( 256661 )  2025/01/28 17:22:55  
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 石破茂首相は1月24日召集された通常国会の施政方針演説で、人を“財産”として尊重する「人財尊重社会を築いていく」と表明した。防災から財政、外交・外交安全保障まで多岐にわたる政策方針や姿勢を示し、「楽しい日本」をつくり上げるという。ただ、持論とする「地方創生」に熱は込められているが、その他は各省庁から寄せ集めたものを羅列した感が否めない。なぜ石破首相が発する言葉は人々の心に響かないのか。経済アナリストの佐藤健太氏は「そもそも目指すべき国家ビジョンがなく、首相に就いた後も“評論家”の域を出ていない」と指弾する。 

 

 まだ「このレベルなのか」と辟易した人は少なくないのではないか。第102代首相に就任し、自ら「納得と共感内閣」と名付けたのは昨年10月1日。就任8日後に衆院を解散し、大惨敗で少数与党になったのは記憶に新しい。さすがに4カ月も経てば自身に足りない点を反省した上で、いよいよ「石破カラー」が打ち出されるものと期待した。 

 

 だが、初めての施政方針演説で石破首相が並べた言葉の数々はあまりに残念なものだった。首相は日本の生産年齢人口が今後20年で1500万人弱、2割以上減少すると見込まれることに触れ、「人口増加期に作り上げられた経済社会システムを検証し、中長期的に信頼される持続可能なシステムへと転換していくことが求められている」と指摘。その上で「年齢や障害の有無にかかわらず、希少な人材を大事にする社会づくり、すなわち国民一人ひとりの幸福実現を可能にする『人中心』の国づくりを進め、すべての人が幸せを実感できる、人を財産として尊重する『人財尊重社会』を築いていく必要がある」と表明した。 

 

 もちろん、少子高齢化と人口減少が同時に進む日本において国家としての活力をいかに保っていくのかは極めて重要だ。戦後や高度経済成長期の経済社会システムは次々と崩壊し、人口減を踏まえたものに転換していかなければならない。しかし、一国の宰相から目指すべき国家像に基づく“処方箋”が語られることはなかったのだ。 

 

 しかも、首相は「人財尊重社会」における経済政策で最重視するのは賃上げであるとした上で「賃上げこそが『成長戦略の要』との認識の下、物価上昇に負けない賃上げを起点として国民の所得と経済全体の生産性向上を図っていく」と述べた。「人」に着目し、それを大切にするのは当然だ。 

 

 

 首相は賃上げによる効果が出るまでの間、物価高対策も講じると述べてはいるが、それは昨年11月に決定された「総合経済対策」のレベルにとどまるというのだから期待外れとしか言いようがない。 

 

 思い出されるのは、岸田文雄首相(当時)が2023年1月の年頭会見で「異次元の少子化対策に挑戦する」と表明したことだ。岸田氏は「令和版所得倍増」「新しい資本主義」など次々と言葉を並べたが、政権終幕後に振り返って「成果」を実感している人は少ないだろう。石破首相は基本的に岸田前政権の路線を踏襲しているが、人々が岸田政権時代に抱いただろう感覚が再びよみがえる。 

 

 石破首相は施政方針演説の“核”に「地方創生」を位置づけている。「楽しい日本」を目指し、「すべての人が安心と安全を感じ、自分の夢に挑戦し、『今日より明日はよくなる』と実感できる」ようにするのだという。この点も岸田首相が2023年9月の第2次岸田再改造内閣の発足時に「明日は今日よりも良くなると誰もが感じられるような国を目指す」と述べた点とも共通する。 

 

別に「楽しい日本」という国家像を否定するつもりは毛頭ない。ただ、それを実現するための政策の核心は「地方創生2.0」と石破氏は言うのだ。そして、これを「令和の日本列島改造として強力に進める」と述べている。官民が連携して地域の拠点をつくり、「地域の持つ潜在力を最大限引き出し、ハードだけではないソフトの魅力が新たな人の流れを生み出す。新技術を徹底的に活用し、一極集中を是正し、多極分散型の多様な経済社会を構築していくものだ」と説明した。 

 

複数の政府関係者によれば、首相は「地方創生こそが成長戦略につながる」と考えているらしい。ただ、施政方針演説で明らかになった「令和の日本列島改造」は、①若者や女性に選ばれる地方②産官学の地方移転と創生③地方イノベーション創生構想④新時代のインフラ整備⑤都道府県域を超えた「広域リージョン連携」―という5つの柱からなるといい、いずれも従来の施策の延長線上でしかない。つまり、地方創生に強い思いがあると言いながら、首相の「中長期的に信頼される持続可能なシステムへと転換」できるとは思えないものばかりなのだ。 

 

 

 そもそも、人を“財産”として尊重する「人財尊重社会を築いていく」と表明する一方で、国民民主党が提唱する「年収103万円の壁」見直しやガソリン税に上乗せされている「暫定税率」廃止の時期を施政方針演説という重要なスピーチで打ち出せないのはリーダーシップの欠如が疑われる。 

 

 総務省が1月24日発表した全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)によれば、2024年の平均(2020年=100)は前年比2.5%上昇となり、3年連続で家計負担が増加している。物価高に苦しむ国民への救済策を真っ先に打ち出すことなく、車の利用が増える年末年始のタイミングで国から石油元売り各社への補助金を縮小し、レギュラーガソリン小売価格は1リットルあたり全国平均で185.1円(1月20日時点)にまで上昇した。2023年9月以来の高さだ。 

 

今のところ増税プランは打ち出してはいないものの、首相の言う「中長期的に信頼される持続可能なシステムへと転換していくことが求められている」という言葉には、国民を増税や社会保険料アップの源としての「財産」としか見ていないのではないかとも映る。数々の負担増プランを机上に乗せた岸田前政権の路線とは異なるならば、1日でも早く「国民感覚」を取り戻してもらいたいと願うばかりだ。 

 

首相は日米関係について「日米同盟は我が国の外交・安全保障政策の基軸」と位置づけ、「日米の協力をさらに具体的に深化させ、合衆国の地域へのコミットメントを引き続き確保しなければならない」と説明。その上で「来るべき日米首脳会談においては、トランプ大統領との間でこうした安全保障や経済の諸課題につき認識の共有を図り、一層の協力を確認し、日米同盟をさらなる高みに引き上げたい」と語った。 

 

 だが、トランプ大統領には就任前後に同盟国である日本のトップが面会すらできない状態が続いている。政府関係者からは「トランプ氏は石破首相のことを良く思っていないのではないか」との声も聞こえてくるほどだ。2月の日米首脳会談開催を模索していると報じられるが、本当に実現できるのかと疑いたくもなる。いまだ会談すら叶わない理由は何なのかを改めて自問してもらいたい。 

 

 

 首相は施政方針演説で昨年11月の所信表明演説に続き、石橋湛山元首相の言葉を引用した。「反省すべき点は十分に反省するが、同時に反対党その他の協力を求め、国会がまっすぐに行くように」との言葉を踏まえ、「各党の主張も十分に拝聴し、議論を重ねます。中長期的な政策の方向性や制度の持続可能性についても『給付や負担のあり方』を含め、真摯に議論していく」と述べた。 

 

 65日間しか続かなかった石橋内閣に思いを寄せるのはナゾでしかないが、要は少数与党として野党の協力を引き続き求めていくという姿勢を強調したかったのだろう。ただ、「給付と負担のあり方を含め」という首相の言葉は解せない。さらに国民から何を奪おうとしているのか。目指すべき国家像が曖昧で、スローガンを並べる石破首相からは残念ながら、「楽しい日本」の未来の可能性を感じることはできない。 

 

佐藤健太 

 

 

 
 

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