( 258116 ) 2025/01/31 16:50:57 0 00 サンライズ号(画像:写真AC)
夜行列車は、かつて多くの人に利用されていた移動手段だ。寝台車を使った快適な移動や、昼間の時間を有効に使える利点があるものの、新幹線や高速バス、格安航空の普及でその存在感が薄れてきた。
本連載「夜行列車現実論」では、感傷やノスタルジーを排して、経済的な合理性や社会的課題をもとに夜行列車の可能性を考える。収益性や効率化を復活のカギとして探り、未来のモビリティの選択肢として夜行列車がどう再び輝けるかを考えていく。
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昭和時代には、長距離の「夜行鈍行列車」が運行されていた。その代表的な例として、山陰本線の夜行鈍行「山陰」がある。
この列車は、京都~出雲市間の386.2kmを結び、1980(昭和55)年頃の編成では、普通列車でありながら、
・郵便/荷物車2両 ・B寝台車1両 ・ボックスシートの普通座席客車6両
という構成で運行されていた。懐かしのDD51型ディーゼル機関車がけん引していた。
同様の列車には、北海道の小樽~釧路間の428.7kmを結ぶ「からまつ」もあり、編成は
・郵便/荷物車3両 ・B寝台車1両 ・ボックスシートの普通座席客車5両
で組成されていた。これらの列車は、夜行での長距離移動に加え、走行する地域によって、
・最終列車 ・始発列車 ・通勤通学列車 ・ローカル列車
など、さまざまな性格を持たせることができた。また、沿線エリアへの郵便荷物輸送も担っており、非常に魅力的だった。
夜行鈍行列車は、長引く不景気のなかで、旅行や仕事での移動、深夜勤務者にとって経済的な移動手段である。需要の減少や車両の老朽化により、次第に廃れていったが、今回は温故知新の視点から、現代における夜行鈍行列車の可能性について考えてみたい。
エコ意識のイメージ(画像:写真AC)
現代において、夜行鈍行列車には新たな期待とニーズがある。主に次の3点がその理由である。ひとつずつ説明する。
・エコ意識の高まり ・多様なニーズ:さまざまなな勤務形態に対応し、昼間の移動が難しい人々に対して有用 ・経済的ニーズ:高速交通機関の価格高騰に対する安価な移動手段の需要
鉄道は、他の移動手段と比べて温暖化ガスの排出が少ない。現代では、昭和時代のように多くの客車や機関車が必要とされることはなく、既存の中距離用列車を活用することで、イニシャルコスト(初期費用)の大幅な削減が可能となる。
2022年の国土交通省のデータによると、ひとりあたり1kmを移動する際に排出される二酸化炭素の量は、
・鉄道(電車):20g-CO2/人km ・バス:71g-CO2/人km ・航空:101g-CO2/人km
となっており、鉄道は環境面で非常に優れている(バスの約3割)。夜行高速バスの電動化は、電池の高性能化や価格低減が進まず、うまくいっていない現状を考えると、鉄道の方が効率的である。
また、既存の中距離用車両、つまり東海道線を走るまたは走った車両を活用することで、車両製造の面でもエコとなり、二酸化炭素排出の削減にも貢献できる。さらに、国土交通省のデータによると、輸送機関ごとの輸送単位(人キロ・トンキロ)あたりの運行エネルギー消費量は、鉄道が1に対し、バスは1.5、自家用車は8.0、旅客航空機は7.6となっており、鉄道は再び優位であることが示されている。
インバウンド需要は依然として高く、コロナ禍で傷ついた宿泊業界は回復に向けて変動価格制を導入し、宿泊代金を上昇させている。物価の上昇や人手不足解消のために人件費が増加し、その結果、宿泊代金の転嫁が進んでいる。現在では、ビジネスホテルで1泊1万5000円から2万円が一般的である。夜間に目的地へ移動し、早朝に現地に到着する場合、夜行列車での移動が再び選択肢に上がるだろう。
夜行鈍行列車は、長距離移動の手段として、最終列車や始発列車、通勤通学列車、ローカル列車、そして沿線郵便荷物輸送など、さまざまな役割を持つことができる。地域によっては、ローカル線の本数増加にも寄与できる。深夜勤務者や早朝勤務者にとっても有用であり、昼間の移動が難しい人々に対しても効果的な移動手段となりうる。
夜行バスのイメージ(画像:写真AC)
三つめの「経済的ニーズ:高速交通機関の価格高騰に対する安価な移動手段の需要」について説明する。
冒頭にあげた京都と出雲市間の移動を例に挙げて考える。JRを利用する場合、京都~岡山は東海道・山陽新幹線の「のぞみ」を利用し、岡山~出雲市は在来線特急「やくも」を利用する。のぞみの自由席とやくもの普通指定席を利用した場合、運賃を含めて片道1万3300円となる。やくもには自由席がなく、のぞみも繁忙期には全車指定席となり、1万3300円以上の運賃が発生することもある。
一方、西日本JRバスの公式サイトでは、京都駅烏丸口から出雲市駅までの夜行バス「グランドリーム出雲号」の運賃は、普通片道2800~9800円、得割運賃は2600~9300円、学割は2300~9300円と幅広い変動がある。シート幅約46.5cm、リクライニング角度最大135度のグランシートを提供しているが、バス特有の窮屈感が残る。
また、JRの在来線で京都~出雲市を移動する場合、運賃は7150円となる。学割を使えばさらに安くなる。西日本エリアでは、新快速タイプの転換クロスシート付きの列車を活用すれば、バスの窮屈感や遅延リスク、変動価格に対する不安を解消することができる。さらに、昼行高速バスで行われているエキストラチャージを取って、2席をひとりで使えるサービスや、寝台客車の代替としての有料Aシート車、特急型車両の投入による追加料金の確保など、鉄道ならではのサービスも提供可能だ。
経済的な観点で見れば、夜行鈍行列車を利用して、7000円程度で400km弱の移動が可能なら、一定の生活者には十分に魅力的な選択肢となるだろう。仮に8両編成の場合、座席数は400席で、全席が埋まる場合、運賃収入は280万円となる(エキストラチャージがない場合)。これを基に、エキストラチャージサービスや郵便荷物輸送などを加えて収益を上げる方法が求められる。
賛否のイメージ(画像:写真AC)
夜行鈍行列車に対する賛否について考察する。
賛成派は、夜行鈍行列車の最大の魅力は、普通運賃で移動できる点にあると指摘する。物価高や企業間の経済格差を背景に、手頃な価格で夜間に長距離移動ができることは、観光やビジネスを問わず魅力的な移動手段となる。
例えば、京都~出雲市間のように約400kmを夜間に定額の7000円程度で移動できることは、大きな意味を持つ。中距離電車の車両であれば、車幅は約3m、全高は約4mとなり、高速バスに比べて圧迫感が少ないため、より快適な移動が可能である。
また、立ち席を廃止し、座席のみの提供にすれば、混雑を避けた静かな移動ができる可能性も高い。さらに、エコな公共交通機関として支持する声も多く、賛成すべき点は多い。
一方、反対派は夜行鈍行列車を復活させる必要があるのか疑問視する。テレワークが普及し、出張の必要性が減少するなかで、
・長距離移動の需要が本当に高いのか ・人口減少が進む中で観光需要もそれほど高まるのか
という点に疑問を呈する声もある。長距離移動における時間的負担や、現在の中距離電車の施設や快適さが不足しており、魅力的な移動手段にはならないのではないかという意見もある。さらに、人手不足の中で、このような運行を実現するべきかという声も存在する。
しかし、筆者(北條慶太、交通経済ライター)は先述の有料サービスや沿線の郵便荷物輸送を強化し、運行1回あたりの収益性を高めることで、経済性は十分に工夫できると考えている。
温故知新のイメージ(画像:写真AC)
郵便荷物列車と夜行鈍行列車の併結は、昭和の「出雲」や「からまつ」でも行われていた。平成に入ってからは、運輸会社がトラック輸送とデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め、列車輸送からシフトした。しかし、近年、荷物関連のドライバー不足が「2024年問題」のひとつとして指摘されるようになっている。
例えば、地域の荷物輸送では路線バスとのタイアップが増えており、バス事業者に依頼する貨客混載(同一の輸送手段を使って貨物と乗客を一緒に輸送する方式)の事例も増加している。運送会社全体でドライバー確保が難しくなっているなかで、夜行鈍行列車の活用が再び現実的な選択肢として浮上している。これにより、運送会社はコスト削減や車両・人材面での効率化を進めることができる。また、鉄道輸送は環境負荷の軽減と物流の効率化にも寄与する可能性があり、物流のエコデザインを推進するうえでも有益だ。
郵便荷物車両については、昭和時代のクモユニやクモニのような専用車を新たに用意するのではなく、古い車両を改装してリーズナブルに用意すればよい。新聞車両のように、一部車両を荷物専用にする方法も考えられる。さらに、カートレインのように自動車輸送が可能な車両を併結することで、収益性を高めることができるだろう。反対意見もあるが、
「温故知新の精神」
で夜行鈍行列車という手段を再評価することには、現代における可能性がある。時代のニーズや変化を捉えると、筆者は十分に勝機があると考えている。
北條慶太(交通経済ライター)
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