( 258106 )  2025/01/31 16:37:51  
00

 日銀が0.5%程度への政策金利引き上げを決定しました。日銀はどういう判断で今回の利上げに至ったのか。今後の利上げの展望はどうなるのか。第一生命経済研究所・藤代宏一主席エコノミストに寄稿してもらいました。 

 

[写真]日銀の植田和男総裁(ロイター/アフロ) 

 

 1月24日に日銀は政策金利を0.25%ポイント引き上げ、0.5%としました。植田総裁がかねてより注視していた賃金については、支店長会議などで「昨年に続きしっかりとした賃上げを実施する」とのヒアリング情報が報告され、今年の春闘に自信を持ったようです。先行きの政策金利について、筆者は「半年に一度の利上げ」が軸となり、2026年1月会合までに1%への到達を見込みます。また最終的に1.5%程度までの上昇があっても不思議ではないと考えています。 

 

 なお、今回の利上げによって、中立金利(インフレ率を加速も減速もさせない金利水準)の目安として広く意識されている1%に一歩近づきましたが、日銀は「実質金利は大幅なマイナス」という認識を変更しませんでした。まだまだ金融緩和の状態にあるということです。やや気が早いかもしれませんが、次回の利上げで「大幅」に修正があるか否か大いに注目されます。 

 

[表]政策委員見通しの中央値(日銀HPより転載) 

 

 利上げの決定から約3時間後に実施された、植田総裁の記者会見はさほどタカ派色(≒金融引き締めに積極的)が強くなく、総裁会見を血眼になって注視する為替市場の反応も限定的でした。前回利上げのあった2024年7月は、利上げを実施した直後の記者会見において、利上げの理由を繰り返し丁寧に説明したことで、タカ派色が過度に強まり、世界同時株安のきっかけとなってしまいましたが、その点、今回は絶妙なコントロールで金融市場は無風でした。 

 

 もっとも、今回の利上げは「景気の現状が強くなく、先行きもさほど強くならないのに利上げを実施した」という点においてタカ派的な印象を受けます。換言すれば日銀がインフレ定着に自信を深めた、或いはインフレを警戒する姿勢を強めたと考えられます。 

 

 日銀が公表した展望レポートの見通しに目を向けると、成長率見通しが概ね不変であったのに対して物価見通しは大幅に上方修正されていました。物価見通しの上方修正は、米価格と為替円安等に伴う輸入物価の上振れと説明されていました。 

 

 ここで疑問なのは、仮にそれらが一時的要因であり、日銀が言うところの「基調的な物価上昇率」に影響を与えないのであれば、翌年度(ここでは2026年度)の物価上昇率には下押し圧力が生じるにもかかわらず、2026年度の数値はむしろ上方修正されていたことです。繰り返しますが、成長率見通しは上方修正されていませんので、2025年度から2026年度にかけての物価上昇率は何か別の要素が加わった可能性が示唆されます。もちろん、これら見通しは総裁、副総裁を含む9名の政策委員の中央値に過ぎないので「そこまで深い含意はない」と言ってしまえばそれまでですが、2026年度の数値が節目の2%に上方修正された意味は大きいように思えます。「物価が上がりやすくなった」という含意があるのかもしれません。 

 

 

 その点に絡んで展望レポートでは、日銀の推計する潜在成長率(中長期的に持続可能な経済成長率)に変化がありました。従来「0%台後半」とされていたものが今回から「0%台半ば」へと下方修正され、巡航速度とも言うべき経済成長率の前提に変化が生じました。総裁は潜在成長率の下方修正についてその背景に労働力不足があるとし、その上で「(中立金利の推計に対して)大きな影響を与えるものではない」としました。ただし、潜在成長率の下方修正は(需要など他の条件が一定なら)物価上昇圧力を増幅させる要因となります。こうしたことからも、日銀が「物価が上がりやすくなった」という認識を強めている可能性が示唆されます。 

 

 日銀は、基調的な物価上昇率は需給ギャップと予想インフレ率で決まると説明しています。この説明に日銀自身が忠実なら、今回のように需給ギャップ(経済全体の総需要と供給力の差、マイナスは供給過剰・需要不足を意味する)がマイナスの状態における利上げはやや矛盾を内包します。それにもかわらず利上げを実施したということは「予想インフレ率がさらに高まる・高止まりする」と日銀が踏んでいるからではないでしょうか。 

 

 また、ある種の統計の技術的要因として、建設業などで実際に起きている、人手不足による受注の見送りなどを(経済指標としての)需給ギャップが捕捉できていないことを考慮したのかもしれません。人手不足に陥り、案件が着工に至らければ、労働者や設備の稼働率は低下し、統計上、需要は認識されませんので、需給ギャップの改善は遅々としてしまいます。こうした事象は宿泊・飲食業などでも発生しているとみられ、実際、日銀短観では極度の人手不足感が示されているのをよそに、資本(機械や営業用の設備)に不足感は認められていません。 

 

 こうした事情を踏まえると、(今回の利上げもそうであったように)需給ギャップのプラス転化は利上げの必要条件ではなさそうです。今後も「景気がさほど強くないのに利上げを実施する」という構図が続くのではないでしょうか。 

 

---------------------- 

※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 

 

 

 
 

IMAGE