた。 

 

「ウルセー! ババアガ、カネダスナラ、ヘイヲヤメテヤル」 

 

 女性は震え上がった。一人暮らしでもあり、恐ろしくて引っ越しをしたという。 

 

 

 ヤードは市内の北部、外環自動車道の北側の地域に集中していたが、ここ数年で外環道の南側にも広がってきた。 

 

「塀の中で何が起きているのか、どんな人間がいるのか、見えないことが市民を不安にさせています。よって25年には、資材置き場の条例をもっと厳しくしたい。塀の一部を内部が確認できる素材にすることの徹底や資材置き場にある建築基準法違反の建物に対する指導も、併せて行っていきます」(奥ノ木市長) 

 

 解体業に従事するのは在留資格を持たないクルド人が多い。実情を知るために、川口のクルド人経営の解体業者に工事を発注している日本エコジニアも訪ねてみた。本社は川口から西へ電車で約1時間、川越市にある。 

 

「埼玉県ではクルド人経営の解体業者が増えてはいます。解体業は日本人がやりたがらないので、外国人の労働力なしではなかなか成立しない業種ですから」 

 

 そう語るのは渋谷巧社長(以下同)。 

 

「ただし、厳しい対応はしてきました。約10年間で100社を超えるクルド人経営の解体業者と面談をしてきましたが、取引が成立しているのは半数以下です」 

 

 クルド人経営の解体業者が100社以上あることにも、その半数以上になにかしら問題が生じたことにも驚かされた。 

 

「取引を始める時点で、在留資格のない外国人を雇用しない、などと記した誓約書を提出してもらいます。作業員の名簿も求めます」 

 

 解体作業の現場には、パトロール専門部署の社員が何度も訪れる。 

 

「解体作業初日、最終日、そして途中にも抜き打ちで確認しに行きます。もし在留資格を証明できない作業員がいた場合は、その場で退場処分です。そして再度名簿の提出を求め、虚偽の記載や、在留資格のない作業員の雇用が認められるようなことがあれば、すぐに契約解除する厳しいコンプライアンスを求めています」 

 

 埼玉地区の解体業で働くと、日当は国籍を問わず1人2万〜2万5000円。運転免許を持たず作業に不慣れな新人でも1万7000円。1カ月真面目に働けば約50万円になる。 

 

 日本人の働き手が少ない解体業の現状をクルド人も分かっていて、交渉は強気のようだ。 

 

「抜き打ちでヤードもパトロールします。違反を見つけたら契約解除です」 

 

 同社のような会社ばかりならば問題は起きないかもしれない。しかし、在留資格を持たない外国人を安価な日当で雇用する解体業者があるとも聞く。 

 

 

 ヤードが密集している赤芝新田では、クルドカーが猛スピードで走っている。この地域に筆者はいつも自転車で訪れたが、道が狭くトラックとのすれ違いは怖い。 

 

 よく過積載が指摘されるが、荷の量よりも積み方に問題を感じた。資材をきつく結束していないトラックは金属や木材を道路に落とす。意外にもそんな状況を容認している住民が多い。 

 

「道が割れて穴だらけです。できれば直してほしいものですけれどね」 

 

 早朝つえを突き散歩していた高齢の男性は、クルド人への困惑は口にするものの、怒っているふうではなかった。しかし路面には大きなひびも入り、転倒してけがをする原因になりそうだ。 

 

 地元の人がさほど気に留めていない理由を奥ノ木市長に聞いた。 

 

「赤芝新田には約330人が住んでいますが、地主が多い。クルド人に土地を貸して収入を得ている人たちは、トラックの暴走も、ヤードからの騒音も、我慢できるのかもしれません。一方ほかの住人のなかには、不満を持つ人もいます。昭和の頃に川口市全域で行われた区域区分の際、当時の赤芝新田周辺は原則として、住宅や商業施設などの建築を不許可とする市街化調整区域になった経緯がある。農地にするしかないけれど、川口で農業を始めても採算は合いにくい。生産量も価格も他県産の野菜に勝つのは大変です」 

 

 そんな用途が限定された土地に注目したのがクルド人たちだった。 

 

「地主も活用しきれない土地は貸すしかなかった。皆さん、川口市を外から見て、さまざまな意見をお持ちだと思います。でも、市内にはいろいろな事情があるのです」(同) 

 

 後編【「巨大なクルドカーに追いかけられ、あおられた」 川口市で報告される数々の被害…市長は「日本文化を理解させるには長い時間がかかる」】では、川口市で取材を行うジャーナリストの「恐怖体験」などを報じている。 

 

石神賢介(いしがみけんすけ) 

ライター。1962年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターに。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。著書に『57歳で婚活したらすごかった』(新潮新書)など。 

 

「週刊新潮」2025年1月23日号 掲載 

 

新潮社 

 

 

 
 

IMAGE