( 256586 )  2025/01/28 15:56:30  
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赤芝新田ではトラックとのすれ違いが怖い 

 

【前後編の後編/前編からの続き】 

 

 クルド人が増え続ける埼玉県川口市。彼らによる騒動や暴行など、トラブルの数々も報道される。実際、そこに住んでみると不安を募らせる住民も少なくないように思われた。果たして市は現状にどう対応しているのか。文化も風習も違う彼らとの共生は可能なのか。 

 

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 前編【「在留資格のないクルド人は自国に帰るべき」 川口市長が語る クルド人問題を巡って「殺害予告も受けた」】では、この問題を巡って殺害予告まで受けた川口市長へのインタビューを行った。 

 

 川口に住むと、複雑な状況が見えてくる。クルド人を迷惑視する層も、持ちつ持たれつの層もいる。個人的な事情や立場が複雑に絡み合っている。 

 

 クルド人もひとくくりにはできない。早朝、赤芝新田の奥にあるクルド人労働者のための食堂でパンをかじっていると、隣で食事するクルド人が温かいチャイに彼ら流に湯と砂糖を足して持ってきてくれた。蕨のケバブ店の店長は、アイランという羊のミルクで作ったヨーグルトをごちそうしてくれた(匂いが強くてしょっぱい)。 

 

 西川口のケバブ店で、リーダー的存在のクルド人に取材するため張り込んだことがある。結局会えなかったが、20代くらいの美形のクルド人女性スタッフが彼の立ち寄る店を調べてくれた(そこに赴くもやはり会えずじまい。待ち伏せなのでひやひやしたが)。 

 

 クルド人の男性は束縛が強いと聞く。妻や恋人の外出を極端に嫌うので、彼女たちは運動不足で太っている。屋外ではあまり出会わないので、ケバブ店の女性は貴重な存在だった。 

 

 その一方で、怖い思いもした。コンビニの駐車場で過積載のクルドカーを撮影したら、背後から来たクルド人に叫ばれた。言葉が分からず、とにかく頭を下げた。クルマでその場を離れると、巨大なクルドカーに追いかけられ、あおられた。 

 

「日本人にも善人と悪人がいるように、クルド人もさまざまです。人柄ではなくて、法で明確に線引きして対応しなくてはいけません。在留資格のない外国人は送還。在留資格のある外国人とは共生の道をさぐる。仮放免の外国人は国の責任で管理を徹底してほしい。自治体任せにはしないでもらいたい」(奥ノ木信夫市長) 

 

 

 クルド人が何年も日本で暮らせば、子どもも生まれる。日本で生まれた子どもは在留資格が生じ、その親も資格が生じるケースもあるので、子だくさんの外国人は多い。 

 

 国は日本の小中学生に当たる年齢の外国人に、教育の機会を設けている。人道的な意義で行うため、在留資格の有無は問わない。他の自治体と比べ外国人が多い川口市の場合、日本語指導などにかかる財政負担も大きくなっている。 

 

 外国人の子どもには、希望制で、20日間80時間の日本語初期指導を行う。 

 

「お腹が痛い、トイレに行きたい、など生活場面に関わる言葉を覚えさせます。これを“サバイバル日本語”といいます」 

 

 とは蕨駅近く、芝園町の川口市立教育研究所で日本語指導を担当する指導主事の佐藤彰典さん(以下同)。 

 

 初期指導教室を経た外国人の子は、自宅近くの日本人が学ぶ小中学校に通い、日本語の学習を継続する。 

 

「日本語指導が必要な児童・生徒18〜35人につき1人、専任の教員が配置されることになっていますが、現状足りていません。クルド語を理解できる教員もいません」 

 

 そもそもクルド人の子は学校に来ているのか――。 

 

「仮放免の子は住民票がないので、分かりませんが、私の実感では多くの子が学校に在籍しています。学校では給食が出て、体調を崩したら保健室も利用できます」 

 

 外国人の教育に関して、奥ノ木市長は次のように話した(以下同)。 

 

「どの国の子でも、学ぶ権利を奪ってはいけません。ただ、教育や医療など人道的な問題に関わるお金は国が手当てしてほしい」 

 

 医療も同様だと言う。 

 

「急患で運ばれたり出産で駆け込んできたりした外国人を追い返すわけにはいきません。こうした医療費が未収金になり、市の負担になっています」 

 

 2022年度の川口市に住む外国人の医療費の未収金は約7400万円。23年度は1億2900万円。1年で1.7倍以上に増えた(24年、川口市調査)。 

 

 これらはクルド人だけの数字ではない。しかし、仮放免で在留資格がないクルド人は健康保険料も払っていない。当然医療費の自己負担分が高額になり、市の負担も大きくなっている。 

 

 そんなもろもろの問題が解決する日は来るのか。 

 

 日本はまだ移民を受け入れる体制ができていない。にもかかわらず、川口市では外国人の流入が止まらない。その矛盾の弊害が、地元住民や自治体の負担となって現われているのではないだろうか。 

 

「市内の芝園団地には中国人がたくさん暮らしています。私が議員になった1990年代、彼らはゴミ捨てのルールをまったく守りませんでした。芝園団地を管理する住宅・都市整備公団(現UR都市機構)に指導の徹底を求めましたが、分別が守られるようになったのはごく最近です」 

 

 

 文化の違いはなかなか埋められない。クルド人は彼らの住むトルコやシリアの山岳の生活をそのまま日本で行っているふしがある。 

 

「遠い中東出身のクルド人に日本の文化やマナーを理解させるには、中国人よりももっと時間がかかるでしょう」 

 

 共生を目指そうという意見は正論。しかし、共生に行きつくまでにかかる“時間”を許容できる長さは人それぞれ。今まさに不安や恐怖を感じている、迷惑している住民はそんなに長くは待てない。実際、隣がヤード(解体業者の資材置き場)になってしまった一人暮らしのお年寄りは、あきらめて引っ越した。 

 

 川口で起床し川口で就寝してみると、外から見て想像していたのとは異なる風景があった。事情も分かった。そして、この街で一生分のケバブを食べた。 

 

 前編【「在留資格のないクルド人は自国に帰るべき」 川口市長が語る クルド人問題を巡って「殺害予告も受けた」】では、この問題を巡って殺害予告まで受けた川口市長へのインタビューを行っている。 

 

石神賢介(いしがみけんすけ) 

ライター。1962年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターに。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。著書に『57歳で婚活したらすごかった』(新潮新書)など。 

 

「週刊新潮」2025年1月23日号 掲載 

 

新潮社 

 

 

 
 

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