( 258606 ) 2025/02/01 16:08:08 0 00 新幹線(画像:写真AC)
先日、新幹線の車内で泣き続ける子どもと、その子どもを長時間放置(?)していると見られるアジア系の外国人の若い母親の動画がSNS上で注目を集めた。
動画を投稿したのは日本人男性で、「みんなも怒る時はちゃんと怒ろうな!」と呼びかけ、賛否を巻き起こした。この出来事は、単なるマナーの問題にとどまらず、日本の鉄道システムが直面する根本的な課題を浮き彫りにしている。
ここで問うべきは、「誰の責任なのか」ではない。重要なのは、
「このような状況を減らすために、今後どのような仕組みを整えるべきか」
という視点だ。本稿では、公共交通における乗客の多様性、社会構造の変化、さらには新幹線が担う役割の変化を踏まえ、未来の交通環境について考察する。
新幹線(画像:写真AC)
新幹線は日本が誇る高速鉄道であり、その最大の特徴は
・時間通りに目的地へ運ぶこと ・快適性
だ。しかし、快適性の定義は乗客ごとに異なる。ビジネス利用者にとっては静かな環境が理想であり、観光客にとっては車窓の景色や移動の自由度が重要視される。一方、家族連れにとっては、子どもが多少騒いでも気兼ねなく過ごせる空間が求められる。
今回の事例では、
・静寂を求める乗客 ・育児を優先せざるを得ない母親
というふたつの価値観が衝突した。しかし、こうした摩擦は日本独自の鉄道文化と訪日外国人の価値観の違いだけが原因ではない。むしろ、日本国内においても
・静かに過ごしたい層 ・移動中に子どもとともに過ごす層
の間には根本的なズレが存在する。
このズレが顕在化したとき、誰がどのように対処すべきか。ここに、日本の鉄道が今後抱える大きな課題がある。
鉄道事業者にとって、新幹線の快適性はブランド価値の一部であり、
・自由席/指定席 ・グリーン車 ・個室(2026年度から正式復活)
など、利用者のニーズに応じた選択肢を提供している。しかし、今回のような問題が頻発するようであれば、「静かな環境を求める層」と「子連れ層」をさらに明確に分ける施策が求められる可能性がある。
欧州の一部の高速鉄道では「サイレント車両(静寂車両)」を導入し、ビジネス利用者や静かに過ごしたい乗客が安心して利用できる環境を整えている。
新幹線(画像:写真AC)
今回の動画が注目を集めた背景には、
「他者の行動を指摘すること」
が以前より一般的になった社会の変化がある。SNSの普及により、「公共の場における振る舞い」が可視化され、より厳しく評価されるようになったことと無関係ではない。
かつて日本では、多少の迷惑行為があっても
「お互い様」
として受け流されることが多かった。しかし、少子高齢化やライフスタイルの多様化が進むにつれ、「自分の快適性を守るために他者の行動を正す」という意識が強まっている。さらに、訪日外国人の増加によって異なる文化的背景を持つ人々が増え、
「日本のルールを守らせるべき」
という意見も出やすくなっている。こうした社会変化のなかで、鉄道事業者に求められるのは、「車内のマナー」や「乗客間のトラブル」に関する新たなガイドラインの策定だ。現在、鉄道各社は「携帯電話の使用マナー」や「荷物の置き方」などの啓発活動を行っているが、より包括的な「車内環境の調整策」を打ち出す必要がある。
鉄道は、あらゆる層の人々が利用する公共交通だ。しかし、その性質上、すべての乗客が同じ価値観やマナーを共有できるとは限らない。鉄道事業者に求められるのは、異なるニーズを持つ乗客をいかに「棲み分け」するかという視点だ。
前述のとおり、新幹線に「ファミリー車両」や「サイレント車両」を導入し、乗客が事前に自身のスタイルに合った車両を選べるようにする。また、航空会社が行っているように「搭乗時の案内」や「事前の利用ルール提示」を強化し、乗車時の期待値を明確にすることで、トラブルを未然に防ぐことが可能になる。
これまで、日本の鉄道は「時間通りに運行すること」に最大の価値を置いてきた。しかし、今後は「乗客同士の調和をどう図るか」という視点が、より重要になってくるだろう。
新幹線(画像:写真AC)
SNSで話題になった母親がどのような思いを抱えていたのかはわからない。しかし、もし自分が同じ立場だったとしたら、どう感じるだろうか。
言葉が通じず、周囲の乗客が何をいっているのかわからないまま、視線だけが突き刺さる。飛行機のように客室乗務員がいるわけではなく、助けを求める相手もいない。そんな中、突然見知らぬ人に注意され、その様子が撮影されてSNSに投稿されてしまったとしたら――。こうした状況を想像すると、決して他人事ではないはずだ。
新幹線の車内では、泣く子どもを抱えた親もまた、ひとりの乗客であり、「騒音の発生源」として排除されるべき存在ではない。快適な移動環境を考えるうえで、彼らへの配慮も欠かせない。
では、こうした場面に遭遇したとき、周囲の乗客には何ができるだろうか。
言葉の壁がある場合、スマートフォンの翻訳アプリを活用すれば、
「お子さん、大丈夫ですか」
といった言葉を相手の母国語で伝えられる。厳しく注意するよりも、温かい声をかけるほうが、親も落ち着いて対応しやすくなるだろう。
また、鉄道会社の対応策を知っておくことも有効だ。車掌に相談すれば、空いている座席への移動を提案してもらえることがある。子どもが泣き止まない場合、こうした選択肢を知っていれば、必要以上にストレスを抱えることもない。
乗客自身が事前にできる工夫もある。静かな環境を求めるならグリーン車を選ぶ、家族連れが多い時間帯を避けるといった方法を取れば、快適に過ごせる可能性が高まる。
そして何よりも、冷静な対応を心がけることが重要だ。いきなり厳しく注意したり、SNSで拡散したりすれば、かえって状況を悪化させることになりかねない。
「困っている人がいたら、穏やかに声をかける」
注意が必要な場合も、相手が受け入れやすい伝え方を考える。それだけで、同じ空間を共有するすべての人にとって、より心地よい移動時間になるはずだ。
田中辰雄氏、浜屋敏『ネットは社会を分断しない』2019年発表(画像:KADOKAWA)
今回の事例を受けて、新幹線の車内環境についての議論が活発になっているが、本質的な問題は「どちらが正しいか」という対立ではない。むしろ、「鉄道という公共空間を、誰もが快適に利用できるようにするためにはどうすればよいか」を考えることが重要だ。
鉄道事業者には、柔軟な車両編成や利用ガイドラインの見直しが求められる。そして利用者も、
「自分にとって快適な空間が、他者にとっても同じであるとは限らない」
という視点を持つことが大切だ。公共交通は、単なる移動手段にとどまらず、社会の縮図である。新幹線が今後も多様な乗客にとって魅力的な存在であり続けるために、私たちは新しい「共存のルール」を模索し続ける必要がある。
また、先日の記事「「ベビーカーうざい」「車椅子うざい」 公共交通マナーで“ネットの声”が偏る理由! 高齢者が先導? 残念ですが大半は穏健な常識人でした」(2025年1月19日配信)でも触れたように、田中辰雄氏と浜屋敏氏が実施した10万人規模の調査結果から、次のことが明らかになっている。
・ネット上での投稿の約半数は、実際には「0.23%」(435人に1人)の人々によるもの ・ネット上で過激な意見を発信しているのは主に「高齢者」
さらに、そのなかでも過激な発言をするのは、さらに限られた一部の人々であり、田中氏によれば、炎上に参加するのは
「40万人に1人」
の割合に過ぎないとのことだ。つまり、ネット上での炎上は社会全体の問題意識を反映しているわけではなく、むしろ少数派の声が拡大されているに過ぎないことがわかる。大多数の人々は穏やかで常識的な意見を持っているため、過度に心配する必要はないのかもしれない。
伊綾英生(ライター)
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