( 258381 )  2025/02/01 05:01:39  
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お台場のフジテレビ社屋 - 撮影=プレジデントオンライン編集部 

 

2024年にフジテレビを退社した元アナウンサー渡邊渚さんによるエッセイ『透明を満たす』(講談社)が1月29日に発売。たちまちベストセラーとなって書店では売り切れとなっている。その本を読んだコラムニストの藤井セイラさんは「5万字あるエッセイでは、若い女性がパワハラ色が濃く残るTV業界で働き、その結果、受けた傷について書かれている」という――。 

 

■ヤフコメは二次加害の嵐「PTSDなのにグラビア写真か」 

 

 1月29日発行の『透明を満たす』(著・渡邊渚、発行・講談社)を読んだ。フジテレビを2024年に退職したフリーアナウンサーによる初書籍だ。 

 

 この本のレビューがとにかく荒れている。Yahoo!ニュースのコメントからいくつか拾おう。 

「グラビア写真を公開するなんて、PTSDとは思えない」 

「タイトルの“透明さ”とは真逆の印象」 

「金になるのが正義というやり口がどうしても伝わってしまう出版」 

「いつかブックオフで100円になっていたら読みたいと思います」 

 

 詳細は書かれていないが、この書籍の主軸は、渡邊渚さんが仕事の延長線上で、ある出来事に遭遇し、そこからPTSDを発症、過酷な入院生活を送り、精神科治療を受け、日常生活を取り戻すまでをつづったエッセイだ。 

 

 心的外傷を受けて立ち直ろうとしている人に対する、これらのコメントこそ、まさにいま問題となっている「二次加害」だろう。 

 

■男性向けの写真との噂も、露出は少なく内容とリンク 

 

 フォトエッセイと銘打たれ、事前の噂では「男性向けのグラビア」との話もあったが、肌の露出は比較的少なく、長袖・ロングパンツの写真もある。 

 

 むしろ5万字エッセイを通読してから写真を見直すと、スタイリングやロケーションが文章の内容とリンクしていることに気づかされる。 

 

 例えば、読書をしている写真。 

 

 渡邊渚さんは、幼い頃から家で母親に「古典・名文の音読」をするようにしつけられており、それがアナウンスの基礎にもつながった、とつづっている。 

 その原点に立ち返る意味で、早逝の女性詩人・金子みすゞの詩集を手に持っているのだ、と読後なら理解できる。多くの写真に、そのような仕掛けがほどこされているようだ。 

 

 とはいえ、ベッドルームで真っ白なパジャマシャツを着用している一連のショットは、肌の露出が多めだ。しかしエロティシズムを感じさせるというより、自然光が回りこみ、女性誌風の撮り方で、特に男性向けという印象はない。 

 

 

■寝室写真は、PTSDで苦手になった日光と睡眠の克服を表現 

 

 渡邊渚さんはPTSDで不眠となり、治療途中には肌がボロボロになったそうだ。紫外線を避けるため、精神科の日光を完全に遮蔽された病室で過ごした日々のことも書かれている。自殺を図ってナースに止められたと思われる記述もあり、その傷も心配される。 

 

 それを知れば、寝室風のスタジオで撮った写真は「太陽光」と「睡眠」を克服したしるしであり、自傷した肌もきれいに治ったという証なのだとわかる。 

 

 また、小雨の中にたたずむ一連の写真。「トラウマ体験」は「2023年6月のある雨の日」に起こり、雨が降ればフラッシュバックを起こすようになったそうだ。 

 

 雨の中でのグラビアは、事件と同じ天候条件でももう大丈夫、という「暴露療法による寛解」を示しているのではないか。屋外でのロケは、雨天ならバラして予備日に移すことが多い。おそらく意図的に雨の中で撮ったのだろう。 

 

■フジテレビ入社前から2023年6月の事件、そして退社まで 

 

 文章量はしっかりとあり、アナウンサーとしての核には、音読が好き、言葉が好き、疑問を追究するのが好き、という子ども時代からの性格があったことがまず書かれている。 

 

 だが、フジテレビ入社後の描写は、明るいものばかりではない。 

 

 渡邊さんがアナウンサー採用試験という厳しい就活競争に勝ち抜いて入社したのは2020年。既に「ワークライフバランス」「働き方改革」といった言葉が全国的に普及したあとだったが、入社後は慢性的な睡眠不足がつづいた。職場の先輩らからは「休めば仕事を切られる」「男女交際はNG」といわれたそうだ。 

 

 男性との噂は厳禁と教えられ、友人からの誘いも断るようになり、常にオーバーワーク。その結果、メニエール病を発症するが、それを周囲に漏らすと「アナウンサーがそんな弱みを見せてはダメ」とたしなめられる。 

 

 女子アナというのは少しでも立ち止まればポジションを取られる職業なのだ、と考え、ハラスメントにも「ノー」といえない環境で仕事をしつづけた結果の「トラウマ体験」だったのでは、というのが一読しての感想だ。 

 

 トラウマ体験については、個人が特定できるような記述はないが、本人にとってどんなに強烈で辛い出来事だったかというのは端的に表現されている。 

 

 

■言葉で表現する女性が「喋る」から「書く」へ場を移す 

 

 PTSD発症、入退院、そして生活を立て直す過程では、友人に野山に連れ出してもらえたことが助けになったと書かれている。アースカラーを基調としたコーディネートや、緑豊かな環境での写真は、回復に必要だった「自然」を表現しているようだ。 

 

 このように、グラビアといっても、セクシャルなものというよりエッセイの内容をふまえた補完的なものとなっている。 

 

 もともと言葉で表現することに生きがいを感じていた女性が、仕事に身を捧げた結果、大きな傷を受け、組織に絶望し、しかし信頼できる医師と出会い、適切な治療で回復し、それを語ることを決意する。その過程をふまえたスタイリングになっているのだ。 

 

■6月の出来事で解離、めまい、拒食…7月には入院 

 

 2023年6月の「トラウマ体験」のあと、渡邊さんはプライベートでは友人女性や知人女性にすぐ被害を話し、状況を受け止めてもらっている。そのまま勤務を続けようとするが、仕事中にも「解離」の症状が始まり、自分自身をふっと遠く感じるような瞬間が増えてくる。 

 

 アナウンス中にまっすぐ立っていられなくなり、食べ物も受けつけず体重が激減、栄養失調のために入院を余儀なくされる。 

 

 当時の渡邊さんの病室での写真がインスタグラムに残っている。やつれた顔は、「トラウマ体験」前の2023年4月、5月の頃とはもはや別人である。 

 

 だが、その入院中の写真1枚で、例えばYahoo!ニュースのコメントには「病気で入院していた時から心身の状況をSNSで発信してきたのですから、並大抵の自己顕示欲の強さではないように見受けます」と書かれてしまっている。 

 

 入院当時の気持ちを渡邊さんはこうつづる。 

 

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「未来が不安になった。これまで大事にしてきたものが手のひらからこぼれ落ちていく悲しみ(……)すべての時間を仕事に費やしてきたつもりだった」 

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 この心境は、過労による燃え尽き症候群やうつ病での休職を余儀なくされた人、またそういう状況を見かけたことのある人なら、よく理解できるのではないだろうか。 

 

 だが、渡邊さんがフジテレビの女性アナウンサーとしてかなり特殊な環境に置かれていたように思わされるのは、ここに続く箇所だ。 

 

 

■「こんなことならあの日、殺されていた方がよかった」 

 

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「業務の一環とはとてもいえないような辛いことだって耐えてきたつもりだった。(……)だから、いろんな我慢をしたそのさきに起きたトラウマ体験のせいで仕事がなくなってしまうなんて、到底受け入れられなかった。(……)あの日、殺されていた方が良かったとすら思った」(『透明を満たす』より) 

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 殺されていた方が良かったとすら思うようなことは、そうそう業務の延長では起こりえない。 

 

 入院後、渡邊さんは強度の自傷行為を行い、さらに精神科に転院となる。そしてよき主治医と出会ったことを転機に、積極的な治療へと踏み出す。PTSDという診断を得て、自身の状態への理解が深まり、回復へのロードマップが見えたのかもしれない。 

 

 やがて彼女は「持続エクスポージャー療法(暴露療法)」という治療法に挑み、それは彼女にとっては非常に効果をもたらし、徐々に日常を取り戻していく。 

 

 『透明を満たす』での持続エクスポージャー療法では、トラウマのトリガーとなるものへの接触(エクスポージャー・暴露)を段階的に増やしていったそうだ。 

 

 例えば「見るとトラウマを呼び起こす食べ物」があったそうだが、まずはそれを見る、次はスーパーマーケットに行ってそれがたくさん並んでいるのを見る、そして、トラウマとなった出来事を自分の口で語る……。 

 

■メンタルの治療を受けていく様子を詳細に綴る 

 

 このような積極治療が功を奏し、早期に回復できたようだ(もちろん、この手法は医師の監督のもとですべきもので、自己判断でするものではない)。彼女にとってはエッセイを書くこともまた、回復のためのステップのひとつといえるのかもしれない。 

 

 なお、渡邊さんはフジテレビ勤務時代まではずっとロングヘアだったが、いまは短い髪になっている。単に気分やイメージを刷新したいからだろうか、と思っていたが、2023年6月の「トラウマ体験」以降、食事がうまく摂れなくなり、栄養不足から毎朝ごっそりと抜け落ちる自分の髪を見るのが嫌で、思いきってベリーショートにしたそうだ。 

 

 

 
 

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