( 258636 )  2025/02/01 16:45:05  
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2024年12月、トランプ大統領の私邸で、トランプ夫妻と面会した安倍昭恵さん(メラニア夫人のXより) Photo:JIJI 

 

● 「なぜ、安倍昭恵さんが?」 新大統領に民間人が歓待される違和感 

 

 米国でドナルド・トランプ第二次政権が発足し、世界が今後の行方を見守る中、おそらく日本人として最も注目を浴びている女性がいます。安倍晋三元首相の夫人、安倍昭恵さんです。 

 

 安倍元首相の死去後もトランプ大統領夫妻と親交を続けてきた昭恵さんは、今年1月20日に渡米し、ワシントンで行われた大統領就任式に出席しました。就任式には石破政権の岩屋毅外相らが出席し、マルコ・ルビオ国務長官と会談に臨みましたが、昭恵さんも就任式後の祝賀集会で、民間人としてルビオ氏と挨拶したことをSNSで報告しています。 

 

 それに先立つ昨年12月、石破首相がトランプ氏と会談するタイミングがなかなか決まらない中、昭恵さんは単独でフロリダ州のトランプ氏の私邸に招かれ、トランプ夫妻と夕食を共にしています。 

 

 こうして第二次トランプ政権の発足が決まったときから、昭恵さんは米国サイドから、日本の民間人としては異例の待遇を受けてきました。まさに日米関係のリード役として、「官邸顔負け」の外交活動を行っているという印象です。 

 

 そんな昭恵さんの姿が報道される中、亡き安倍首相が築いた米国人脈を継承する役割を担う彼女を「心強い」と見る向きも、一定割合あるように思います。とはいえ、大方の政府関係者や国民から聞こえてくるのは、疑問や戸惑いの声というのが現実です。すなわち、「なぜ昭恵さんが?」という根本的な問題です。 

 

 私は文春時代、安倍昭恵さんに一度だけお目にかかったことがあります。率直に言ってそのときは、初対面からちょっと危ういものを感じました。「昭恵夫人から友人の本を出版してほしいという依頼があった」と部下に相談を受け、会ったのです。同行してきたのはイスラム系の外国人。昭恵さんは「この人は中東外交にとても尽くした人だから、伝記を出版してほしい」と資料を持ってきました。 

 

 出版社へのこういう売り込みは日常的にありますが、よほど内容がないとビジネスで成功する本にはなりません。果たして、新味もなく信頼性も低い資料だったので、なるべく早く結論を出すのがいいと考え、いただいた外国人の名刺の住所に出版できない旨の手紙を添えて、宅配便で返送しました。 

 

 すると「この住所には、当該人物も会社もありません」という返事がきました。名刺の住所は間違っていないので、一応現地に確認に行きましたが、まったく形跡はありません。ひょっとしたら、「詐欺師」まがいの人物だったのかもしれません。 

 

 

 メールで昭恵さんにその旨を報告しましたが、謝罪も驚いた様子もなく、「あら、どうなっているのかしら?」という返事が返ってきました。「ああ、この人は自分が持つ権力に気づいていないし、近寄って来る人たちへの警戒心があまりに薄い人だな」と、そのとき不安な思いを抱きました。 

 

● 安倍政権の躓きに深く関与 本当に「私人」だったのか? 

 

 案の定、事件は起きました。第二次安倍政権の最初の大きな躓きは、森友学園問題でした。昭恵さんは、なぜかこの学園が運営する不思議な幼稚園に関係していました。皇族が関西に来ると、その車列が通る道で日の丸の旗を打ち振るのが、この学園の園児たち。警備にあたる警察関係者の間では、有名な幼稚園だったそうです。 

 

 そして森友学園は、国に国有地の取得を申請しました。幼稚園ではなく、安倍晋三記念小学校という名前が予定され、首相の妻が名誉校長という計画です。実際、法外な値段での売却許可が出ました。小学校用地として2016年6月に購入した大阪府の国有地は、更地価格9億5600万円に対し、地下埋蔵物撤去費用の約8億円が差し引かれて、1億3400万円で売却されたのです。 

 

 朝日新聞がこれを記事にして「首相夫妻による影響があったのではないか」と騒動になりました。安倍晋三首相の親友が関与する加計学園問題と併せて森友・加計問題(モリカケ問題)と騒がれたことは、記憶に新しいと思います。 

 

 当時、これは瀆職ではないかという論争が国会で繰り広げられました。正直、安倍首相の答弁は目茶苦茶なものでした。「妻は『私人』であり、私が知らないところで土地売買の申請をしたので、政治的圧力はない。もし、私が権力を利して瀆職をしたのなら、職を辞す」とまで言い切り、妻を弁護しました。 

 

 しかし第一に、首相夫人が名誉校長になる予定で、首相の名前まで冠する学校を建設したのだから、国有地を払い下げする計画を首相自身が知らないことなどありえるでしょうか。さらに、首相夫人は私人なのでしょうか。実際、昭恵夫人には5人もの公務員の付き人がいました。公務員が国の給料で世話をする私人など、聞いたことがありません。 

 

 しかし、当時の国会は自公が圧倒的多数を占めており、誰も納得できない首相の答弁で国会が大騒動になっても、国会運営で野党の意見は通りません。その上、森友学園の籠池泰典理事長は、土地交渉の打ち合わせの際に「平成26年4月25日、安倍昭恵夫人を現地に案内し、夫人からは『いい土地ですから、前に進めてください』とのお言葉をいただいた」と説明し、籠池氏と夫人が現地の前で並んで映っている写真まで提示したというから、これはどう見ても圧力です。 

 

 

 本来なら司直が動くべき事案ですが、逆に国有地取引をめぐる決済文書の改竄が行われました。国の土地なので財務省の責任で売却しますが、この問題に関して何度も会議が持たれ、どんな発言があったかがわかる資料が存在したのに、昭恵夫人の関与に関する文書は改竄されて、発言はないことになってしまいました。 

 

 読者諸氏もご存じのように、最終的には文書製作担当だった財務省近畿財務局職員の赤木俊夫氏が、自分に責任が嫁されるとわかったためか自殺の道を選び、この経緯について責任を持つ財務省理財局長の佐川宣寿氏は、首相夫妻への「忖度」とも思える国会答弁を繰り返し、逆に国税庁長官へと出世をしました(文書改ざん問題が報道された直後に財務省を退官)。この間、昭恵さんがきちんとした説明をしたことはありません。 

 

 この事件をきっかけに、安倍長期政権では官僚の忖度とゴマスリが横行します。加計問題、桜を見る会問題と次々に疑惑が浮上しますが、これらに対する追及は官邸と官僚の壁に阻まれ続けました。安倍政権と距離が近く、事件に手を付けさせなかった東京高検検事長の黒川弘務氏の定年を延長し、検事総長に登用しようとするような動きさえ起こりました。 

 

● 古代中国に見る「傾国の美女」 そして、誰もいなくなる 

 

 私は、古代中国における西周の幽王(ゆうおう)の故事を思い出しました。王は棄児の褒姒(ほうじ)という女性を助け、美女に育ったので、後宮に入れました。この褒姒という女性、笑ったことがありません。幽王はなんとか彼女を笑わせようとしましたが、絶対に笑いません。 

 

 ある日、幽王が緊急事態を知らせる烽火を上げさせ、太鼓を打ち鳴らしたところ、諸将が慌てて駆けつけた様子を見て、褒姒は初めて晴れやかに笑いました。喜んだ幽王は、その後、たびたび無意味に烽火を上げさせたので、次第に諸将は烽火の合図を信用しなくなりました。 

 

 王は正式な妻を離縁して褒姒を正妻に迎えたため、怒った前妻の父が反乱を起こしました。が、王が烽火を上げても、誰も応じません。反乱軍は幽王を殺し、褒姒を捕え、この乱で西周は滅びました。 

 

 中国の歴史には、褒姒のような怪しい美女が出現し、王が失政を冒し亡びるということが多々あります。そして中国では、このような女性を「傾国の美女」と呼びます。安倍昭恵さんの行動は、私にこの「傾国の美女」という言葉を想起させました。 

 

 

 森友・加計問題は、日本政府の中枢の責任感を崩壊させ、国民の政治への信頼感を喪失させました。公文書に正確な記録を残すこと、そしてその文書に改竄を加えないことは、民主主義国家の絶対的な前提のひとつです。それを妻一人を守るために破った首相と国家、それを守った自民党を、まともな官僚や政治家は誰も支えようとしなくなりました。 

 

 それは本当の危機に、首相に直言する人物がいなくなることを意味します。コロナ危機が起こった当時のあの後手後手な危機管理は、官僚の消極的抵抗にほかなりません。それによって何万人もの生命が危機に陥っても、首相はアベノマスクを用意することしかできませんでした。しかも、不要不急の外出禁止令を夫が出している当時、妻は50人もの人を招いた宴会を開いたと報道されています。 

 

 こうした一連の動きを見ながらも、昭恵さんは夫の行動が人々を裏切り、苦しめているということに気づかなかったのでしょうか。その後、安倍首相は統一協会信者の家族から命を狙われ、凶弾に倒れました。そのことは昭恵さんにとっても、日本の民主主義にとっても、大きな問題を残しました。 

 

 しかし、安倍氏が亡くなったあと、昭恵さんはまた大きな疑問を残す行動をとりました。安倍氏が持っていた政治資金2億1000万円が、今後政治家になる予定のない昭恵さんの手に入ることになったのです。安倍氏が亡くなった22年7月、昭恵さんはいずれも安倍氏が代表者だった資金管理団体「晋和会」と「自民党山口県第4選挙区支部」の代表に就任。結局、これらの団体を含む安倍氏の5政治団体から、政党交付金の国庫返納も相続税の納付もなくして、政治資金をまるまる相続した格好となりました。 

 

● 危険な「外交ごっこ」よりも 今真にやるべきこと 

 

 さて「傾国の美女」には、先ほど挙げた褒姒よりもっと有名な人物がいます。唐の玄宗皇帝の皇妃だった楊貴妃は、単に美貌で国王を腑抜けにするだけでなく、愛人関係にあった異民族の軍人、安禄山を帝国の内側に入れ、その反乱によって唐の国は滅ぼされる直前にまで至ります。 

 

 今、安倍昭恵さんがやっている「外交ごっこ」に、その危険性はないでしょうか。冒頭で述べたように、昭恵さんはトランプ大統領に日本の首相より早く招待されて渡米し、民間人として大統領の就任式にまで参加して、あたかも米国と日本の架け橋であるかのように振る舞っています。 

 

 しかし、彼女に外交がわかるとは思えません。現在の石破政権と明らかに主張が違う元首相の夫人が他国の新大統領に歓待され、内政では荻生田光一氏といった、安倍派の裏金議員の選挙応援をすることが、果たして国益にかなうことなのでしょうか。 

 

 安倍昭恵さん、あなたが今やるべきことは、非業の死を遂げた赤木氏や、その他安倍政権の踏み台にされた人たちを弔うこと、そして相続税なしで得た大金を貧しい人々への寄付に使うことではないかと、私は考えます。 

 

 (元週刊文春・月刊文藝春秋編集長 木俣正剛) 

 

木俣正剛 

 

 

 
 

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